車から降りた星は今までにない規模の施設に思わず声を上げた。
「すごーい」
「それじゃ手配よろしくね!」
「はい。お任せください」
小林が丁寧にお辞儀をして何処かに電話を掛けた。
エミルは驚いて開いた口が塞がらなくなっている星の手を握るとにっこりと笑う。
「さて、制服のままじゃ動きにくいし。先に服を買いに行きましょうか!」
「私はこのままで――」
「――だめだめ。せっかくのデートなんだから雰囲気も大事にしなきゃね!」
星の言葉を遮ってそう言ったエミルに星は諦めたように「はい」と頷く。
手を繋いだエミルと星がやってきたのは子供服を売っている店だ。
星はすぐ近くに置かれているマネキンが着ていた男の子向けの服で良かったのだが、そんなことをエミルに言えば絶対に否定してくるに決まっている。
それだけならいいが、逆にエミルの心の中の炎に火を付ければずっと着せ替え人形にされ兼ねない。
笑顔で星に「どんな服がいい?」と聞いてくるエミルに星はため息を漏らしながら。
「エミルさんが決めてくれればいいです」
というと、エミルは楽しそうにフリルの付いた服を2、3着の服とスカートを素早く選んで星の方へと歩いてくる。
星ももう分かっているのか、エミルが渡した服を受け取って更衣室に入っていく。数分後、着替えた星が出てきた。
黒いパーカーの下に白いトップスと黒のスカートを着ている。自信なさげに「どうですか?」と尋ねた星に、エミルは興奮気味に言った。
「いいわ! かわいい系のいいけどこういう少し地味な感じもいいわね! 他のも見たいけど今日は歩くし、これにしましょうか!」
「ふぅ……はい」
小さく息を吐いた星はほっとした様子で頷いた。
他の服を元の場所に戻そうとして歩き出した星を呼び止めると、持っていた服を受け取ってそのまま店員を呼んだ。
女性の店員がエミルの声に呼ばれてやってくる。
「はい。なんでしょうか?」
「すみません。この子が着ている服とこれも一緒にカードでお願いします」
エミルが出したカードを見た店員は慌てて走って行くと、カウンター裏の従業員しか入れないスペースに消えて行った。
少しして店長らしきスーツを着た男性が出てきて。
「ようこそお越し下さいました! 御予約して頂ければ私が対応させて頂いたのですが」
「いえ、帰りに寄っただけなので……それよりお会計をお願いします」
「はい!」
店長は急いでレジで会計を終わらせると他の女性店員達が総出で商品を梱包して袋に詰めている。
そこに執事の小林が遅れて店にやってきた。小林に買った商品と星の着ていた制服を任せて自分の服を買う為に次の店に向かう。
次の店でエミルは白のワンピースを買うと、遅れてやってきた小林に制服を預けて星の手を引いて店を出た。
「さて、星ちゃんはどこに行きたい? 行きたいところどこでもいいわよ?」
「え? でも、お姉様の気晴らしになのに……」
星の言葉にエミルは優しい笑みを浮かべて言った。
「大丈夫。私は星と一緒なら楽しいから、それが一番の気晴らしになるからね!」
エミルにそう言われた星は首を傾げている。そんな星の手を引いて走り出す。
エミルが星を連れてきたのはおもちゃ売り場だった。
本屋には行くことが多かった星だったが、おもちゃ売り場にはあまりきたことはなかった。その理由はシンプルなもので、ただ単に一緒に遊ぶ相手がいないからだ。
とはいえ、最近のおもちゃの殆どがインターネットを使ってのオンライン機能が備わっていて、1人でも楽しめるようになっている。だが、星の家には肝心のインターネットが入っていない。
だから星は、おもちゃ売り場に来たことは片手で数えられるほどしかなかった。
中には多くの親子が楽しそうに歩き回っている。それを見た星は悲しそうな顔をした。
その横顔を見たエミルは眉をひそめながら難しい顔をしている。まあ、エミルも星がこんな顔をするとは思ってなかったのだろう。
星とどんなに長く一緒にいても、星は母親のことを気にしているということだ。ゲーム世界から帰ってきて、星のことを調べていて彼女の母親が飛行機事故で行方不明になったのを知っていた。だからこそ、少しでもそのことから意識を逸らさせようとしてきた。
だが、親子連れが多く訪れるおもちゃ売り場は今の星には辛い場所だったかもしれない。
