入り口の前でエリエを戦闘に部屋の中を覗くと、中にはミレイニの言った通り、大きな白い鱗を覆われたドラゴンが悠々と首を伸ばして、侵入者であるエリエ達を黄色い瞳が睨んでいた。
心臓を鷲掴み――いや、凍てつかせるようなその瞳は、心の中を見透かすようにまっすぐ全員の瞳を見据えている。
ドラゴンの全身から放つ凄まじい覇気にエリエは緊張から思わず息を呑むと、後ろにいるメンバー達に小声で告げた。
「いい? 私が合図したら飛び込んで、スキルが使えない以上。倒す事は難しい……だから少しでも、相手の気を惹きつけて、その隙にミレイニ達から上の階へ続く階段に向かう……分かった?」
エリエは小声で、部屋の奥にぽっかりと開いている階段の入り口を指差した。
だが、その階段への入り口は白いドラゴンの背後にあり。そこに辿り着くには誰かがドラゴンの注意を惹かなければならない。
それに加えてここは城内で、その中では基本スキルの攻撃速度と移動速度をアップさせる『スイフト』攻撃力と防御力を底上げする『タフネス』の二種類は使用可能だが、固有スキルは使用不可能と武器の使用は不可になっている。
正直。武器も固有スキルも使えないこの場所では、この世界でも最強クラスのドラゴン種を相手に戦闘になったとしたら、戦う前に全滅させられるのがおちだ。
しかし、エリエの作戦にミレイニとレイニールは不満そうに呟く。
「でも、別に逃げなくても。あたしなら倒せると思うんだけどなぁ……」
「そうなのじゃ。どうして我輩のような高貴なる龍族が、あんな低俗な者に怯えるような真似をせねばならんのじゃ……」
眉をひそめ頬を膨らませる2人に、エリエが呆れながら頭を抑える。
エリエは深呼吸をして心を落ち着かせると、少し膝を折って2人に言った。
「だから、今の目的はあのドラゴンを倒す事じゃないの。今は星の救出が最優先しないと……レイニールは主様を助けたくないの?」
「もちろん助けたいに決まっておるのじゃ!」
この場所で一番星を助けたいと思っているのは、他でもないレイニールだ。それを分かっているのか、エリエはそこを突くように言った。
「なら、意地は捨てて、今はそれを優先すること。いい?」
「うぅ~。歯痒いが仕方ないのじゃ……」
そう力強く頷くレイニールに、エリエはそう言い聞かせると、今度は何か企んでいるような笑みを浮かべてミレイニの方に目を向ける。
「ミレイニもこの作戦が終わったら特別にケーキ焼いてあげる」
「ケーキ!? 本当だし!?」
エリエは嬉しそうに瞳を輝かせるミレイニににっこりと微笑み頷いた。
「ほんとのほんとだし!?」
「本当! だから、私の言う事を聞くように! 分かった?」
「了解だし!」
ミレイニは背筋を伸ばしてビシッと敬礼する。
計画通りにお菓子でミレイニを買収することに成功したエリエはミレイニの頭を優しく撫でてやる。
エリエは険しい表情で前を向き直ると、ドラゴンの覇気に当てられ小刻みに震える体を抑え部屋の中に飛び込んでいった。
部屋に入ると、すぐにドラゴンに捕捉され。その直後、ドラゴンの口が青く輝き、その口の周りを氷の結晶が煌めく。
エリエは横目でそれを確認すると、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
(……まだだめ。ギリギリまで惹きつけて加速しないと……)
加速するタイミングを測るように1、2、3……と数えながら、その全神経をドラゴンの口に集中させる。
っとその直後、ドラゴンの口の周りが一層強く青く光を放つ。
「……来る!!」
エリエはそれを横目で確認すると『スイフト』を発動させ更に加速する。
その刹那、まるでレーザー光線のような青い光が噴射され、エリエの背後の地面を凍らせていく。
(よし! かわせた!)
エリエが攻撃を無事にかわしてほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。
今度はドラゴンの口から噴射されていたレーザーが走っているエリエの後を追い掛ける様にして向かってくる。
すぐ後ろから凍った地面がピキピキと音を立てて迫ってくる中、エリエは更にスピードを上げた。
「――なっ!? 動かせるなんて聞いてないわよ~!!」
叫びながら全力で逃げるエリエの視界を青い炎が横切った。
その炎は渦を描く様にドラゴンの巨体を包むと、そのまま天井に駆け上がっていく。
――ギオオオオオオオオオオオオオーッ!!
