その頃、城のエミルの部屋ではエミル、イシェル、デイビッドが3人の帰りを待っていた。
飛び出していった3人が気掛かりだったが、いったところで状況を混乱させるだけなのは分かっている。
部屋の中は、まるでお通夜のようにな静けさで、外にいるモンスター達の鳴き声が部屋に聞こえそうなくらいに静まり返っていた。
「ちょい遅くない? うち心配やから見てこようか?」
「……いいわよ。待ってましょう」
イシェルの言葉にエミルはそう返したもののその表情は険しく、明らかにこの中で一番心配していのは彼女だろう。
そんな彼女を見て、イシェルはくすっと笑みを浮かべると徐ろに席を立つ。
「ちょっとイシェ。行かなくてもいいって言ってるのに!」
意地を張っているのか、イシェルが立ち上がったことで驚いて声を上げたエミルに向かって、イシェルはにっこりと微笑んだ。
「大丈夫、行かへんよ。でも、あの子らが帰ってきても気まずくなるのは見えとるやろ? エリエちゃんは確かお菓子が好きやったはずやし。紅茶とお菓子をこさえて待ってよう思ってな~」
それを聞いたエミルとデイビッドが紅茶と聞いて、同時に声を上げた。
「「飲み物は紅茶じゃない方がいいと思う!」」
その息の合った声を聞いてイシェルは驚き目を丸くさせたが、すぐに「了解」と微笑み返すと、キッチンへと向かって歩き出した。
おそらく。この時のデイビッドとエミルにはエリエが「紅茶の気分じゃないんだけどな~」とぼやくのが見えていたのだろう。
エミルとデイビッドはその姿を見送ると、お互いの顔を見つめる。
「はぁ~。それにしても、マスターはいったい何を考えてるのかしら……」
「そうだなー。でもマスターの事だから、それなりに考えがあっての行動だとは思う。けど、イシェルさんまで呼び出すとはな……」
大きなため息をつき、頭を押さえているエミルにデイビッドも腕を組んで椅子の背凭れに体を預けた。
エミルはそんなデイビッドの顔を見つめると、真面目な顔をして口を開く。
「私の勘違いならいいんだけど……マスターはもしかして、何か大規模な作戦を考えてるんじゃないかしら。イシェのスキルは複数戦闘が得意だし、マスターが直接出向いて呼びに行く人間なんて数人しか思い当たらないのだけど……」
エミルの真剣な顔が徐々に不安で崩れていくのを見て、デイビッドは何かを察したのか、ゆっくりと口を開いた。
「あ……いや、まさか、あの人達に声を掛けるわけないだろ? だって『3日もあればゲーム内のモンスターを狩り尽くす』なんて言われるくらいでたらめな力を持っているのに、性格もばらばらで戦闘スタイルは強引な人達だろ? それに確か、彼等はマスターとは仲悪かったんじゃないか?」
「ええ、そのはずなんだけどね。でも緊急時だし、もしログアウトできなくなった時にプレイしていたとなると……」
「ああ、皆筋金入りのゲーマーだろうから。そうなると……」
2人は顔を見合わせると、その表情からは徐々に血の気が引いて青ざめていく……。
「「すっごく怒ってる――」」
「――でしょうね」
「――だろうな」
同時に呟き、エミル達は大きなため息を付いた。
そこにコーヒーが入ったカップをおぼんに乗せたイシェルが歩いてきた。
「どうしたん? 2人して、まるでお通夜みたいな顔して~」
イシェルは机に倒れ込んでいる2人にそう冗談交じりに言うと、余計に場の空気が重苦しくなった。
その空気を何とかしようとイシェルが慌てふためいている。すると、部屋の扉が開き、部屋に星が入ってきた。
「あっ! 丁度え……ううん。皆、おかえりなさい」
イシェルは言おうとしていた言葉を飲み込んで、戻ってきた星ににっこりと微笑んだ。
「……あ、はい。ただいまです」
控えめに星が小さな声でそう言うと、エリエは部屋の中に入るなり、くんくんと鼻を動かしている。
「何かいい匂いがする!」
「ああ、そうやった!」
エリエが瞳を輝かせながら言うと、イシェルは思い出したようにキッチンへと足早に向かった。
しばらくして、再びイシェルが姿を表わすと、その手には大きなバームクーヘンが乗った皿を持ってきた。
「わ~お! バームクーヘンやん!!」
