星はドロップした刀をデイビッドに渡すと、今度はカレンの方に駆けて行って、まだ気を失ったままのカレンの顔を覗き込んだ。
「カレンさん……」
彼女とは色々あったが、それは昨日までのこと――今は大切な仲間だ心配するのは当然だろう。
心配そうな表情を浮かべている星の肩に手を置き、マスターが告げる。
「心配するでない。ここはゲームの中だ、HPが0にならなければ死にはせん。それよりも、お前の固有スキルはいったいなんなのだ。エミルと同じドラゴンを召喚できるものか?」
マスターはそう尋ねると、星の出したドラゴンを見上げた。
戦闘を終えても全く消える様子も見せない黄金のドラゴンに不思議そうに首を傾げている。
ドラゴン使いのエミルの召喚するドラゴン達は巻物から召喚され、用が終わればスッと消えるのだが。星の召喚したドラゴンは消えるどころかしっかりとその場に留まっていた。
その場で自分を見下ろしているドラゴンを見上げ、そのドラゴンに緊張しながら徐に話し掛ける。
「――れ、レイニール。ありがとう! あなたはこれからどうするの?」
すると、金色のドラゴンの大きな瞳が星を見据えた。
恐怖からビクッと体を震わせると、星の額から汗が流れた。内心『食べられるのではないのか?』などと思ったくらいだ。いや、実際に星をひとのみで飲み込めるほどの体格差はある。
だが、レイニールは不思議そうに首を傾げ。
「――どうするって、何を言っておるのだ主。スキルで召喚されたのだ、我輩はこれからは主と一緒にいるに決っておるだろう」
「……えっ?」
その予想だにしていなかったその返答に、星は困惑した様子で慌て出す。
それもそうだろう。レイニールの体長は80mはある。これだけ大きいドラゴンとなるとエミルの城にも自分の家にも入らない。かと言って、雨ざらしというのも可哀想だ――。
どうしたらいいのか星は必死に考えを巡らせるが、どんなに考えてもいい方法が思い浮かばない。
しばらく考えた末に、星はレイニールに向かって叫んだ。
「あなたくらい大きいと、お家にも入れないし。それにご飯だってそんなにあげられないよ? それでもいい?」
レイニールはそれを聞いて驚いたように目を丸くさせると、天に向かって勢い良く炎を吹き出した。
「……ひっ! ご、ごめんなさい!!」
星はそれに驚き身を仰け反らせると、その場に座り込んで必死に謝っている。
すると、そこにレイニールが長い首を伸ばして、星の顔を舐めた。
「なに……? もしかして食べるの!? 私を食べても美味しくないよ……?」
「何を言っているんだ? 主。我輩が主を食べてしまっては私の姿も消えてしまうであろう。今の我輩は主の能力で存在しているに過ぎない」
確かにレイニールの言った通りだ。元はと言えば、エミルから貰った『竜王の剣』が星の固有スキル『ソードマスター』によって召喚したに過ぎない。
おそらく。レイニールは『竜王の剣』に封印された、竜王と呼ばれていたドラゴンなのだろう。いや、レイニールは自分は『星龍』であると高らかに宣言していたのだからそれも違うかもしれないが……。
星はレイニールの言葉を聞いて首を傾げた。
そして恐る恐る問い掛ける。
「……なら、何をしたの?」
「主の体液を貰ったのだ。それによって契約は全て整う。それにだ主。契約さえ整えば、我輩の体は気にしなくても大丈夫だぞ?」
そう。レイニールが星の頬を舐めたのは、頬に僅かに残っていた涙を自分の体に取り込む為だったのだ。
だが、星にはレイニールの言っている意味が1ミリも分からず、頭の上に大きな『?』マークが浮かんでいた。
それもそうだろう。契約が完了しただけで問題の本質は解決していない。こんな大きいドラゴンを、いったいどうやって世話すればいいのか分からない。
しかし、レイニールは上機嫌にその大きな尻尾を左右に揺らし、星を真っ直ぐに見つめている。その様子から察するに、面倒を見てもらう気満々のようだ。
それどことか、レイニールはどこか自信に満ち溢れた表情さえしている。まあ、その自信がどこからくるのか、星には分からなかったが……。
その全長は天まで届くと思われたがしゃどくろより少し小さいくらいで、星の身長の何十倍もある。
例えるなら『ビルを家の中に入れてみろ』と、無理難題を言われているのと何ら変わらないのだ。そんなことを言われれば、誰だって「そんな事をしたら家の方が崩壊する」と言うだろう。
