顔を洗って朝食を食べる時もエミルの表情はどこか険しく、その彼女の様子には星も気が付いていた。だが、あえて触れない方がいいのだろうと理由を尋ねることはしなかった。
朝食を食べ終えると食後のティータイムで紅茶を飲んでいるエミルの隣でミルクを飲んでいる星。
すると、紅茶を飲み終えたエミルがティーカップを置き、やっと星に向かって口を開いた。
「……星ちゃん。学校に行きたくなかったら、無理に行かなくてもいいのよ? 別に勉強なら家庭教師や私が教えてあげられるし。普通の公立の学校と違って名門の家の子が集まっているから友達関係も難しいと思うし」
「…………」
(そうか、エミルさんはきっと私が頼らない性格をしているから……私を家族にしてくれたエミルさんにこれ以上は迷惑をかけられない……)
星は心の中でそう考えながら持っていたミルクを飲み干して言った。
「大丈夫です。前の学校でもうまくやってましたし、それに勉強も頑張りたいので」
にっこりと微笑んだ星に、エミルは一瞬口籠もったが再び口を開こうとした時、食堂の扉が開いて執事の小林が部屋の中に入ってきた。
「車の用意が出来ました」
話を遮られたかたちになったエミルは眉をひそめる。それとは対照的に、星はすぐに椅子から立ち上がって小林の方へと歩いて行く。
星は椅子に座ったままのエミルの方を振り返って微笑んだ。
「エミルさん早く行きましょう」
星のその笑顔に負けたようにため息を漏らしながら立ち上がって星の方へと歩いて行った。
家から出た星とエミルは家の前に止まっている車に乗り込むと、制服を取り扱っているテンポへと向かった。普段は入学前までに寸法を測ってオーダーメイドで作って家までお店の人が届けてくれるのだが、星の場合はその時間がなく急遽、店に行って今日中に仕立ててくれることになっている。
その店は服屋が密集した都心の繁華街にあり、外観はレンガ造りで洋風の看板に英語で店名が書いてある。看板には『Crescent』と書いてある。
星とエミルは黒塗りの高級車から降りると、店内に入って行く。中もレンガ造りの外観に漏れず洋風の雰囲気が漂う。店内には制服が数多く置かれていて、奥にあるカウンターには白髪を生やした英国紳士の男性が店に入ってきた星とエミルに微笑みを浮かべている。
「いらっしゃいませ。制服を御予約の伊勢様ですね。お待ちしてました」
「はい。急で申し訳ないのですがよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
店主らしき男性に頭を下げたエミルに続いて星も頭を下げた。
店主は星に優しい笑顔で応えると。
「それでは採寸しますのでお嬢様は奥の部屋へとお願いします。おーい! お客様の採寸を頼む!」
大声でカウンターから奥の部屋に向かって手を打ち鳴らすと、奥の部屋から若いエプロンを付けた女性が2人出てきた。
彼女達に案内されて店の奥へと連れて行かれた星は、両脇に大量に積まれた制服の在庫の中を通り抜けるとカーテンで仕切られた部屋へとたどり着く。
促されるままに服を脱いだ直後、エプロンを着けた女性2人が慣れた手付きで、体のサイズを測っていく。
数分で星の全身のサイズを測り終えると、カーテンの先の通路に戻って制服の入っている箱を持ってきた。
箱を開けて中に入っている制服を星に着せると、星は少し大きめの制服とズボンを身に付けて部屋の端に置かれた大きな鏡の前に立った。
白のブレザーの胸に大きなワッペンが付いていて中のワイシャツの首元には赤いリボンが付いていて、下は黒いズボンだ。
しかし、元々女子用の制服がズボンなのではなく、スカートなのだが、星に渡された制服はズボンだった。傍に置かれている箱の中に入っている男子用の制服はブレザーが黒で赤いネクタイ。女子用は白いブレザーに赤いリボンにラインの入ったスカートだ。
おそらくはエミルが星の事情を知っていて前もって用意してくれていたのだろう。その気持ちが星には嬉しかった……。
