突如、勝負を挑まれた星は困惑しながら「神経衰弱?」と小首を傾げ、確認するようにミレイニに聞き返す。
ミレイニはゆっくりと頷くとコマンドを開き、アイテムの中から勢い良くカードを取り出して天に掲げた。
彼女の掲げるそれは、紛れもなくカードゲーム界の王道にして不動の存在トランプ。
ゲームの世界の中でカードゲームがあるというのは、何ともおかしい感じがするが、人気の狩り場などに行くと一時間待ち……なんていうこともざらにある。そういう時に時間を潰す道楽としてトランプなど、世界でもメジャーなゲームが初期システムの中に組み込まれているのだ。
アイテム欄を開いて『娯楽』というフォルダの中に、前もって様々なゲームを入れておくことが可能になっている。カードゲームは勿論。チェス、将棋、オセロなどボードゲームもあれば麻雀、卓球、バトミントン、テニス、サッカー、野球などのスポーツ系も充実している。
ミレイニはランダムにトランプをシャッフルすると、テーブルの上に広げた。
神経衰弱のルールは至って簡単。広げたカードをその場で開き同じ数字、絵柄のカードを2枚まで捲り、違ければその場に裏返しに戻す。同じカードの時手元に取り再度開くことができる。多くカードを所有していた方が勝ちというシンプルなルールだ。
「さあ、先攻をやるし! 星から2枚ひらくし!」
「……う、うん」
ゆっくりとテーブルの前に来た星が徐にカードを開く。
開いたカードはスペードの『9』とハートの『4』残念ながら違う為、再び裏返しで戻す。
すると、その様子を見ていたミレイニが不敵な笑みを浮かべた。
「ふふふっ……星。お前は戦う前からあたしの手術中にハマってるし!」
「…………」
「ああ、あの子が言いたいのは術中ね。手が余計なのよ。口もだけど……」
胸を張って宣言したミレイニの言葉を聞き、不思議そうに首を傾げている星に向かってエリエが訂正した。
隣で見守っているエリエの冷静なツッコミに、ミレイニは「うるさいし!」と叫ぶと、中央にある二枚のカードを同時に捲る。
出たのはクローバーの『Q』とハートの『7』だ。そして、ミレイニはそのカードを何事もなかったかのように元に戻しほくそ笑んでいる。
その笑みの意味が分からず困惑しながらも、星がカードを開こうとしたその時。
「――ちょっと待つし! せっかくだから、負けた方は勝った方の言う事をなんでも聞くというルールを付け加えるし!」
「……え? な、なんでも?」
出した手を一度引っ込めて、星が不安そうな表情で尋ねる。
それに対してミレイニは余裕に満ちた微笑みを浮かべ頷く。
「そう! あたしが勝ったらエリエを貰うし!」
「はあ!? なんで私が出てくるのよ!!」
突如引き合いに出されたエリエが不服そうに叫ぶ。
しかし、そんなことなどお構いなしにミレイニが言葉を続けた。
「ふふふっ、エリエに甘やかされるのはあたしの特権だし! もしあたしが勝ったら、星はこんりんざいエリエに触れちゃダメなんだし!」
「…………」
声高らかにミレイニにそう宣言され、星は緊張した様子でカードを捲る。
出たカードはクローバーの『4』先程ハートの『4』を引いた星には有利なカードだ。
星は順当に先程自分の開いたハートの『4』を捲りカードを手元に置く。残念ながら、次に引いたカードは2枚ともハズレだったのだが……。
次にミレイニのターンになり、彼女は衝撃的な行動に出た。それは、2枚とも先程と同じカードを捲ったのだ。
摩訶不思議なその行動に、星はただただ意味が分からずに驚いていた。すると、驚く星にミレイニは勝ち誇った笑みを浮かべ告げる。
「驚いたし? これが長年の神経衰弱の攻略法。同じカードを捲り続けるだし! これによって、相手が同じカードを開いた時にそのカードを開けばいいから絶対に負けはないし!」
ミレイニの考えた作戦は、星には完璧な作戦で自分は勝てないと思った。しかし、その作戦には致命的な落とし穴があったことを、この次のターンで星は知ることになる。
星の開いたカードはスペードの『Q』先程からミレイニの開いていたクローバーの『Q』と対になるカード。もちろん。星は迷わずにミレイニの開いていたカードを捲る。
そう。ミレイニのこの作戦の欠点はカードを場所を自分も覚える変わりに、相手もカードの位置を覚えてしまうということ……そして致命的なのは、相手のターンに2枚のうちの1枚が捲られてしまうと取られてしまい。結局、覚えているカードが1枚しかなくなってしまうということなのだ。
他のカードの位置も絵柄を覚えていれば違うが、ミレイニは自分の捲っている場所と一回前の場所しか覚えていなかった。
結局、神経衰弱の結果は大差でミレイニの負けという。当然とも言える実につまらない結果に終わった。
昔のことわざで『策士。策に溺れる』というものがあるが、昔の偉人は良く的を得たことわざを残すと思う……。
