オンライン・メモリーズ

~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~
北条氏成
北条氏成

決意の決戦

公開日時: 2021年8月10日(火) 00:11
文字数:4,687

                   * * *



 それから少し時間は遡る…………。


 少女との戦闘を終え、気を失っていた星が重い瞼をゆっくりと開く。

 まだはっきりとしない視界で周囲を見渡すと、どうやらまだ森の中にいるということは分かった。


「……そうか、私はお姉ちゃんに殺されなかったんだ……」


 そう小さく呟き、頭の中を整理するように再び瞼を閉じる。

 さっきまでの戦いの様子やエミル。レイニールとのやり取りが鮮明に思い起こされ、自分がしなければいけない目的が、意志とともに明確なものへとなっていく。


 だが、唯一の心残りはエミルとケンカ別れをしてしまったことだ――レイニールに渡した金色の玉を、エミルが受け取ってくれれば自分の意思は伝わるだろうが。


 しかし、同時にそれが星から彼女への最後の頼み事になるだろう。レイニールにも悲しい思いをさせてしまうかもしれないが、エミルがレイニールの魂である金色の玉を持っている限り、彼女の固有スキルのドラゴン達の様にたとえ死んでも何度も蘇る。それによってレイニールが自分の後を追うことはできなくなる……。


 胸に手を当て、星が小声で自分に言い聞かせるように小さく呟く。


「……これで良かったんだ。私があの人を倒せば、閉じ込められた人も助かるし、お姉ちゃんもお母さんもきっと……」


 もう戻るわけにもいかない。悲しい表情を見せる星は、金色の装飾が施された美しい剣であるエクスカリバーを見つめる。


 亡くなった父親との最後の絆であり。ゲーム世界で唯一最強にして、戦闘経験もない星に今まで無理を何度も可能にさせてくれた愛剣である。


「――剣さん……もう少し。もう一度だけ、私に力を貸して……お父さん。終わったら、私がお姉ちゃんの代わりにそっちにいくね……」


 星にはもうひとつやらなければならないことができた。それは亡くなったはずの姉に、リアルの自分の体を渡すことだ――自分が姉に生かされたというより、星の命を取れなかったのだろうということを星は分かっていた。


 相対した時、自分は剣を取れなかったが、それは相手も同じで致命打は受けなかった。

 家族の情が邪魔をして、お互いに自分の意志を貫けない。でも、星が姉の立場なら命を奪われ居場所を奪われた姉の心情が痛いほど分かる。


 実際に現実世界で星に居場所はなかった……あったのは悲愴感と他者に劣っているという劣等感だけ。だからこそ、自分から退かなければならない。それをきっと現実世界で待つ母親も望んでいる事だ――。


 今までの人生の記憶の中では、母親の笑顔を見た覚えはない。それはきっと自分が姉じゃなく劣化版だったからなのだろう。以前見た夢でも母親は楽しそうに父親、姉と笑っていた。


 自分が生まれたことで歯車が狂ったのなら。目を覚ました時に、望まれていない自分ではなく姉が自分の体に入っていたらきっと喜ぶはずだと星は思った。


 星はこの世界にきて生きている楽しさを知った。自分にはできないと思っていた友達――仲間にも出会えた。もし、この結末を予想して神様がこの優しい時間を用意してくれたのであれば、自分は皆の為に役目を果たす義務がある。


 なにもないと思っていた空っぽだった自分のことを、剣聖と呼ばれ今は皆がその力に期待している。自分が死んでも残るものがたくさんある。それだけで恐怖も迷いもない。


「……行くよ」


 剣の鞘を再び腰に差し、決意に満ちた瞳でマーカーの指し示す方向を向いて勢い良く地面を蹴って走り出す。


 まだ効果が残っているのだろう。体は羽毛の様に軽く、足はバネの様に地面を蹴り上げどんどん加速する。

 すると、風が吹き荒れ周囲の草木がざわめき始めた。足を止めることなく星がちらっと後ろを振り返ると、そこには巨竜となったレイニールの姿が見えた。


 星はマップ上に表示されているマーカーの所までくると、地面に魔法陣が表れ星の全身を包んだ。


(これがきっと最後になるから……) 


