「そう。それなら良かったわ……それじゃー、そういう事なのでスカートを家に届けて頂けますか?」
『はい。すぐにお届けに参ります』
「ええ、お願いします」
エミルは通話を切ると星の方を向いて「届けてくれるって」というと、星はホッとした様子で笑顔を見せる。
星に向かってエミルが何気なく尋ねた。
「星。学校はどうだった?」
「はい! 楽しかったです!」
そう言って笑う星にエミルも安心したようにホッと胸を撫で下ろすと。
「そう。それは良かったわ。お家に帰ったら今日はご馳走ね!」
「え? でも、別に特別な日じゃないですよ? お姉様の誕生日でしたっけ?」
首を傾げる星にエミルはくすっと笑みをこぼし。
「私の誕生日は12月よ? それに今日は星の転校して初めての登校記念日でしょ? お祝いしないと!」
「えっ!? いいですよ。そんなたいしたことじゃないですし……」
遠慮した様子で言った星にエミルは優しく微笑み。
「なに言ってるの。もう星はうちの子なんだから遠慮しなくていいのよ? それにもうメイド達も家でパーティーの準備をしているはずだしね!」
「そ、そうなんですか……」
星はエミルの話を聞いて少し嬉しそうな顔で俯いている。
そんな星の横顔を見てエミルは優しい笑みを浮かべた。
家に着くと、メイド2人が出迎えてくれた。その表情は心なしか普段よりも明るく見えた。
「「お帰りなさいませお嬢様方」」
「ただいま」
「ただいま」
エミルと星も彼女達に挨拶を返すと、家の中へと入っていく。
玄関にはメイド長が居て、2人の姿を見ると深々と頭を上げて。
「お帰りなさいませ。おやつは後でお部屋までお持ちしますのでお部屋でゆっくりなさってて下さい」
「ええ、分かったわ。星ちゃん行きましょう。ゲームでもお勉強でも何でも教えてあげる!」
「え? は、はい」
返事をした星の手を引いてエミルは自分の部屋がある2階へと階段を上がって行った。
エミルに連れられた星が彼女の部屋の中に入って周りを見渡していると、エミルがクローゼットを開けて中からボードゲームを取り出してきた。
エミルが出してきたのは定番の人生ゲームだ――ゲームの発展と共にボードゲームなどのアナログゲームの数は減った。
原因はゲーム機の小型化によって生き残ったアナログゲームはトランプやUNOなどのカードゲームくらいなものだ――。
箱を開けて中から取りだした人生ゲームを床に広げているエミルに、星は言いにくそうに告げた。
「……あの。私、勉強をしたくて」
「ああ、そうね。星ちゃんは学校に行っていなかった期間があるから少しでも皆に追いつかないといけないものね。よし! 勉強しよっか!」
エミルは出した人生ゲームを放置して机に腰掛けて星を呼んだ。
星も表情を明るくさせてカバンを持ってエミルの方に歩いて行った。
それからエミルに勉強を見てもらっていると、部屋をノックする音がした。
「お嬢様方。お菓子をお持ちしました」
「どうぞ」
メイド長の声にエミルが返事をするとドアを開けておぼんを持ったメイド長が入ってきた。
「お勉強なされてたんですか。それでは邪魔してしまいましたね」
「いえ、ちょうど休憩しようと思っていたから良かったわ」
エミルがそう告げると、メイド長は部屋に入ってきて机の上におぼんを置いて星に向かって微笑み。
「星お嬢様には紅茶ではなくココアを入れたのですが、紅茶の方が良かったですか?」
「あっ、ココアで大丈夫です」
遠慮しながら頷く星に、メイド長は小声で言った。
「今日は初登校お疲れ様です。私も他のメイド達も自分の事のように喜んでおります。本当ですよ?」
「はい。ありがとうございます」
「星お嬢様が何か困ったことがあれば、私にご相談下さい。必ず力になりますわ」
そう告げたメイド長は星の返事を聞く前に側を離れてドアの前まで行くと星とエミルの方を向いて体の前で手を合わせて丁寧に頭を下げて部屋を後にした。
今日の朝にカバンの中に入っていた手紙にも同じようなことが書いてあったが、やはり実際に声に出して言われると心を揺さぶられるものがある。
メイド長がいなくなると、エミルは机の上に置かれたティーカップを手に取って星に微笑んだ。
「少し休憩しましょう。お菓子もあるしね!」
「はい」
クッキーを指差してそう言ったエミルの言葉に、星も大きく頷いた。
2人はお菓子のクッキーを食べて飲み物を飲みながらゆっくりしていると、エミルがふと星に尋ねてくる。
「星ちゃんは読書が好きみたいだけど、他に好きなことはないの?」
「えっ?」
彼女の突然の質問に星は驚いた顔でエミルの顔を見つめている。
それもそうだろう。全く予期していなかったその質問に困惑しないわけがない。
「……分からないです。本を読むこと以外したことないので……」
「なら、これから少しずつ色々やっていきましょう。私が楽しいことをたくさんやりましょうね!」
「はい。よろしくお願いします」
星がそういうと、エミルも微笑んで「はい。喜んで」と言葉を返すと2人は顔を見合わせて笑った。
それからは2人で人生ゲームとトランプで遊んでいるといつの間にか夕食の時間になっていた。それに気が付いたのも、遊んでいた2人をメイドが呼びにきたからである。
「お嬢様方、お楽しみなところ申し訳ありません。夕食のご用意ができましたので食堂の方へお越し下さい」
かしこまったお辞儀をしているメイドの方を向いたエミルが。