ドラゴンはその熱に堪らず、けたたましい咆哮を上げた。
足を止めてその方向に目をやると、青い炎の鬣のライオンに跨っているミレイニの姿がそこにはあった。
堂々とした姿で咆哮を上げる炎帝レオネルの背中には、ミレイニが乗っている。
「ふふ~ん。これが必殺のコンボ攻撃――フレイムトルネードだし!」
ドヤ顔でエリエに親指を立てているミレイニ。
その技を見たエリエは微笑を浮かべている。
(ミレイニ。なかなかやるじゃないの!)
すると次の瞬間、ドラゴンが大きな翼をはためかせると、突如辺りに猛吹雪が発生して自分の周りを取り巻く炎を吹き飛ばす。
一瞬で掻き消された炎を見たミレイニは、表情を徐々に青ざめると大声で叫ぶ。
「――ギルガメシュ!!」
猛烈な氷を含んだ突風が吹き荒れる中。ミレイニの消えた炎の渦の中から、飛び出してきた何かが部屋の壁に叩きつけられた。よく見ると、壁のすぐ下の地面でうずくまっているそれは、ミレイニの肩に乗っていたイタチだった。
ミレイニは慌ててライオンの背から飛び降り、急いでギルガメシュの元へと駆け寄る。
瞳に涙を溜めながら、地面に倒れぐったりとしているイタチを拾い上げると、自分の頬に押し当てる。
直後。ドラゴンの翼に集結した氷が形を変え、拡散された氷柱のような物がミレイニを襲う。
その攻撃にはっとしたミレイニの前に立ちはだかるように、炎帝レオネルのアレキサンダーが割って入る。
無数に飛んでくる氷柱はミレイニの前で盾になっているアレキサンダーの体に突き刺さり止まった。
断末魔に咆哮を上げると、その巨体がドシンと地面に倒れた。
「なっ……アレキサンダー!!」
驚き目を丸くさせたミレイニは急いで倒れている白毛のライオンの元に駆け寄ると、その体に顔を埋める。
力無く横たわるその体を優しく撫でると掠れた声で呟く。
「……なにしてるし……あたしが……命令してから動くようにって……ふだんから……教えてるのに……」
ミレイニが地面に座り込んで啜り泣いていると、再びドラゴンの口が青く光った。だが、そのことに肝心のミレイニは全く気付いていない。
次にドラゴンの行動が予想できたエリエが慌てて叫ぶ。
「何してるの! 早くそこから離れなさい! ミレイニ!!」
その声が彼女には届いていないのか、ミレイニは一向にその場を動こうとしない。
いや、離れられないと言う方が正しいだろう。今離れてしまえば、その場に仲間を置き去りにすることになってしまう。
所詮はデータの集合体でしかない彼等も、ミレイニにとっては今まで苦楽を共にしてきた仲間だ。それを置き去りにして逃げることは、彼女にはできないのだろう……。
エリエは地面を蹴って走り出したものの、とても間に合う距離ではない。
「あのバカ! ……もう間に合わない!!」
どうしようもなく手を拱いていたエリエが、悔しそうに唇を噛み締めた。その直後、地面が崩れてそこから下の階に居るはずの幻獣ケルベロスが現れた。
ケルベロスはミレイニの前に立つと、けたたましい咆哮を上げた。すると、3つの頭から炎が吹き出された。
互いの攻撃が空中で激しく激突して白煙を上げると、ドラゴンの攻撃を相殺する。
ケルベロスは後ろを振り向き、喉を鳴らしながら尻尾を振った。
そう。ケルベロスは己の主の叫び声を聞いて堪らず駆けつけたのだ――。
「わあ~、エリザベス! 来てくれたの? ありがとうだし!」
ミレイニは希望に満ちた表情で、巨大なケルベロスの足に抱き付く。
その隙にエリエはミレイニの側に駆け寄ると、むっとしながら声を荒らげた。
「ばか! どうして逃げないのよ! もう少しで死んじゃうとこだったのよ!?」
「……ごめんなさい」
ミレイニはしょんぼりとしょげ返った。
その表情からミレイニが反省しているのが分かるとエリエは表情を和らげた。
「――でも、周りに仲間が居たら逃げられない。か……」
「……えっ?」
「ほら、早くそこのアレキサンダーだっけ? その子を連れて移動しよ!」
「うん!」
優しい声色でそう告げると、エリエはミレイニの頭を撫でる。
地面に伏している炎帝レオネルは相当ダメージを受けているのか、滾々と燃えていた鬣は影を潜め、まるで雌ライオンのような姿になってしまっている。