 直後。振り返って、急降下し星に近付いたレイニールとエミルににっこり微笑み、その口が『ありがとう』動き星の姿は消えた。

 真っ白になる視界の中で、口元に笑みを浮かべる。星にとっては、最後に自分の口からエミルにお礼が言えたことが嬉しかった。


 しばらくすると、真っ白の世界から視界が変わり。目の前に赤い壁に覆われたコンクリートで造られた様な部屋が表れ、その奥にはモニターと検査台のようなものが置かれている。


 そこに白衣を着た狼の覆面を被った男が立っていた。星の方に近付いてきた彼は徐に両手を広げた。

 

「ようこそイヴ。私のラボに来てくれるのはこれで2回目かな? いや、ここのラボは初めてだったね。君にはこれは必要ないな」


 彼は頭に被っている狼の覆面を外すと、乱雑に投げ捨てる。

 その顔は以前のままで、赤く短い髪にメガネを付けた中肉中背の男だ。だが、その瞳は狂気に満ちている。


 彼はニヤリと不気味な笑みを浮かべると、両手を広げたまま星の方へと歩いてきた。そんな彼に向かって剣を引き抜いた星が、剣先を彼の顔に向けて睨み付けた。


 少し驚いた様子で眉を動かした彼に、星が告げる。

 

「――――あなたは約束を守らない……それにあなたは多くの人を殺しました。だから、私はあなたを倒さないといけない。でも、最後に聞きます。降参して、私達を元の世界に帰してもらえるのなら――」

「――君の言葉には誤りがあるよ? イヴ。君は僕が多くの人間を殺したと言ったが、君は僕を倒すのかい? ……殺す。の間違いだろう? それとも覚悟がないのかな? 君は僕には絶対に勝てない。何故なら――いや、今は止めておこう」

「……降参はしてくれないんですね?」


 言葉を遮ってそう言った彼に、星は再び尋ねるが、彼はニヤッと不気味な微笑みで返される。


 それを見た星は戦うしかないと覚悟を決めたのか、剣を構え直し告げた。


「……なら、私はあなたを殺します!」

「そうか、なら僕も本気で相手をさせてもらうよ。イヴ……」


 彼はコマンドを操作し目の前に出た剣を取ると、星に向かって突き付ける。星もまた、エクスカリバーを彼の方に向けると勢い良く走り出す。


 っと星が向かってくるのを見て、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。

 それに気付いた星は何かを察した様子で急に左に跳んだ。その直後、地面に魔法陣が描かれ赤い光を放つと、四角い檻が姿を現した。


 もし星が真っ直ぐに彼に向かっていれば、間違いなくその檻に捕らわれていただろう。だが、以前エリエと敵に追われ、始まりの街のサラザの店の前で表れた壁の出現は、今のよりも大分遅かったはずだ――。


 まあ、マッドサイエンティストの彼も一人の科学者ということだ。問題になる欠点を消し魔法陣にも改良を行ったということだろう。


 しかし、これは星にとっては嬉しくない。戦闘経験を多少なりと積んだと言え、エミル達のステータスを吸収して高速で移動する今の星では、この狭いラボの中を動き回るのは難しい。その上、地面から自分を捕らえようと出てくる檻にまで気を付けなければならないとなると至難の業だ。


 星は地面から出てくる檻をかわしながら男との距離を徐々に詰めと、攻撃圏内に入った直後に地面を蹴って一気に距離を縮めて彼の体に剣を突き刺す。


 男の腹部に深々と突き刺さった刃に、彼が悲鳴を上げると頭上に表情されているHPバーが大きく減少する。

 そして彼のHPが一割を切ったところで倒れている彼の体から剣を引き抜き、止めとばかりに星は剣を振り上げた。


「……これで最後です……」


 虚ろな瞳と感情を消した声で言い放った星は、振り上げた剣を男に向かって振り下ろす。


 ――うわああああああああああああああああああああああッ!!


