ほっとしていた星に向かって、唐突にディーノが尋ねてきた。
「そういえば。どうして君はあんな物騒な連中に追われているの? 良かったら僕に教えてくれるかな?」
「そ、それは……」
星はそう口にした途端、表情を曇らせて口を一文字に結んだまま、それ以上は躊躇うように言葉を呑み込む。
だが、それから少し間を開けた後に、星はその重い口を開いた。
「……じ、実は前にも、同じような男の人達に襲われたことがあって……多分そのせいだと思います……」
「それなら尚の事。倒しておかなければいけなかったと僕は思うけどね。あまり甘いと……君は間違いなく殺されるよ?」
ディーノは額を押さえ、少し呆れた様子でそう助言した。
すると星は、彼の放った『殺される』というその言葉に少し落ち込んだように下を向く。
だが、すぐに考え方を改め『自分が殺されそうだから、相手を殺すなんて間違っている』と首を振った。
(……私が殺されないように強くならないと!)
そう心の中で決意した星は、助けてもらったディーノに頭を下げて身を翻す。
その急な行動に驚きながらも、ディーノはすぐにどこかにいこうとする星の肩を掴んでそれを制止させる。
星は視線だけをディーノに向けた。
「ちょっと待ってよ! こんな森の中でいったいどこに行くつもりだい?」
「どこって……私は強くならないといけないので……」
星はディーノから目を逸らすと、本来の目的を思い出した星は戦闘の練習にいこうとする。
そんな星の体を強引に自分の方に向き直させると、ディーノは彼女の両肩を掴んだ。
「はぁ……君は本当に自分のいる状況が分かってないな……」
「……分かってます」
即座に言い返した星にディーノは呆れ果て頭を押さえると、星はその言葉がしゃくに障ったのか、不機嫌そうに彼の顔から視線を逸らす。
「いいや、分かっていない。敵があの人数だけとは限らな――」
ディーノが口を開こうとしたその時。上空から白いドラゴンが2人の近くに降りてきた。
「あれはリントヴルム……エミルさん!?」
自分に向かって下降してくるリントヴルムを見上げながら、星は複雑な心境だった。
それもそうだろう。つい今し方まで、ダークブレットの刺客に襲われていたのだ。一番最初に襲われた時に助けてくれたのはエミルだ――その時も襲ってきたダークブレットのメンバーを逃し。再び今日襲われたなんて言えば、相当怒られると感じたからだ。
しかも、星はまた襲ってきた者達を見逃している。もしもそんなことがばれたら、またエミルと気まずくなるに違いない。だからこそ、この事実をエミルにだけは、決して知られるわけにはいかないのだ――。
「あ、あの! さっきの事、エミルさんには――」
星がそう口に出した直後、エミルがリントヴルムの背中から飛び出してきた。
「――その子から離れなさいッ!!」
着地したと同時に有無を言わさず斬り掛かるエミルに、ディーノは最小限の動きでその剣をかわす。
星の目の前に長い青い髪をなびかせ、体を反転する銀色の鎧を着た少女がディーノに向かって剣を突きつけている。
条件反射的にディーノは咄嗟に数歩後ろに跳ぶと、殺意の篭った鋭い目つきで鞘から剣を引き抜く。
「――なに? 突然。……君も殺されたいの?」
「ふっ……やれるもんならやってみなさいよ!」
剣を突きつけているエミルを、更に鋭く睨みつけるディーノ。
得物を構え2人が殺気を放ちながら、互いの顔を睨み合っていると、エミルの前に星が割って入った。
エミルは星が目の前に来たことで、咄嗟に剣を下ろした。
「エミルさん! 違うんです! この人は森で迷ってる私を――」
星が説明しようと声を出した直後に、その声を掻き消すようにディーノの声が聞こえてきた。
「――なに? 君もこの子を狙ってきたの……? 僕の邪魔をするなら……殺すよ?」
「ダメですよディーノさん! その事はエミルさんに秘密にしててください!」
星は今度は彼の方を向いてそう叫ぶと、ディーノがため息をつき「いや、もうそれは無理だよ」と呟く。
その直後、星の両肩にぽんっと手を置いて「どういう事かしら?」とにっこりと星に問い掛けているエミルの姿があった。
途端に星の顔は引き攣り、背筋に寒気が走り全身からは冷や汗が噴き出す。
「……あ、あの……それは……その……」
星が少し怯えながら口籠ると、遠くからエリエの声が聞こえてきた。
「神速!! このー! 星から離れろおおおおおおおッ!!」
叫びながら周りの草木を物ともせずに青いオーラを身にまといながら、刹那の速さでレイピアを構え、一直線にディーノに向かって突っ込んで来るのが見えた。
(……このままじゃディーノさんが!)