すぐにサラザ達も来て、横たわっているライオンの体を持ち上げ。
皆で力を合わせ、次の階段の入り口に運んでいる時、ふと、後ろから付いてきていたはずのレイニールの姿がないことに気が付く。
「ちょっと待って! レイニールは!?」
「えっ? さっきまで一緒に居たと思ったけど~」
そう呟いたサラザが辺りを見渡す。
すると、次の瞬間。エリエ達の目に驚きの光景が飛び込んできた。
それはドラゴンのすぐ足元に立っているレイニールの姿だった。
不機嫌そうにドラゴンを見上げていたレイニールは、次の瞬間には金髪のツインテールを揺らしながら肩を大きく回している。
「あのバカ! 何をやってるのよ!」
「あっ、エリー。あなたまで!? ちょっと~!」
エリエはライオンをサラザに任せ、咄嗟に走り出す。
サラザが止める声も、もうエリエの耳には届いていない。今の彼女の瞳にはレイニールしか見えていなかった。
それは最後に交わした星との約束『レイをお願いします』という言葉が大きく関係していた。
今ここでレイニールを失うことになれば、星がどんな顔をするか分からない。
(ここでレイニールにもしものことがあれば、星との約束が……ああ、もう! 無鉄砲な奴ばっかりなんだから!)
全力でレイニールの元に向かうエリエ。
っとその時、肩を回していたレイニールがドラゴンの足に抱き付いた。
その直後……。
「はあああああああああッ!!」
人間状態のレイニールは大声で叫び声を上げると、自分の数十倍は有ろうかというドラゴンを持ち上げ放り投げた。
少しだけ宙を舞ってドラゴンの体が地面に音を立てて倒れ、辺りに凄まじい土煙が上がる。
バタバタと動いていた尻尾を踏みつけながら、尻尾の動きを封じた金髪のツインテールを揺らしながらレイニールが天高らかに言い放つ。
「フン、見たか! これが我輩の力なのじゃ! 人間の姿でも中身は星龍。同じドラゴンのくせに、不意打ちなどするから悪いのじゃ!!」
今のレイニールの攻撃の方が、相手のドラゴンからしたらまさしくに『不意打ち』なのだが……。
そんなことなど気にする素振りも見せずに、レイニールは腰に手を当てると「はっはっはっ!」と勝ち誇ったように大声で笑う。
目を丸くさせたまま、ただただ呆然とそのレイニールの姿を見つめるエリエ。
だが、それも仕方のないことだろう。レイニールは見た目だけなら、小学校低学年の生徒と同じくらいの身長しかない。
っということは、数字にすると身長は120cm程度しかないのだ。しかし、それに対して相手のドラゴンの体長はざっと見ても30m近い。
その巨体を持ち上げただけではなく、放り投げるというのはにわかには信じ難く、エリエの思考回路がついていかなかったのだ。
エリエははっと我に返ると、急いでレイニールの手を掴む。
「ばか! 何やってるのよ!!」
「なにって……見て分かるであろう? 生意気なドラゴンを転ばせておるのじゃ!」
「ちが~う! 本来の目的を忘れない!」
「おお、そうだったのじゃ!」
レイニールは思い出したようにあっけらかんとして言った。
そのレイニールの様子を見ていた、エリエは呆れたようにため息を漏らす。
2人がそんなやり取りをしていると、倒れていたドラゴンが上空に向かってビームを放射する。
その攻撃によって、天井を見る見るうちに凍らせていく。それに目を奪われていると、ドラゴンは徐ろに立ち上がり。辺り構わず首を振り、口から冷気のビームを発射し始める。
2人は慌ててサラザ達の元へと駆けていく。
ケルベロスの3つの頭から放たれる膨大な火力によって守られているサラザ達には、敵のビームは届かないものの、あっという間に部屋の殆どが氷で覆われてしまう。
――ギオオオオオオオオオオオッ!!
ドラゴンは天を仰ぎ、断末魔の叫び声を上げて消えた――。
「……これは……」
その場にいた全員があんぐりと口を開ける中。良く分からない間にドラゴンとの戦闘は、敵のドラゴンの謎の消失という意外なかたちで終了した。
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