 情けない悲鳴が部屋全体に響き、彼の手前で振り下ろされた剣が止まった。


 虚ろだった星の瞳には光が戻り、目の前で小声で命乞いをする男に眉をひそめている。

 本来、彼がやったことを考えれば情状酌量の余地はない。しかし、星は剣を捨てて情けなく命乞いをする彼の姿に剣を引いた。


「……もうしないと約束してくれるなら、命までは取りません。私達を現実世界に戻してくれますよね?」

「はい。命を助けてくれるのならなんでもいたします……だから、せめて命だけは……」

「……そうですか。分かりました」

 

 星はホッとした様子で大きく息を吐くと、構えていた剣を下ろした。


 だがその直後、星の手足に鎖が巻き付き、鎖によって勢い良く引っ張られた手足が無理矢理開かれ大の字に固定される。


 口元に不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった男は勝ち誇った様に高笑いする。


「ふはっはっはっはっ! やはり僕を殺せなかったねイヴ……だから言っただろ? 君は僕を殺せない――女ゆえのその甘さでね! 君は女に生まれた時点で僕に負けている…………さあ、お仕置きだ……」


 そう言ってパチンと彼が指を鳴らすと、星を拘束していた鎖に電流が流れた。


 ――きゃああああああああああああああああッ!!


 全身を走る激しい電流に悲鳴を上げた星は、手に持っていたエクスカリバーを手放す。


 しばらくして電流が止まり、星はだらんと首を下げる。男は地面に落ちたエクスカリバーを拾おうと近付いたものの、拾えないことが分かり舌打ちをして遠くに蹴り飛ばす。


 地面を滑って部屋の端まで飛ばされたエクスカリバーに星が目を向ける。

 直後。頬を男の手が撫でるが、そのエミルの手と違う男性特有のごつごつした感触に、星は不快感を露わにした。

 

「……旦那様に逆らったらダメじゃないかイヴ。君は僕だけを見ていればいい――そう言ったはずだよ?」


 男に頬を撫でられながら、星は以前のフィリスと紅蓮の争いを思い出していた。

 あの時、披露していた紅蓮を傷付けず剣を突き付けたフィリスに、その隙を突いて今度は紅蓮がフィリスの首筋に刃を押し当てたのだ。


 星もあの時は優しさに付け込んだ紅蓮を卑怯だと感じたが、今の状況になって彼女の意図が分かった気がする。

 おそらく。この場に紅蓮やエミルが――いや、他のプレイヤーであっても、この事件の元凶である彼に容赦しないだろう……。


(……これがエミルさん達なら、こんな状況にならかったのに……私だから、こんな……)


 自分の甘さに憤り。泣きそうになるのを必死で抑え、自分の頬を撫でて満足そうな笑みを浮かべている男を睨み付けた。


 その星の反抗的な顔が気に入らないのか、男はつまらなそうに眉をひそめた。


「おかしいね……先程の電流は君の全身の力を阻害する為に行ったんだけどね。まだ抵抗する意思があるとは、呆れるね……君もあの女と同じなのか、残念だよ。……再教育が必要な様だ――」


 そう言って彼が星の側を離れた直後に、再び指をぱちんと鳴らす。


 すると、星の体に先程よりも強い電流が流れて部屋中に星の悲鳴が響いた。


「――君は僕の為にだけ微笑むべきだ……知っているかい? アバターに強い電流を流すと、意識と精神保護の為に普段の戦闘による苦痛よりも早く強制シャットダウンする。つまり気絶だね……」


 悲鳴を上げる星を見つめて淡々と説明する彼だったが、その顔には不気味な笑みが漏れ出していた。

 薄れゆく意識の中で、星は必死に抗いながらもこの拘束を解き、男を倒す方向を模索していたが、システムのプレイヤー保護機能には抗えずに眠る様に意識を失った。


 男は気を失った星の頬を撫でニヤリと笑みを漏らす。


「痛みすらも電気信号だからね当然の事だ……もっとも、もう君には聞こえていないと思うけどね……おやすみイヴ。君が目覚めた頃には、この世界は崩壊している。そして僕と君だけの理想郷へと変わっているよ。フフフッ……ふははっはっはっはっ!!」


 そう言って星から離れた男はモニターに向かってキーボードを打つ。



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