「ええ、ご苦労様。すぐに行くから戻ってていいわよ」
「はい。それでは失礼します」
エミルの言葉を聞いたメイドは顔を上げてもう一度深くお辞儀をして廊下を歩いて行った。
持っていたトランプを片付けてエミルと星は手を繋いで食堂に向かう。
食堂に着いてドアを開けると中にはメイド達が待っていた。食堂の中は紙の飾りと大きなくす玉が天井から吊されている。
「星お嬢様、初登校お疲れ様さまでした。これは私達からのささやかながら、お祝いの気持ちですので遠慮なされないで下さい」
「よかったわね。みんなお祝いしてくれてるわよ」
「はい」
後ろから両肩に手を置き優しい声で言ったエミルに、星は少し困惑した様子で魂が抜けたように返事をした。
星の人生で人に誕生日を祝われるという経験がない。あるのは凄く小さな時に食事の後で小さなケーキを母親と食べた時の記憶だ――その時は誕生日で別に豪勢な食事ではなく普通に夕食を食べてロウソクが一本立てられたものだった。
紙の飾りで彩られた部屋の中で祝われるという経験などなく、テレビのアニメなどで見たことがあるくらいで、とても自分の為にそれが用意されているという感覚にならないのだ。
正直。まだ、この部屋の飾り付けがエミルに向けてのものだとしか思えない。
そんな中、エミルが星の背中を押してくす玉の方へと連れて行く。
「せっかく用意してくれたんですもの。くす玉なんて割ったことないでしょ?」
「えっ? でも……」
エミルに押されてくす玉の下まできた星は頭上にあるくす玉を見上げる。
遠くから見るとそれほど大きくないように感じたくす玉だったが、実際に目の前に来ると相当大きく感じる。少なくとも、星の顔よりは明らかに大きいその下からは赤い紐が垂れ下がっていた。
くす玉からエミルへと視線を移すと、その表情は期待に満ちた瞳で今か今かと星がくす玉を割る時を待っている。
それは周囲のメイド達も同じようで、星の方をまじまじと見つめ少しそわそわしているように見えた。
星は覚悟を決めたように小さく息を吐くと、目を閉じて思い切りくす玉から伸びる紐を引いた。
紐を引いた直くす玉が左右に割れて中から紙吹雪と、帯状のカラフルな紙の中央にある大きな垂れ幕に「おめでとう」と書かれている。
目を開けてまるで舞い散る雪のように降り注ぐのを見て、紫色の瞳をキラキラと輝かせた。だが、その光景はすぐに終わってしまって、星は少し名残惜しく思っていると、周りのメイド達が一斉に拍手が起こった。
「星お嬢様。初登校おめでとうございます」
拍手が食堂内に鳴り響くと、キッチンの方のドアからメイドがカートに乗せた料理を運び入れてきた。
そこにはホールケーキとオードブルの数々が並んでいる。
大きなテーブルの上にオードブルやサラダ、スープを並べ、ホールのショートケーキをテーブルの中央に置いた。
ショートケーキの上に乗ったチョコレートのプレートには『おめでとう』と書かれている。
星の視線はテーブルの中央に置かれたホールのショートケーキに釘付けになっていた。だが、それも無理はない。星にとっては、初めて目にするホールケーキだ――人生初のホールケーキを前に、星は平静を装ってはいるが内心では興奮を抑えられないのだろう。
サラダやオードブルを小皿に盛ると「いただきます」と手を合わせて食事を始めた。
ローストビーフは柔らかくそれでもって口に入れた瞬間に溶けて消えるようだ。
一口大に切られたグリルチキンや唐揚げ、中華なら酢豚にエビチリ、餃子などが置かれている。
数多く置かれている料理を少しずつ皿に取って食べながら、エミルが学校であった話をされて星が笑顔でそれを聞いていた。話をしていると、星がお腹がいっぱいになる前エミルがケーキを切るようにメイドを呼んだ。
メイドがケーキを切り分けて上に乗っていたチョコレートのプレートを切り分けたケーキの上に移した。それを星の前に置くと、エミルの分を切り分けてエミルの前に置いてまた少し離れた場所で待機する。
星は自分の目の前に置かれたケーキを見て瞳を輝かせている。星にとっては初めてのホールケーキで、切り分けて普通のケーキになっても元がホールケーキであったことは変わらない。
チョコレートのプレートが乗ったショートケーキを見下ろしながら、星はフォークを入れることを躊躇していた。
それは、このケーキを食べてしまえばせっかくの時間も終わってしまう気がしてなかなか手を付けられなかったのだ。
星にとっては、人にお祝いしてもらうのも初めてで、ホールケーキも初めてだ。その全てが一瞬の出来事で、目の前のケーキを食べてしまえばこの時間も終わってしまう……そう思っていた。
その星の表情を見ていたエミルはそのことを察しているのか、ケーキに手を付けずに微笑みながら「少しお話しながら食べましょうか!」というと星も大きく頷く。
それから腕に付けたデバイスを使って白い壁にアニメや映画を流して楽しく会話しながら時を過ごした。
結局ケーキに手を付けることなく、眠ってしまった星をエミルが背負って部屋まで運んでベッドへと寝かせた。
気持ちよさそうに眠っている星の寝顔を見つめているエミル。
「ケーキも食べずに眠っちゃうなんてね……おやすみなさい」
エミルはそう言って笑みを浮かべると部屋を出て行った。
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