敵も味方も入り乱れた中で的確に敵だけを撃破できるのは、星の固有スキルに付随しているGM専用スキル『オーバーレイ』の効果が大きい。
星の視覚にはモンスターとプレイヤーの違いが、明確にアバターの上に文字で表示されている為、決して間違えてプレイヤーを攻撃することはない。それがなければ、スケルトンはともかく死霊の騎士と通常の鎧を着たプレイヤーを間違えて斬り殺していたかもしれない……。
レイニールは星の戦っている方とは真逆に炎を噴射して、少しでも主の負担を減らそうとしている。だが、昨日とは違って夜に敵が戦闘を仕掛けてきてくれたおかげで走り回る星の体が金色に輝いている為、まるで光源のない荒野を車がヘッドライトを付けて走っているように鮮明に彼女の動きが分かるのは助かる。
戦場を駆け回りながら敵を一匹残らず撃破するのに1時間と掛からなかった。
最後のスケルトンを撃破し、星は大きくその場で息を吐き出した。
「はぁ~。やっと終わった……」
細かく呼吸を繰り返し改めて辺りを見渡すと、キラキラとした光の粒子がゆっくりと空に登っていく光景ばかりで、どうやらもうモンスターは存在しないようだ。しかし、不可解なのは、今回は前回に比べて敵の数が少なく設定されているように感じたことだ。まるで、最初から星一人で撃破できるだけの数を計算した上で送り込んできているような……。
(疲れたけど……でも、何とかできた。もうモンスターは残っていないみたいだし、レイニールと合流してエミルさんのところに――)
そう星が心の中で呟いた直後。地響きが起こり慌てて振り向くと、後方からたくさんのプレイヤー達が星に向かって歓声を上げている。
「剣聖。助かったぜ!」「あの数を一人で撃破しちまうとは、最強すぎるぜ!」「お前がナンバー1だ!」「ありがとう! 剣聖!」「次に敵が攻めて来ても剣聖がいれば怖くないぜ!」
それ以外にも様々な声が上がっていた。その歓声を聞いて、少しの間自分のことを言われていると気が付かなかった星だったが『剣聖』とは自分のことを言われていることに気が付き顔を赤らめさせた。
今まで自分のやったことをこれほど誰かに称賛されたことはない。未だに、この盛大な歓声が自分に向けられているかも疑っているくらいだ。
直後。星が頭を押さえて大きくよろめく。それを察したレイニールが星を掴み上げると、その場から急いで離脱する。
千代の上空に飛んでいったレイニールの体が金色に輝き辺りを光で包むと、そのどさくさに紛れて小さいドラゴンの姿に戻ったレイニールが星の服を掴んで街の裏路地へと降りた。
街では突然消えた今回の戦闘の功労者を探してプレイヤー達が駆け回っている。まあ、星を理由に騒ぎたいだけなのだろうが……。
レイニールは地面に座り込んだまま、頭を押さえている星の顔を心配そうに覗き込む。
「大丈夫か? 顔色が悪いのじゃ……」
「うん。大丈夫だよ……少しよろけただけだから……」
そう言って微笑み返す星が震える膝に手を突いて、ゆっくりと立ち上がった。だが、どう見ても大丈夫そうには見えない。
昨日の戦闘から、明らかに星の体に不調をきたしている。普段から我慢してしまう星のことだからこそ、今レイニールがどんな言葉を掛けても「大丈夫」と彼女は返してしまうだろう。
そのことを一番近くで見ていたレイニールは誰よりも知っていた。
「主。エミルのところに戻るのか?」
「……ううん。ちょっと疲れたから、今日も別の場所に泊まろうかな? さすがにあの部屋は無理だと思うけど……」
星が苦笑いを浮かべていうと、突然何もない場所から声が聞こえた。
「――そんなことはありません」
驚き声の方に振り向くと、そこにはかしこまった白雪が立っていた。
地面に膝を突き頭を垂れたまま、星の返事を待っている様子の白雪にレイニールが尋ねた。
「そんなことはないというのは、またあの部屋を使って良いのか?」
だが、レイニールのその言葉に、白雪は首を横に振って答えた。