着替え終えると、星は少し余裕のある制服の疑問を女性に尋ねた。
「あの……少し制服が大きいような気がします……」
「それは成長するからね。小学生は成長が早いから、少し大きい制服じゃないとすぐきつくなって着れなくなるのよ」
「はあ……そうなんですか」
少し納得していないような生返事で返した星に、女性は続けて言った。
「私達の見立ては完璧なの。六年生になったらぴったりで驚くわよ? 楽しみにしててね」
それを聞いた星は不思議そうに首を傾げていた。そんな星の背中を軽く叩いて「さあ、お姉さんに制服姿を見せていらっしゃい」と星に向かって微笑みながら言うと、星も頷いてゆっくりと歩き出した。
内心では早くエミルに自分の制服姿を見せたかったが、見せた時の反応が怖くてなかなか歩みが進まない。
だが、初めて着た制服をエミルに見せたいという感情の方が恐怖よりも強いのか、歩みを止めることなく。少し時間は掛かったものの、お店のカウンター横のスペースに置かれたテーブルで紅茶を飲んでいたエミルの前にきた。
恥ずかしそうにもじもじしながら、エミルの顔を見上げ。
「……ど、どうですか?」
上目づかいにそう言った星の制服姿を見た直後、エミルは無言のままテーブルを立って店の外へと走って行ってしまった。
そんな彼女の姿に星は残念そうに肩を落としたが、それほどがっかりしなかったのは最初から高望みしていなかったからかもしれない……。
しかし、飛び出して行ったエミルは以外と早く戻ってきた。鼻にはテッシュペーパーが詰まっていて、その手にはカメラが握られていた。
2036年現在。デバイスの最小化が著しい昨今では部品の品質は上がったものの、限られたサイズの中では一つ一つの機能を限定するしかなく。
やはり、カメラや電話などの特化された機器は健在で、その機能の進化も著しくカメラの手振れ補正は完璧。人の向きを検知して、動きによるブレを瞬時に計算し連写した中から最適な画像まで選別してくれる。
周囲の光量による変化も考慮して明るさを設定してくれるだけじゃなく。周囲の色彩を感じ取って暗闇でも昼間のような色彩調整もしてくれる優れものだ。
エミルが持ってるのも最新モデルのカメラで機能は高性能なのだが、鼻にテッシュぺーぱーを詰めたエミルのせいでそうは見えない。
「かわいい! かわいいわ! 星ちゃん。こっちを向いてポーズ取ってみて!」
そう言いながら星がポーズを取る前に、既に何度もカメラのシャッターを押している。
急に飛び出して行ったかと思うとカメラを持って帰ってきた彼女に驚き反応できず星も戸惑うばかりだ。
だが、それも無理もないだろう。星はエミルが店から飛び出して行った直後、自分の制服姿をエミルは気に入らなかったのだと思って落ち込んでいた。しかし、その数分後にはカメラを構えているエミルが目の前にいるのだ。
もう、気持ちがジェットコースターの様な高低差に付いてこなくなってしまっている為、星はポーズを取るどころではない。
しかし、そんなことなど気にする素振りすら見せずにシャッターを押して、最高のベストショットを撮り逃さないようにと興奮した様子で迫ってくるエミルは「かわいい」と連呼しながら様々な角度から星の写真を撮っている。
なにが起きているか分からず立ち尽くしていたが、次第に冷静になってきて写真を撮られていることが分かって恥ずかしくなって頬を赤らめながら俯いてしまう。
写真を撮られ慣れていない星にとって、褒められながら写真を撮られるというのはどうしても恥ずかしい。
顔を赤くさせ、もじもじしながら指をいじる星に写真を撮っていたエミルにも熱が入る。もう写真を撮ることを止めさせるのは無理そうだと判断した星は諦めたように大人しくエミルに写真を撮られ続けていた。
結局、容量一杯まで写真を撮られ続け、執事の小林がきて諫めるまで写真を撮るのを止めなかった。
呆れ顔でエミルのシスコンぶりを店主も奥の通路から覗いていた。
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