メルディウスは辺りを見渡して、メンバーの多くが自分の方を向いているのを確認して再び叫んだ。
「急だが、俺と紅蓮は少しギルドを離れる! それまではお前達にこのギルドを任せる事になる。その間はしっかりギルドを守ってもらいたい!」
ギルマスであるメルディウスの言葉に、辺りが急にざわめき出す。
それもそのはずだろう。急にギルドの要であるギルドマスターと副ギルドマスターからギルドを離れると言われたのだ――困惑しない方が無理というものだろう。
少しの間だけとは言え、ログアウト不可能のこの非常時において、ギルドからギルドマスター、サブギルドマスターの2人を同時に欠くのは相当なリスクだ。
統率する者が抜けるということは下手をすれば、ギルドそのものが空中分解する危険すらはらんでいる。
そのざわめきの中。メルディウスが突如として手を前に突き出して、動揺するギルドメンバー達に向かって声を荒らげた。
「静かにしやかがれ野郎ども! 俺と紅蓮はお前達の為に遠征するんだ! お前達は現実世界帰りたくないのか!」
その声に周りからは「帰りたい!」「本当に帰れるのか?」という声が上がり始める。まあ、ゲームの中に閉じ込められ限られた生活を強いられているのだ。皆、動揺するのも無理はない。
そんな彼等にメルディウスが話を続けた。
「――更に小虎と白雪を補佐役として連れて行く。この2人はお前達の代表だ! 俺達の目的はどこかにあるはずの出口を見つける事にある! 更に付け加えれば、見つけ次第。お前達にも協力してもらうつもりだからそのつもりでいろよ!?」
それを聞いたギルドメンバー達は、皆無言のまま頷き、自分達のギルドマスターの顔を見つめていた。
その時、ギルドメンバーの中から突然、複数の手が上がる。
「ギルマス! 俺達もギルマス達と一緒に行きたい! それに出口を探すなら、ギルドメンバーで一斉に探せば早いはずだろ?」
彼の声を皮切りに――。
「そうだ! それがいい!」「俺達だけ安全な場所で待ってるなんてできない!」
その声に誘発されたのか、周りのメンバーが一斉に声を上げた。
彼等の声が徐々に飛び火して、更に多くの声が上がり。しまいには殆どのメンバーが『自分も一緒に』と熱い視線をメルディウスに向けている。
彼等の熱烈な視線に、メルディウスも少し困ったように眉をしかめさせた。
その様子から察するに、メルディウスとしては、ギルドメンバーも共に連れていきたいのはやまやまなのだろう。またギルドマスターとしても、やはり仲間と長期間離れるのはしのびない。
それはマスターも分かっている。だが、実際に危険を伴う行為である為、安全なこの場所で待機してもらいたいという思いもあり、そのチグハグな心境がメルディウスにこんな顔をさせているのだ。
しかし、確かに彼の言うように、探すのは人では多いに越したことはないのも事実。
探索期間が短ければ短いほど、リスクは軽減されるのだから当たり前だ。
「……メルディウス?」
無言のまま、険しい表情で立ち尽くしている彼を心配してか紅蓮が声を掛ける。
それを見兼ねたマスターが徐ろに席を立つと、ざわめいているメンバーに向かって叫んだ。
「静まれ! これはお前達のギルドマスターとサブギルドマスターの2人で考えた末に出した決断なのだ!!」
「じじい……」
マスターの一喝で、その一瞬は静かになったのだが……。
「誰だあのじいさん」「あんな奴ギルドに居たか?」「どうして余所者がギルドマスター達の近くにいんだよ!」
など、すぐに不満の声がそこかしこで上がる。
まあ、それは当然と言えるだろう。突然出てきた見知らぬ老人。更にそれが自分達のギルドマスター達と仲良くしていれば、メンバー達から不満が出るのは当然のことだ。
しかも、撃破されれば現実に戻れないかもしれないこの状況下では、彼等の警戒心が強くなっいるのも無理はない。
「皆さん。静かにしてください!」
唐突に紅蓮の一声で、今まで騒がしかった辺りが一気に静まり返った。
紅蓮は徐ろに席を立つと、メンバーの方に向き直り落ち着いた声で話し始める。
「先程メルディウスが言われたと思いますが、私達は先遣隊のようなものなのです。皆さんも知っているとは思いますが――今はこの千代の街ですら、承認なしの不正なPVPによって治安は乱れています」
紅蓮のその話を聞いて、メンバー達の表情も険しいものとなる。
「私達の『THE STRONG』は大手ギルドの1つで、治安維持活動にも率先して参加しています。そのギルドが一斉に高レベルプレイヤーを欠けば、彼らの思う壺です。それに、私達が旅立ったとしても出口を見つけられる保証はありません。その為、これは少し長期的な計画を立てた上でのギルマスの決断なのです!」
それを聞いて、メンバー全員が俯き加減に更に表情は険しくなっていた。だが、それも無理はない。紅蓮のその言葉が意味するのは『自分達が捨て石になる』と言っている様なものなのだ。
その場に流れる空気から、紅蓮は何かを感じ取ったのか、彼等に向かって深く頷いた。そんなメンバーの様子に、紅蓮はマスターの隣に立つと「大丈夫です」と叫ぶ。
「――こちらに居る『拳帝』が我々に力を貸してくれるとおっしゃっています。彼の力は、皆さんが最も分かっている事と思います。だから私達は大丈夫です!」
紅蓮の口から出た『拳帝』という言葉を聞いた瞬間。再び辺りが大きくざわめき出す。
それはメルディウスがギルドを留守にすると言った時よりも、間違いなく大きいだろう。
