2人の言い争いは結局、エミルに怒られたことでなんとか収まったものの、エリエとデイビッドが今度はギクシャクしながら並んで歩いている。
星はどきどきしながらその後ろを歩いていたのだが。後ろから2人を見ていると、エミルがいなくなれば再び言い争いを始めそうなほど険悪なムードを醸し出していた。
だが、星にはどうしてこの2人がこんなにも仲が悪いのか理解できない。エミル達の話を聞いていれば、結構長い付き合いのはずなのだが……。
っと考えてるそばから、また口喧嘩を始めている。それを呆れた様子でエミルが仲裁に入っていく。
そんな時、突如として前から大きな声が聞こえてきた。
「お~い」
星がその声のする方向を目を細めて見てみる。その視線の先には、大きな男性がこっちに向かって手を振っていた。そう思っていたのも束の間、手を振っていた男性がこちらに向かって走って来る。
おそらく。あれが、彼がエリエの言っていた友達だろう。だが、彼の姿が近付いてくるに連れて、その場にいた者達の表情は強ばっていく。
それもそのはずだ。その男性は派手な紫色の髪に緑色の瞳。そしてこんがり焼けた小麦色の肌に、ピンクのTシャツの上からでも分かる盛り上がった各部位の筋肉――そして何よりも衝撃だったのは……。
「あ~ん。久しぶりじゃな~い、エリー。元気にしてた~?」
その喋り方だった――そう。彼は誰の目から見ても、正真正銘の『オカマ』だったのだ……。
「うん! ほんとに久しぶりだね。サラザも元気にしてた?」
「もう、また体重が増えちゃったわよ~」
「なに? また筋肉増えたの?」
「そうなのよ~。嫌よね~。ウエストを引き締めるつもりが……ほら、こんなに~」
Tシャツを捲って露わになったサラザの鍛え抜かれた見事なシックスパックの腹筋を触って、エリエはキャッキャとはしゃいでいる。
楽しそうに会話している2人を尻目に、星達はただ呆然と2人のやり取りを見つめていた。
その光景はまさに美女と野獣。筋肉隆々の男?の隣には高校生くらいの女の子という、なんともミスマッチな状況なのだ。
そんなサラザに、エミルが勇敢にも声を掛けた。
「あの、今日はエリーが無理を言ってすみませんでした」
「あら? あなたどなた? 私の友達をアダ名で呼ぶなんて、只者じゃないわね~」
サラザはギロリとした大きな緑色の瞳をエミルに向ける。
その圧倒的な威圧感に、さすがのエミルも少し物怖じしたものの、動じることなく言葉を続けた。
まあ、こんな筋肉の塊の威圧感のある瞳に凝視されれば、物怖じするなと言う方が無理があるとだろう。
「いえ、私はエリーと同じギルドに所属していた者で、エミルと言います」
エミルが自分の名前を口にした瞬間。サラザは筋肉で武装されたその体を揺らし、彼女の目の前にゆっくりと歩いてきた。
それを見て星は慌てて、エミルの前に両手を広げて立ちはだかった。
突如割り込まれたサラザの鋭い視線が星に向けられる。
「――あら? なによ……この子」
「……エミルさんは。わ、私が……ま、守ります!」
星は恐怖で震える体をなんとか奮い立たせ、自分を見下ろしながら睨んでいるサラザを睨み返す。
動物に例えるとトラとハムスターが対峙する様に、体格があまりに違う2人の数秒間の睨み合いが続いた。その時、サラザが大きく両手を広げる。
(――ッ!? ……やられる!!)