「そうやよ~。けど、エリエちゃん。うちの言葉遣いが移っとるよ……」
エリエの口調に、イシェルは苦笑いを浮かべている。
(ほんまにお菓子好きなんやな~、この子。もしかして……お菓子貰ったら誰にでもついて行くんやないやろな、ちょい心配になるわ~)
イシェルはそう思いながらエリエに視線を向けると、彼女はおやつを貰う前の子犬のような瞳でイシェルを見つめていた。すると、2人から少し遅れて後ろからカレンが部屋に姿を表した。
それを見たエミルとデイビッドは顔を見合わせて安堵したように微笑んだ。
「とにかく座って、お菓子でも食べてゆっくりしたらええ。しばらくの間、ダンジョン内に篭ってたんやろ?」
イシェルは3人に席に着くように促すと、バームクーヘンの乗った皿をその中央に置いた。
手際良く小さなナイフで切り分け、小皿へと移して皆の前へと置いた。
エミルはイシェルが席に着いたのを確認して、神妙な面持ちで口を開いた。
「それじゃー。これを頂きながら今後の事について少し話し合いましょうか」
「そうだな、イシェルさんをマスターが呼んだということは、ギルドの再結成するという話が信憑性を増してきたしな」
エミルとデイビッドは真剣な表情でそういうと、皆の顔色を窺っているように思えた。
それを聞いた星は少し浮かない表情で、目の前に置かれた皿の上のバームクーヘンを見つめた。
それもそうだろう。星にとって、ギルドという存在の全てを把握できているわけではない。それどころか、ギルドというものがまだぼんやりとしか見えてこない。
エミル達の話を聞いて、ギルドがプレイヤーの集合体の総称をそう呼ぶことは何となく分かっていたのだが、それがどこか自分とは別の次元の話のようにも感じていたからに他ならなかった。
(――ギルドか……もし、できたら私はどうなるんだろう。私はもともと部外者だし。やっぱり、もう皆と一緒にはいられないのかな……?)
ふとそんなことを思った星は落ち込んだ様子で、俯き加減に膝の上に置いた手を見つめていた。
それを見たイシェルは、星の様子から何かを察したように手を叩くと「今日はサウナに入り過ぎて疲れたわ。大事な話はまた明日にして今日は皆の武勇伝を聞きたいわ~」と言ってエミルの方を見た。
エミルは少し不満そうな顔をしたが、満面の笑みで自分を見つめているイシェルの顔を見て仕方ないと言った様子で頷くと、イシェルにダンジョンでの出来事の一部始終を話し出した。
イシェルはその話を始めから終わりまで真剣に聞き、分からないところでは聞き返すので、結局あれこれ説明している間に数時間が経ってしまっていた。
その時コーヒーが飲めずにココアに変えてもらった星が一番に大きなあくびをすると、それを見たエミルが声を掛けてきた。
「大丈夫? 星ちゃん。もう遅いし、先に寝てしまいなさい。私も後で行くから」
「えっ? でも……私ももう少し起きてます……」
「で、でも……」
エミルは眠そうに目を擦っている星を見て、少し困った顔をしている。
すると、エリエが困っているエミルを見かねて声を掛けた。
「星? ゲームだからって遅くまで起きてると、向こうの世界に帰った時に朝起きられなくて困るよ?」
「……どうしてですか?」
半信半疑で聞き返した星に、エリエが真面目な顔をして口を開く。
「だって今はこの世界で生活してるわけだし。この世界の時間は向こうの時間とリンクしてるの。だから夜に寝て朝に起きるのは当たり前でしょ? もし向こうに戻って夜更かししてたら星のお母さんにうんと叱られるよ?」
「――お母さんに!?」
「うん!」
それを聞いて星は顔面蒼白になり、慌てて席を立つと寝室の方へと向かっていった。
その場に居た全員がそんな星を見送ると、カレンがぼそっと呟いた。
「――母親って、そんなに怖いものか?」
そのカレンの言葉を聞いて、イシェル以外の全員が無言のまま顔を伏せる。
その反応はダンジョンにいた時に、マスターから彼女の生い立ちを聞かされていたからに他ならなかった。
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