だが、それも当たり前なのだ。『拳帝』とはマスターの以前のリングネームで、このフリーダムが誇る年数回の公認PVP戦の武闘大会で負けなしの最多優勝という、奇跡的な記録を作った人物なのだから。
そして彼の凄みは、自身のHPバーがレッドゾーンに突入してからの、怒涛の反撃での逆転勝ちなのである。しかし、それはマスターが故意にやっていることで、その行動の本質は――。
先に相手に技を打たせて、相手の力量を見極める。その為に一度、相手に勝利を確信させてから相手の最大の技を受け止め。その後、その技に価値無しと判断したら、一気に攻勢に転じるのだ。
それは武闘家として絶対に負けないという彼自身の自信から生まれるもので、決して観客を楽しませる為ではなく。相手のスキルを吸収する彼の固有スキル『明鏡止水』で、相手の戦闘スキルの収集する為の行為に他ならない。
だが、はたから見れば。一度マスターのHP残量がレッドゾーンに突入してからの激しい猛攻による逆転劇は、結果として観客を楽しませることになるのだ。
それからの景品や賞金の放棄は『漢らしい』『武を極める者』『強者の余裕』という称賛の声が広がっていったのである。
それもそうだろう大会での景品は全て一点物で、フリーダムはRMTを推奨しているゲームなこともあり。その景品も賞金も実際のお金に変えれば、それはもう莫大な金額になるからだ。
その真意は分からないものの、ただ1つはっきり言えることは、日本サーバーで彼は英雄であり。自他共に認める間違いなく最強のプレイヤーなのだ。
だが、それほどの人間ならば名を騙る偽者が多いのも事実。
その為――。
「拳帝は行方不明だと聞いたぞ! 偽者だ!」「そうだ。本物なら証拠を見せろ!」
など、真偽を問う複数の声が上がり出した。
しかし、紅蓮は実に冷静だった……。
「そういうと思っていました」
っと紅蓮は小さく頷くと、マスターに屈んでもらいその耳元でそっとささやく。
「――なのでお願いします。マスター」
「うむ。この状況では仕方なかろう」
マスターはそう言って頷く、紅蓮はその返答を聞いて嬉しそうに頷いた。
コマンドの中のギルドホーム設定の武器、固有スキル使用承認の欄にチェックを入れ、そして彼女は皆の方へと向き直り。
「ならば彼が本物だという証拠をお見せしましょう!」
紅蓮はそう自信満々に叫ぶとその直後、マスターの手に闇属性の黒いオーラが上がる。それを見たメンバー全員から、どよめきと歓喜の声が上がった。
このスキルは大会の戦闘時に何度も目の当たりにした『拳帝としての証』だが、これも固有スキルで習得したものなのだから、他に使用出来る者が存在する。
おそらく。今では本物の固有スキルを持つ人物が偽物扱いされているに違いないだろうが……。
紅蓮はそんなメンバーに向かって声を張った。
「静かにしてください。私達は今日中には、この千代を発ちます。勝手だとは思いますが、後の事はお任せします」
紅蓮はそう言って、深々と頭を下げた。
それを見たギルドのメンバー達からは「任せて下さい」「気にしないでください」「必ず戻って来て下さい」など様々な声が聞こえてきた。まあ、サブギルドマスターに頭を下げられて、メンバー達が拒むことはできないだろうが。
それを聞いた途端、普段から表情をあまり変えない紅蓮の瞳から光る物が流れ落ちて彼女は慌てて顔を下に向ける。
そんな紅蓮に代わり、メルディウスが拳を突き上げると全力で声を張り上げた。
「よっしゃー!! 野郎ども必ず出口見つけて戻ってくっからな。期待して待ってやがれ!!」
ギルマスの言葉に「おー」というメンバー達の歓声が食堂内を揺らす。そして歓喜の声はしばらく鳴り止まなかった。
朝食を食べ終わったマスター達は、紅蓮の部屋に戻った。
部屋に戻ると、紅蓮はマスターに向かって深々と頭を下げた。
「マスターすみませんでした、でしゃばった真似をしてしまって……」
その声はどこか落ち込んでいるように感じた。
おそらく。マスターが拳帝だということをばらしてしまったことを、彼女は気にしているのだろう。
マスターはそんな紅蓮の肩にぽんっと手を置くと、優しい声で言った。
「――謝る事などない。あの状況では、ああするほかあるまい。あまり気にやむ必要はない」
すると、横にいたメルディウスが笑みを浮かべ、マスターの肩に肘を乗せ親指を立てる。
「そうだぜ、紅蓮。謝るどころか礼を言えと言ってやっても良いくらいだぜ!」
「……メルディウス。そんなこと言ったらダメです」
「くそっ! 紅蓮はいつでもじじいの肩持つよなー」
メルディウスはつまらなそうに口を尖らせ、明後日の方向を向く。
紅蓮はそんなメルディウスの様子を見て、くすっと笑った。
「……紅蓮。今笑った……のか?」
それを見たメルディウスは驚き、目を丸くさせている。
それもそのはずだろう。紅蓮はマスターがいなくなってからというもの、一度も笑ったことはなかった。メルディウスが驚くのは当然なのだ。
「あっ……ごめんなさい。なんだか急に懐かしくなってしまって……」
紅蓮は俯き加減でそう答えると、2人は少し困った顔をして口を開く。
「何を謝る必要があるのだ。楽しいことがあれば笑うのは当然だろう」
「じじいの言う通りだぞ紅蓮。楽しい時には笑えば良いんだよ!」
2人がそう言って微笑むと、紅蓮は「そうですね」と微かに笑みを浮かべた。
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