星が咄嗟に目を瞑ると次の瞬間。突然、全身をサラザに思いっきり抱きしめられた。
何が起きたのか分からずに、星が一時的にパニックに陥る。
「なに、この子。すっごくかわいいんだけど~♪」
全身を熊の様な捕食動物に捕らえられた様な圧迫感と、今までにないほどの湿気を帯びて濡れているサラザの体はまるでカエルの表皮の様にぬめっとしていた。
(うぅ……うあっ……香水くさい。それになんだかベトベトする……)
星はそんな事を感じながら、サラザに強く抱きしめられ身動きが取れずもがいている。
そこにエミルが「止めてください」と声を上げ、星の体を強引にサラザから引き離した。
「この子に変な事しないでください!」
「……エミルさん」
エミルはそう言って星をがっしりと抱きしめると、サラザを睨みつけている。
「なによ、別にとって喰おうなんて思ってないわよ。失礼しちゃうわ!」
不機嫌そうにそういうと、そっぽを向くサラザ。
エミルは抱き寄せた星の耳元で小さな声でささやく様に告げる。
「――もう。あまり無理しないの!」
「で、でも……」
「でもじゃないわ。あなたが何かされたらどうするつもりだったの? だけど……守ってもらって嬉しかったわ。ありがとうね」
エミルの口から出たその言葉に、星の顔からは思わず笑みがこぼれる。
今までお礼を言われても。心のどこかで当たり前のことをしているという認識があったからか、嬉しいと思ったことが殆どなかった。
しかし、エミルに「ありがとう」と言われた時、星の心の中は今までには感じたことのないほどに『嬉しい』という感情でいっぱいになった。
「そういえば、エミル姉とサラザは初対面だったね。サラザ、紹介するね! この人が、私のお姉さん的な存在のエミルさん。そして、さっきサラザが抱きついたのが星。ついでにこっちの変な格好してるのが、前に話したバカデビッドだよ」
「デイビッドだ! いや、デイビッドでもないんだが……それにバカとはなんだ、バカとは! それと変な格好じゃなくこれはサムライと言って誇り高い日本の戦士の……」
エリエはサラザにメンバーの紹介を終えると、怒っているデイビッドを無視してぷいっと顔を背ける。
サラザはエリエの話を聞くと、エミルにそっと手を差し伸べた。
エミルは驚いた表情でサラザを見上げている。
「あなたがエミルの姉なら、私からしたら妹も同じだもの。悪かったわね、許してもらえるかしら?」
「ええ、こちらこそ、失礼な事を言ってしまってすみませんでした」
エミルはサラザの手を掴んで立ち上がる。
2人はお互いの顔を見合わせ、にっこりと微笑み合っている。それを見た星も、ほっと胸を撫で下ろしていた。
エミルが突然呼ばれ、情況をまったく把握できていないサラザに、今回のダンジョン攻略の説明をする。
サラザはその話に真剣に耳を傾けると、内容を全て把握したと言わんばかりに大きく頷く。
「なるほどね~。なら、今回のダンジョン攻略は、その子の防具を作る為にそのアイテムが必要ってわけね~」
サラザはエミルの背中に隠れている星を見て、柔らかい表情でにこっと微笑んだ。
星はそれを見て、さっとエミルの背中に完全に体を隠した。
それもそのはずだ。星は今までテレビなどでは『オカマ』を見たことはあっても実物を見るのは今日が始めて――しかも、それが筋肉隆々のガチムチとなれば尚の事だ。
おそらく。そんなサラザが星の目には、まるで凶暴なモンスターの様に目に映っていることだろう。
「あら、嫌われちゃったのかしら……その子。小動物みたいでかわいいんだけど、残念だわ~」
サラザは残念そうに指を咥えながら、星を見つめている。
自分を見つめるサラザに身の危険を感じだのかエミルの背中に隠れたまま、星がエミルの服を強く握った。
「それでサラザ。私達と一緒に行ってもらえないかな?」
そう言ったエリエは不安そうな表情でサラザを見た。
すると、サラザはにこっと微笑み自分の鍛えあげられた大胸筋を叩く。
「なにを水臭いこと言ってるのよ~。私達友達じゃない。友達の友達はマブ達と同じよ~」
サラザがなにを言っているのかはさておき、どうやら協力してくれるようだ。
「なら、一緒に行ってもらえるの?」
「もちろんよ! 前衛は私に任せて頂戴。うふふっ。私の筋肉が疼いているわ~」
念を押して再び尋ねるエミルにサラザはそう言って不気味な笑みを浮かべると、全身の筋肉をピクピクと動かした。
5人は身支度を整えるとエリエの言っていた富士の遺産ダンジョンへと向かう為、街の外れにある大きな花畑にいた。
「さて、この辺りでいいわね」
「なんでこんな所に来たの? 富士の遺産ダンジョンって確か、ここからエルアーディン平原を越えた向こう側のはずでしょ?」
「まあ、いいからいいから、始めてエミル姉!」
エミルはその声に頷くと、皆の前にいってコマンドを操作する。
すると、次の瞬間にはエミルの手にドラゴン召喚用の巻物が握られていた。
「皆、少し下がっててね。危ないわよ?」
エミルはそういうと巻物を広げ笛を鳴らす。その直後、辺りが巻物から出た白い煙で覆い尽くされる。
驚いた様子で目を丸くさせたサラザが「なにが起きたの!?」と声を上げた。
煙が消え視界が戻ると、サラザの目の前に大きな白いドラゴンが現れる。それを見たサラザは思わず叫んだ。
「こ、これは……まさか、あなたが噂の白い閃光なの!?」
「――そう、この人が『白い閃光』だよ。うちのギルドの中でも、実力はトップクラスなんだから!」
エリエは自慢げにえっへんと胸を張って答えた。
エミルはそれを聞いて、少し恥ずかしそうに頬を赤く染めると「いいから早く乗って」と皆を急かすように言った。
褒められるのに慣れてないのか、それとも『白い閃光』という通り名が嫌いなのか、エミルは頬を赤く染めてそっぽを向いている。
5人全員がリントヴルムの背中に乗ったのを確認し、エミルはパシッと手綱を鳴らした。すると、大きな翼を広げリントヴルムは勢い良く大空へと舞い上がる。
「さて、皆しっかり掴まっててね。飛ばすわよ~。リントお願い!」
その凛とした声に答えるように、リントヴルムが大きな鳴き声を上げ大きな巨体を前へと進めた。
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