「なにか欲しい物はない? なんでも買ってあげるわ!」
「いえ、欲しいものはありませんから」
だが、星がそういうことはここに連れてくる前から分かっていた。
エミルはにっこりと笑うと、星の手を引いて歩き出した。
「まあまあ、いろいろ見てたら欲しくなるから」
「でも、私は本当に……」
星の言葉に聞く耳も立てずに手を引っ張ってぐいぐいと進んでいく。
星の手を引いたエミルが向かったのはボードゲームのコーナーだった。
色々なゲームが並ぶ中、エミルが棚を物色している。
彼女が何かを探しているのは間違いないが、星の視線は数多く並んでいるボードゲームに向いていた。
棚に並べられた箱はきちんと整理されていて、それはまるで大きな本が並んでいるように見えた。
「どんなのがあるんだろう……」
星は近くにあった箱を棚から少しだけ引き出す。
出てきたのは人生ゲームだったが、人間ではなく動物の人生を経験できるというものだった。
一見楽しそうに見えるのだが、そのパッケージには『捕食、密猟、餓死から君は生き残る事ができるか!?』と書かれている。
スタートはネズミ、小鳥、トカゲから選択し。踏んだマスによって食物連鎖の頂点に向けて少しずつランクアップしていき、死んだら初めの生き物に戻って最後にどれだけ強い生き物になっているかで勝負する。
星が想像していたファンタジーな感じではないことにショックを受けたようで、その場で固まり瞳からは光が消えていた。
その時、何かを物色していたエミルが星のところに戻ってきて。
「これが欲しいの?」
星の顔を覗き込んで微笑んだエミルに、星は全力で首を振った。
それを見たエミルは残念そうに「そう」と小さく呟くと、腕に抱えていた本の形をした箱に星の視線が釘付けになる。
その視線に気が付いたエミルが星に向かって両手で持った箱を突き出した。
エミルの手に持たれていた箱には、まるでファンタジー小説で出てくるような魔導書が印刷されている。
「これはなんですか?」
興味深々にエミルの手に持たれた箱を見つめている星。
そんな星にエミルがにやりと不適な笑みを浮かべた。
「これはTRPGって言って、ルールを決める人がいてプレイヤーはその人の言葉に返答して進んでいく感じかな」
エミルの説明を聞いて首を傾げている。
「まあ、やった方が早いわね。帰ったらやってみましょ!」
「はい。なら早く家に帰りましょう」
星が帰ろうとした直後、エミルがそれを止めた。
「せっかく服も買ったんだからまだまだ帰らないわよ?」
「……え?」
首を傾げていると、エミルは微笑んで言った。
「それに星と一緒にお出掛けできるのは楽しいからね。まだ帰りたくないわ」
「――うぅ……」
星は頬を赤く染め俯いた。
ゲームを買うと、それを小林に預けてエミルと星はコーヒーショップに向かった。
チョコレート味の飲み物の上にホイップクリームがたっぷり乗った飲み物を二つ頼むと、それを持って待っていた星に手渡した。
星はそれを受け取ると「冷たいです」と言ってエミルの顔を見て笑顔を見せた。
エミルも「冷たいたいわね」とにっこりと微笑み返した。
ストローに口を付けチューチューと中のチョコレートの飲み物を吸っていると、エミルが話しかけてきた。
「次はどこに行きたい?」
「私は別にどこでも……」
「…………そう。なら、私に付いてきてもらおうかな!」
満面の笑みでそう言ったエミルだったが、星は彼女が一瞬見せた困ったような表情が引っかかった……。
飲み物を飲み終え店を出ると、次にエミルに連れられたのはゲームセンターだった。
様々な機械が置かれ、人がたくさんいる店内に入った星は物珍しい機械に興味深々な様子で左右に置かれた機械を見ている。
その場に突っ立ったまま動かない星の耳元でエミルがそっとささやく。
「――なにからする? 興味があるものからやっていきましょう?」
「はい。でも、私こんなところにきたことなくて……」
眉をひそめながら小さく呟いた星に、エミルが自信満々に答えた。
「大丈夫! 私に任せて!」
そう言ったエミルは星の手を引いて近くのUFOキャッチャーに移動した。
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