学校に行く準備を整えた星は朝食の準備をする為にリビングに行く。
リビングにきた星はキッチンにいって冷蔵庫を開けて昨日買ってきたお惣菜を取り出す。
焼き鮭とインスタントの味噌汁、マカロニサラダとご飯をテーブルの上に並べた。
椅子に座って手を前に合わせて「いただきます」と言って朝食を食べ始めた。
朝食を食べ終えた星は食器を流しの中に入れると、部屋に戻ってパジャマから服に着替えて勉強机の上に置かれたランドセルを背負って家を出た。
学校までは子供の足で徒歩30分程度の道のりだ。いつも通りの通学路のはずだが、二ヶ月以上も学校に行っていないとまるで別の場所に行く道に感じてしまう。しかし、それでも星の心は前向きだった。
もちろん。うきうきというわけではないが、家にずっと居て本を読んだり勉強をしてみてもふとした時にひとりであるという思いが浮上してくるよりは、誰かが近くにいる環境というのはそれだけでも安心感を得られるだけ今の星にはありがたいのかもしれない。
学校の近くにある小さな橋の上で、星はゲーム世界に行く前のことを思い出して立ち止まる。いや、足が自分の意思に反して動かなくなったという方が正しい。勢いでここまで着たものの、やはり何者かに階段から突き落とされ。しかも翌日には自分の机の上に花の生けられた花瓶を置かれあまりのショックに無断で下校し授業を欠席した。
顔を青ざめさせたままその場に立ち尽くしていた星は、次の瞬間に首を大きく振って再び歩き出す。
「……大丈夫。私はあの時よりも強いんだ!」
前を向いて自信に満ち溢れた表情で星は再び学校への道を歩く。
学校に着くと星は教室に入って自分の席があることを確認してほっと胸を撫で下ろした。
それもそのはずだ。二ヶ月以上もの間、現実世界から離れていた人間を、世間が認知してくれるかというのは当人の努力ではどうしようもない。自分の席を残してくれるかは、周囲の人間次第になってしまうからだ――。
ランドセルを席の横に置いて中から本を取り出して読み始めた。しかし、その最中も周囲に居る生徒達は星のことを見ないように意識している気がした。
事件の前から星が無視されることは日常茶飯事だったが、今星が感じている感覚は以前の感じとは明らかに違う……以前は高圧的な感じの無視の仕方だったが、今は素直に相手が自分を避けている。いや、恐れていると言ってもいいほどに周囲の空気が重い。
だが、星はクラスメイトがそんな態度を取るということが不思議で仕方なかった。それもそうだろう。星はこの二ヶ月以上の間、ゲーム世界にいたのだ――そんな彼女がクラスメイトに何かできるはずもない。つまりは、星がなにかをしたのではなく星が現実世界に戻ってきて何か周囲が変わるような環境の変化があったということになる。
しかし、星はそれでいいと思っていた。周囲の反応がどうであれ、学校という同年代の人間が多い場所に自分が居るというだけで十分なのだ。人混みに行くだけなら別に駅やそれこそ本のたくさんある図書館でもいい。問題なのは本来学生である星が平日の昼にその場に居るという状況だ――しかも星は小学生。普通に考えれば平日の昼に親も連れずに一人で図書館や駅にいるという状況だけで周囲の視線を集めてしまう。
星は今、命を狙われている。九條が居なくなったということで、状況がどう変わったのか分からなくなってしまった。普通なら九條が別の仕事の為に帰ったということは状況が良くなかったから自分を見捨てて逃げた可能性もある。だが、星は九條がそんな人間ではないことを分かっている。だとしても、現実世界にきて少し臆病になっているのかもしれない……。
授業が始まっても周りの生徒達の反応は変わらず星のことを避け続けている。だが、星にとってはそっちの方が好都合だった。以前のように自分にいちいちちょっかいを出して来られるよりも一定の距離感をキープされる方がよっぽどいい。
放課後。ランドセルを背負った星は以前の日課だった図書室へと向かった。
図書室に着くと、そこには変わらず図書室の先生が本の貸し出しを行う机に立っていた。
ほっとした様子で図書室に入った星は大きな机が置かれている場所にランドセルを置いて本を探す。
っと言っても自分が興味のある本は大抵読んでしまっている為、以前にも読んでみて楽しかった本を2冊持って貸し出し用の机の椅子に腰掛けている女性の先生の元に持っていく。
「……あの、先生。私のこと覚えていますか?」
持っていた本を出して先生の顔色を窺うように見上げながら尋ねた。
すると、先生が視線を合わせないようにして言った。
「ええ、覚えてるわよ? ちょっと用事で職員室に戻らないといけないんだった。はんこを置いていくから後はよろしくね」
そういうと先生はそそくさと席を立って図書室を出ていった。
以前とは比べものにならない素っ気ない先生の態度に星は少し困惑していた。だが、星にはそれが二ヶ月間にも及ぶ期間の代償ということなのだろうとさほど気にすることなく、貸し出しカードに名前と日付を書いてその上に先生の残していったはんこを押して2冊の本をランドセルの中に入れた。
図書室を出て下駄箱に向かう途中。星はいつもはいないはずの保護者が次々と教室に入っていくのを見て首を傾げながらも下駄箱で靴を履き替えて家へと帰った。
家に着いた星は自分の部屋に入って勉強机の上にランドセルを置くと、中から教科書とノートを出して本棚からドリルを取り出して勉強を始める。
それはニヶ月間のブランクを今日一日で実感したからだろう。夕食を食べることも忘れて勉強をしていた星のお腹の虫が静かな部屋の中に鳴り響く。
お腹を押さえながら壁に掛けている時計を星が見ると、すでに夜の10時を過ぎていた。
持っていたシャープペンを置いた星は財布を持って近くのコンビニに向かって歩き出した。変装した星はコンビニでお弁当を買って家を出るといつもの道を通って帰る。
だが、その家までの道のりの中で何者かが自分の後をつけている気配を感じていたが星は振り返ることができなかった。今振り返ってしまったら、一定の距離を保ってついてきている者が必ずその距離を一気に詰めてくるであろうことは明白だ――。
星は一瞬相手との距離が開いた瞬間、素早く路地に逃げ込むように走った。その直後、星は全力で路地を駆け抜けて再び別の路地へと逃げ込んだ。
しかし、男がついてくることはなかった。気のせいだったのかとほっと胸を撫で下ろした星は警戒しながらもゆっくりとした足取りで家へと帰る。
家に着くと、ビニール袋に入ったお弁当を出した。お弁当は中身がぐちゃぐちゃになっていて、星はがっかりした様子でため息を漏らした。まあ、あれだけ全力疾走すれば持っていた袋の中に入ったお弁当を気にする時間もない。
仕方なくそのぐちゃぐちゃになったお弁当を電子レンジで温めて一緒に買ってきたカフェオレと一緒にテーブルに置く。
そこからは会話もなく淡々とお弁当を口に運ぶだけのなんとも味気ない食事が始まる。
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