そう。小さい所に大きい物を押し込むのは物理的に不可能なのだ――。
「……でもそんなに大きいのに、どうするの?」
「まあ、見ててくれ!」
レイニールはそう言い残し、宙に向かって飛び上がった。
星もその様子を食い入る様に見守っていると、しばらくしてレイニールの体が金色に強く光った。
一瞬にして辺りが昼間のように明るくなり、堪らず星も視界を腕で隠す。
すると、何かが神々しい光りを放ちキラキラと舞い降りてきた。
それはまるでぬいぐるみの様なドラゴンで、翼をはためかせながら徐々に降下してくる。
それをただ呆然と見ていると、星の直上で羽ばたくのを止め、急速に落下を開始した。
星は俯き思いきり目を瞑ると、頭の上にどしっと重さがのしかかる。
何かが頭に乗っている。その感覚はとても奇妙で、だが生き物特有の確かな温もりも感じる。
「とう! どうじゃ主よ! キュートであろう?」
「……レイニール?」
まだ何が起きたのかいまいち理解できない星は瞳をぱちくりさせていると、レイニールは星の頭の上から星の顔を見下ろして、右手を上げている。
星は「あはは」と苦笑いを浮かべると。
「頭が重いの。降りてもらえないかな?」
っとお願いしてみる。すると、レイニールは不機嫌そうにそっぽを向く。
「嫌じゃ! 我輩はこの場所を気に入ったのじゃ!」
レイニールはそう言って両手を広げ、もう放すまいと星の頭にがっしりとしがみついている。
星は大きくため息をつくと、諦めたように項垂れた。
その様子を見ていたマスターが声を上げる。
「さて、もうこのダンジョンにも用はない。今すぐここから出るぞ!」
そのマスターの言葉に、皆一同に頷くとダンジョンを出る為、がしゃどくろの残した頭の方へ向かって歩き出す。
がしゃどくろの頭は大きく口を開けたまま、その中には戦闘前に入り口から見えていた扉があった。
しかし、今まで動いていた――と言うか、戦っていた相手の口だ。何度も甦るという執念深さを考えると、またいつ動き出してもおかしくはない。だが、扉があるということは、がしゃどくろの口の中がダンジョンの出口に繋がっているのだろう。
口を大きく開けたままその場に残されたがしゃどくろの前まで行くと、メンバーは一斉に歩みを止める。
正直。口の中に入った瞬間にがしゃどくろの口が閉じ、中に取り残されそうな気がしていたのだ。
「……誰が先に行く?」
皆が躊躇している中、この場で一番切り出しては行けない言葉を、エリエが切り出した。これはさすがと言うか、表裏のない性格のエリエらしい。
彼女は皆の顔色を窺うように見渡した後、デイビッドの顔をじっと見つめた。
「……な、なんだよ?」
「フフフッ。こういう美味しい役はやっぱり……ねっ! デビッド先輩♪」
エリエは満面の笑みで顔を引きつらせているデイビッドに『行け』と言わんばかりの視線を送っている。
デイビッドはそれを聞いて、思わず数歩後退りして叫んだ。
「ちょっと待て! どうして俺なんだよ。マスターもサラザもいるだろう!?」
「だって、マスターはカレンをおぶってるし。サラザに行かせるわけにもいかないでしょ? っとなると……」
エリエはそういういかにもデイビッドしかいないと言いたげな表情で、無言のままデイビッドを見つめ指差した。
「おい! エミルもなんとか言ってくれよ!」
助けを求めるようにエミルの方を見たデイビッドから、エミルは視線をサッと逸し「ごめんなさい」とだけ小さく呟いた。
なおも嫌そうな顔をしているデイビッドを見兼ねた星が口を開く。
「……なら、私が先に行きましょうか?」
星がそう提案すると頭上から「何を考えているのだ主! 我輩がいるというのに、空気を読めばかたれ!」とレイニールが驚きながら、星の頭をぺしぺしと叩いている。
「なら、レイニールは待ってて。私が行ってみて、大丈夫だったら来たらいいから」
星は頭の上のレイニールにそう言うと「そんな事、できるわけがないであろう!」と余計に怒り出す。
それを見た星は心の中で『どっちなんだろう?』と思いながらも、がしゃどくろのぽっかりと開いた口に向かって歩き出そうとしたその時、デイビッドの手が肩を掴んでそれを阻む。
「いや、俺が行くからいいよ。小さな女の子1人を先に行かせたとなったら、サムライの名が廃るからね!」
デイビッドがそう言って誇らしげに胸を張ると「なら最初から行け……」と後ろからエリエの罵る声が聞こえた。