「あの……私の、勝ち。ですよね?」
遠慮しながら地面に両手を着いて項垂れているミレイニに尋ねる。
っと、瞳に涙を浮かべたミレイニがスッと星の顔を見上げ。
「…………くっ! 今のは練習だし! 本番はこれから――」
「――ミレイニ。あんたまさか……真剣勝負とか言っておきながら、負けたのをなしにする気じゃないでしょうね?」
疑いの目を向けるエリエの視線に、ビクッ!と体を震わせたミレイニの額から滝の様な汗が流れた。
まあ、星の性格から考えると、ここでミレイニに「今のはなしにして」なんて言われれば、笑顔で「分かりました」と言いかねない。
そうなれば、ミレイニのことだ。自分が勝つまで「今のは練習だし」を使い続けるのは間違いないだろう。
それが分かっていたエリエは更に鋭い視線でミレイニを見ると、ミレイニは仕方なくため息を吐いて。
「……分かったし。あたしの負けでいいし」
「はい!」
少し不貞腐れながらそう言い放つミレイニに、星は嬉しそうに頷いた。
トランプで勝って余程嬉しいのだろう、星の頬が自然と緩む。1人で遊べる遊びには慣れていた星だが、皆で遊ぶものをしたのは随分と久しぶりに感じる。
最後にトランプを遊んだのは、星が保育園の時だろうか……それ以来。トランプに触れる機会が全くと言っていいほどなかった。
っとその時、にこにこしている星の横でエリエがわざと聞こえる大きさの声で呟く。
「そう言えば、勝負の最初の方で負けた人は勝った人の言う事をなんでも聞くって言ってたわよね~」
「……え?」
意地悪く笑うエリエのその言葉を聞いて、項垂れていたミレイニの体がビクッと反応する。
あからさまにビクビクしているミレイニをからかうように、エリエが更に言葉を続けた。
「そうよね~。あんなにたんかを切ってたんだもの。それなりの事をしないと割に合わないわよね~」
「……な、なにをさせるつもりだし?」
まるで、捨てられていた子猫の様な怯えた瞳でエリエを見るミレイニ。
最初にそのルールを提示してきたのはミレイニなのだが、星はなんだか少しミレイニが気の毒に思えてきて眉をひそめる。だがエリエは、ますます楽しくなってきたと言わんばかりに意地悪を言う。
「そうね~。一日犬の格好をして過ごすとか。あっ! ピエロの格好をして逆立ちしながら街の中を歩き回るなんていうのもいいんじゃない?」
「それはさすがに……」
瞳をキラキラさせながら提案してくるエリエに、星は苦笑いを浮かべる。
この時点ですでに泣きそうになっているミレイニを見ていて、星は何かを思いついたようにポンと手の平を叩く。すると、ミレイニは警戒した様子で「何させるつもりだし……」と星への不信感から目を細めている。
「なんでもいいって言うなら、私と仲良くしてください」
「……は? そんなのでいいし?」
星の放った一言に、驚きを隠せないと言った表情を見せているミレイニ。
まあ、星にとってはこの場を収めるにはそれが一番だろうと考えた結果の言動なのだろう。彼女としては、トランプを他の人とできて楽しかったというだけで良かったのかもしれない。
がっしりと星とミレイニが手を握り締めているのを見て、エリエが呆れ顔で独り言のように呟く。
「……全く。欲がないというか……まあ、その方が星らしいけどね」
温かい目で彼女達を見守っていたエリエが、思い出したように2人に向かって声を掛ける。
「頭を使って疲れたでしょ。おやつに私がケーキを作ってあげる!」
「本当ですか!?」
「やったし! あたしショートケーキがいいし!」
嬉しそうに両手を挙げているミレイニに、エリエが少し呆れ顔でため息を漏らす。
「はぁ~、いいけど。そのかわり、あんたもちゃんと手伝いなさいよ?」
「分かってるし!」
「あっ、私もやります! レイ!」
星は未だにソファーの近くで、ギルガメシュといがみ合いを続けているレイニールを呼ぶ。
その声に反応したレイニールは「後でしっかり決着をつけるのだ!」と、ギルガメシュに向かって宣戦布告とも言える言葉を投げつけて目の前のイタチに対してビシッと指差す。
ギルガメシュの言葉は分からないものの、互いに譲れないものがあるのだろう。そういえば、この2匹は以前にも技をぶつけ合っていた。
その時はおやつを何にするかという単純でくだらない内容だったが、元々この二匹は相容れないのかもしれない。
ギルガメシュもその言葉を聞いて「キュ! キュキュ!」と両手をブンブンと上下に振りながら鳴くと、ミレイニの方へと駆けていった。
翼を羽ばたかせ星の肩に舞い降りたレイニールは、明らかに不機嫌そうに目を吊り上げている。
それはギルガメシュの方も同じで、ミレイニの元に着いた直後、ミレイニの首に巻き付いた。だが、互いに鋭い睨み合い激しい視線を飛ばす。
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