それを見て首を傾げたレイニールが次に言葉を口にする前に、白雪が言葉を発した。
「いえ、今度から私の部屋をお使い下さい。それでは参りましょう」
「……えっ?」
返答を待たずに星にローブを被せ、その手を引いて歩き出した白雪。
そんな彼女をレイニールが慌てて追いかける。エレベーターまで一気に歩き切った。
エレベーターの中に入ると、息を切らしている星の上に被せていたローブを白雪が外して頭を下げた。
「申し訳ありません。これ以外に方法がなかったもので……」
「い、いえ」
星は短く答えているが、その表情からはその口数が限界という感じが滲み出ていた。
それを心配しているのか、レイニールも星の頭に乗るのを躊躇しているくらいだ。
しばらくの沈黙の後、エレベーターが動き始めると、白雪は徐に星に尋ねる。
「――星様は、今持っている力をどう考えていますか?」
「……えっ?」
少し驚いた様子で白雪の顔を見上げた星から、白雪は合いそうになった視線を逸らす。
そして、聞きにくいそうに言葉を続けた。
「確かに貴女のその力は素晴らしい。ですが、強大過ぎる故に一人でしか戦えない……誰にも頼れない現状を。その、怖いとは思われないのですか?」
彼女の言葉はまるで、自分も同じ現状を体験したことがあるように聞こえた。いや、あるのだろう。誰しも人生で自分には荷が勝ち過ぎていると言わざるを得ない状況を体験している。白雪もまた、誰にも頼れない状況を経験した者なのだろう。
その外見から年齢は二十歳くらいだろうか?星とは倍以上も歳が離れている。しかし、その瞳の奥からは怯えている彼女の心が見て取れた。
不安なのだろう……今まさに自分の命を預けている人間が目の前にいて、しかもそれは幼い少女でしかない。
彼女としては自分や仲間達の命を背負われている中。面白半分で、遊びの延長でやってもらっては困る。もし星が安易な回答をすれば、白雪は紅蓮に進言して玉砕覚悟の特攻か、終わりの見えない防衛戦に戻すつもりなのだろう……。
無理もない。今日のことで、星の固有スキルの持続時間は24時間しかもたないと分かったのだ。自分達の命をまだ10歳に満たない子供の遊びに懸ける必要はない。だが、そんなことを知る由もない星は、考える素振りをした後で彼女の質問に答えた。
「――怖いですよ? 怖くないわけがないです……」
その返答に自分の命を預ける価値がないと判断したのだろう。
白雪の瞳が鋭く光ったが、すぐに星が言葉を続ける。
「でも……みんなとのこの時間が、楽しかった記憶が壊されてしまうのはもっと怖いです。だから、自分にできるなら……全力で頑張ろうって決めたんです。それに……今までも人に頼った事の方が少ないですし……大丈夫、きっと上手くいきますよ。だって神様は、自分の力で越えられない試練は与えないんですから」
そう言ってにっこりと星が彼女に微笑んだ。
その笑顔は不思議と説得力があり、それは白雪もその笑顔に自分の命を懸けるに値すると感じるほどだった。
彼女が気が付いた時には地面に膝を突き、星に向かって頭を垂れていた。
立て膝で胸に腕をかざしたその彼女の姿に、星は焦った様子で慌てふためいている。
「星様。私の命をお預けします。私を……我々をどうか護り下さい」
その誠実な様子を見て、真摯に受け止めた星は真面目な顔でゆっくりと頷く。
「……はい。私の全力で頑張ります」
それを聞いた白雪は立ち上がり、星の前に手を差し出した。星も彼女の手を握ると「よろしくお願いします」と白雪も握り返す。
エレベーターが最上階に着くと、白雪の部屋に案内されその部屋の中に入っていった。
白雪が部屋から離れたのを確認すると、昨日と同じようにベッドに倒れる様に身を投げた。
口をベッドに押し付け何度も激しく咳き込む星を、レイニールは見ていられず部屋を出た。
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