それはデイビッドにも聞こえていたのだろう。眉毛をピクリと動かしたが、無視してそのままがしゃどくろの口の中へと入っていく。
それを心配そうに見つめる星。
しばらくして、デイビットが何事もなく戻ってくる。
「特に変わった所はなかった。大丈夫だ!」
それを聞いたエリエが安心したようにほっと胸を撫で下ろすと、先程まで躊躇していたのが嘘のように、一目散に駆けていった。
「ほら、皆早く行こうよ~!」
エリエは先頭に立つと、笑顔で手をブンブンと左右に振っている。
デイビッドは少し不機嫌そうにその様子を見ていたが、諦めたのか大きなため息をついて再び口の中へと入った。
「行きましょうか。星ちゃん」
「はい」
エミルはそう言って星に手を差し出すと、星もその手を掴んで一緒に中へと入っていく。
がしゃどくろの口の中を通過すると、四角い部屋になっていて中は予想以上に広く。薄暗い部屋の周りの壁には、青い鉱石のような物が至る所から突き出している。
両側に金の天使の装飾が施された扉があり。その横にはワープする為か、魔法陣の放つ青い光が、まるでキャンドルライトの様に辺りを照らし出していた。
その光りを反射するように辺りの青色の鉱石が光り輝く――それはまさにファンタジーでありそうな幻想的な光景だった。
ボスを倒した安堵感か、嫌というほど骸骨を見たからかは分からないが、星の瞳にはそれがとても輝いて見えた。
「ほう。思っていたよりも早く来ましたね――」
何者かの声が聞こえた直後、地面が黒く染まり。そこから狼の覆面を被った男が黒いローブ姿で現れた。
それはログアウトできなくなったあの日に、モニターで見た『シルバーウルフ』と名乗った狼の覆面を被った男で間違いない。
覆面の男は星達を流れるように見ると、徐に口を開く。
「――ほう。このダンジョンは複数パーティーでも、クリアできるかできないかギリギリの難易度で設定していたのですが……これは驚きましたよ。まさか僅か7名でクリアするとはね」
彼の『驚いた』という言葉の割には、その声音は始めからクリアーできると分かっていた様な落ち着きがあった。
抑揚のない形式的な言葉を聞いて、それを挑発と捉えたのかエリエが鋭く彼を睨む。
「……よく言うよ。最後のボスは魔法攻撃でしか倒せないようにしてたくせに……」
「エリー静かに。ここは少しでも情報を聞き出さないと……」
エリエが小声でそう呟くと、それをエミルが諌める。
「お前はいったい何者だ! いったい儂らをここに閉じ込めてどうするつもりだ!!」
マスターは怒鳴り声を上げ、覆面の男を鋭く睨みつけた。
覆面の男はそんなマスターをじっと見据え、何かを思い出したように徐ろに口を開く。
「――なるほど……あなたが一緒でしたか、キャラネームは『マスター』本名『大道 龍二』数々の武術系の大会で優勝を収めてきた最強の武闘家。噂では、殆どの武術を習得しているとか……確か公式の場で、最後の姿を見たのは余興で熊25匹を素手で倒した時――現実世界に敵がいなくなり、ゲーマーにまで落ちぶれたというのは、どうやら本当だったようですね」
「ふんっ、落ちぶれたか……おぬしにいったい何が分かる! 儂は武術の高みを目指す為に、このVR世界に来たのだ。命の心配の要らぬこの世界ならば、皆全力で戦うであろう?」
覆面の男はマスターの話を聞き流すと、星の方をじっと見つめていた。
顔は見えないものの、その男に何とも言えない恐怖を感じ、咄嗟にエリエの後ろに身を隠す。
すると、彼も星から目を逸らしまたも抑揚のない声で言い放つ。
「さて、この扉を潜れば晴れてあなた方は自由の身です。どうぞ?」
覆面の男は右腕を前に突き出し、扉の方に指先を向けた。
その仕草はいさぎが良いというよりかは、どこか人をバカにしたように感じる。
そんな覆面の男の態度に、エミルが不信感に満ちた眼差しをその男に向けると質問をぶつける。
「ちょっとした疑問なんだけど……あの最後のボスの設定を考えたのはあなた?」
「ええ、そうですよ。私達の組織でシステムを改変させて頂きました。用意しておいたアトラクションは楽しんで頂けましたか?」
「……そう。なるほどね」
エミルはそれを聞いて静かに頷くと、微かな笑みを浮かべている。
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