星が慌てて彼の前に割り込むために走り出そうとしたその時、エミルが星の腕を掴んで止める。
「――ッ!? エミルさん! 放して下さい。このままじゃディーノさんが!!」
「ダメよ! この手を放したら星ちゃんが危ないでしょ!?」
「でも……」
星はそんなエミルの顔を不安げに見上げる。
その直後、一瞬にしてエミルは鬼の様な形相に変わっていた。
「でもじゃないの! 少しは私の言う事も聞きなさい!!」
エミルはそんな星に向かって珍しく声を荒げると、星はその突然の大声に驚き、身を強張らせた。
普段はあまり怒らないエミルが怒鳴るほど、怒っているのを星は始めて見た。しかし、星の心配を余所に、ディーノは慌てる様子もなく至って冷静だった。
「……あのスピード、視界に表示されている『神速』というスキル名から察すると、移動速度を上げるものか……スキル使用不可領域の外で発動しているから、ここでこっちがスキルを使って割り込んでもいいけど、そんなことをしてせっかく得たあの子の信用を失うのは気に入らない。ここは……」
小さく呟くディーノはエリエのレイピアを見切ると、最低限の動きでその攻撃をぎりぎりのところでかわす。
「……えっ!? くそっ! 外した!」
確実に当たったと確信できる距離での緊急回避。
彼の横を通り過ぎたエリエは素早く体を180度反転させ、星の前でディーノを睨みつけながらレイピアを構え直す。その直後、今度はディーノの背後からデイビッドが斬り掛かる。
「はあああああああああああッ!!」
ディーノは「フッ」と息を漏らすと、体を回してその攻撃を素早く抜いた剣で軽々と受け止めた。
「なかなかいい攻撃だね。さっきの子とのコンビネーションもいい。でも僕に奇襲なんて通用しないけどね……」
「……そいつはどうかな?」
デイビッドがそう小さく呟くと、今度はディーノの真上から拳を構えたカレンが襲い掛かった。
直上から拳を握り締めたカレンが降りてきて、彼の頭上へと拳を突き抜く。
「吹き飛べえええええええッ!!」
物凄い爆発音とともに土煙が上がり。辺りの地面には大きな亀裂が走ると、地面が土煙を噴き上げる。
直後、煙の中からカレンだけが飛び出して地面に着地した。
彼のいた地面が跡形もなく吹き飛び大きなクレーターができているのを見て、落胆した星は地面に座り込む。
「……そ、そんな。ディーノさん」
意気消沈しながら、その光景を見ていた星の耳元でエミルがささやく。
「――怒鳴ってごめんなさい星ちゃん。でももしあの時、あなたが彼をかばってたら大変な事になってたの。それだけは分かってちょうだい」
助けてもらった彼を助けられなかった自責の念で、星は呆然としてその場に力無く座り込んだ。
自分の無力さと罪悪感が星の中で津波の様に押し寄せていた。
「……ディーノさん。私がもっとちゃんと……ちゃんとしてたら……ごめんなさい」
両手を地面に突いて、そう呟いた星の瞳からは涙が溢れ出し、それが地面に染みを作っていく。
その時、星の耳に突如ディーノの声が飛び込んできた。
「――生死の確認もせずに泣くなんて気が早いよ。泣いてくれるのは嬉しいけどね……でも、僕はまだ死んでいない……」
突然聞こえてきた声の方を皆、一斉に見ると、その視線の先には左手で木の枝を掴み、ぶら下がっているディーノの姿があった。
ディーノは木から手を放し、地面に着地して装備に着いた砂を叩いて振り落として、ゆっくりとした口調で言った。
「君達はなにか勘違いしているようだけど、僕はその子達がダークブレットに襲われているのを助けただけだよ」
「――なっ! ダークブレットですって!?」
彼の発した『ダークブレット』という言葉を聞いて、エミルは大きな声を上げる。
他のメンバーも驚いたように目を丸くしている。だが、彼女達が驚くのも当然だ。
何故なら、ダークブレッドとはPVPで、装備や金などを強奪するブラックギルドの中でも郡を抜いて凶悪なギルドとしてプレイヤーの中では有名だからだ。
それが星のことを狙ってきたと聞かされれば驚いて当然だろう。
「……どうしてダークブレッドが星を襲うのよ。そんなのこいつがでっち上げてるに決まってるでしょ!」
「そうだ! 助けるふりをして、実は襲ってきた連中の仲間なんだろお前も!!」
エリエがディーノの方を指差してそう叫ぶ。
それに合わせるように、カレンも指差して叫んだ。その後、2人は声を合わせて――。
「「お前の言う事なんて信じられない!」」
っと珍しく息を合わせて叫んで、拳とレイピアを構え直してディーノを鋭く睨みつけている。
「あの……違うんです。この人はほんとに私を助けてくれて……だから――」
未だに戦闘の意思を見せる2人にあたふたしながら星がそう言ったのだが、それを阻むように2人が叫んだ。
「星は――」
「星ちゃんは――」
「「――黙ってて!!」」
2人は星の話を全く聞き入れてくれない。
それを見たディーノは何を考えたのか剣を鞘に戻すと、両手を空に向かって高く掲げた。
「なら、君達が納得するまで尋問するなりなんなりしてくれていい。僕は抵抗しない……でも、その言葉も信じられないというのなら、僕の体を縛ってくれても構わない」
ディーノがそう言うと、エリエとカレンの2人は躊躇することなく彼の手を後ろ手に縛った。
エミルは、そんなディーノに不信感に満ちた瞳を向けながら考えていた。
(エリー達は少しやり過ぎだけど。でも、この人の身のこなしはただ者じゃないわ。ここは城の中にきてもらうしかない。敷地内はパーティーメンバー以外、戦闘スキルの使用をできない設定になってるし……)
今にも襲い掛かりそうな勢いの2人に向かって、神妙な面持ちのエミルが口を開く。
「エリー、カレンさん。その人には城の中でゆっくりと話を聞きましょう。星ちゃんの様子から見て、襲われたのは事実みたいだし。このままここに留まっている方が危険だわ」
「そ、そうだね! あんたには悪いけど、付き合ってもらうよ!」
「何を言っても、信用されてない僕には拒否権はないんだろ?」
エリエが縛られたまま。ほくそ笑んでいるディーノに向かってそう言い放つと、カレンとエリエでディーノを挟み込むようにして城に向かって歩き出した。
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