皆がそれぞれに死力を尽くし、赤黒い炎を纏ったモンスター達を撃破していく中、リントヴルムZWEIの肩に乗っていたエミルが遂にルシファーの姿を発見した。
「あんなところに隠していたのね! ルシファーを撃破すれば、モンスター達の体を纏っている炎も消えるはず!」
大きな森の中に生えている巨大な大樹の中にできた空洞に、小さく羽根を折りたたんで立ち膝を突いた状態でルシファーの巨体が格納されていた。あの巨大な体ではどこにいても丸分かりなのだが、今まで発見されなかった理由がようやく判明した。
エミルはルシファーを撃破するべく足元にまとわり付く雑魚を文字通り一蹴して、翼を広げたリントヴルムZWEIは勢い良く空中に舞い上がった。
しかし、リントヴルムZWEIがいくら近付いても、木の中にいるルシファーには動きがない。それどころか、ルシファーの周囲は不気味なほどの静けさに包まれていた。だが、この状況はエミル達にとっては好都合だ――。
「ルシファーは今は動けないみたいね……今のうちに撃破してしまいましょう! 罠のことも考えてリントヴルムZWEIとシンクロするわ。イシェ、私の体をお願い!」
「もちろんよ!」
そう言った直後、エミルの体がリントヴルムZWEIと同じ格好になって止まる。
大きな木に斬り掛かるリントヴルムZWEIの持つ黒いオーラで作られた大鎌が、ルシファーの隠れている大木を斬り倒す。その直後、木を破壊した破片が周囲に飛び散る。イシェルは彼女が肩から落ちないように背後から体を支えると、彼女の動きと完全にシンクロするように体を動かす。
大木を斬り倒し背後に大きく倒れたルシファーの胸部には、鋭利な刃物で斬り裂かれた大きな切り傷が刻まれ、怯んだルシファーをエミルとシンクロしているリントヴルムZWEIの持つ漆黒の大鎌の刃が腹部に深々と突き刺さる。
リントヴルムZWEIが大鎌で傷口を抉るように押し込み、身を翻し背後を向いて大鎌を肩に担ぐと、次の瞬間に勢い良く肩に担いでいた大鎌を上に向かって振り抜く。
すると、漆黒のオーラを帯びた刃がルシファーの体を駆け上がるように引き裂き、ルシファーの上半身が半分に斬り裂かれ、だらんと脱力したまま地面に崩れ落ちた。
光の胞子に変わり空に昇るルシファーの体を見て、エミルは自分の体に意識を戻す。その光景にイシェルは歓喜しそれとは対称的にエミルは不信感を覚えていた。いくら隙を突いたとは言え、さすがにこれでは今まで散々苦しめられたルシファーの最後にしては呆気なさ過ぎる……。
だが、その後はルシファーを撃破した影響か、赤黒い炎の消えたモンスターの動きがあからさまに鈍り、仲間達が弱体化したモンスターを全て駆逐してこの戦闘は終わった。
しかし、エミル達の本来の目的であった狼の覆面を被った男の姿は確認できず。エミル達は少しがっかりしながらも、モンスターの大群を駆逐したことで妥協し拠点である千代のギルドホールへと戻っていった。
だが、エミルだけはその呆気なさ過ぎる戦闘の終結に訝しげな表情を崩さず、その心の中では不信感と不安が渦巻いていた。
そのエミルの考えは気のせいではなく、実際にエミル達の戦闘が終結する前に起きたある出来事が関係していたのだ……。
* * *
この話はエミル達とモンスターの群団が戦闘をする少し前まで遡る……。
エミルとレイニールが星の部屋を離れてしばらく経ってからのことだ――気を失っていた星がベッドで目を覚ます。
「――またやっちゃった……もう倒れないつもりだったのにな……」
ベッドから降りた星は部屋の窓から見える夜空を見上げ、そこに散りばめられた星を自分と重ねているようだった。
夜空に煌めく星はまるで自分のようだ。星が光り輝けるのは朝になれば、その存在が確認できないほど小さく薄くなってしまう……。
湖畔でたまたま拾ったエクスカリバーのおかげで戦闘では活躍できるようにはなったが。その使い方は手探り状態なのが現状で、まだまだ謎が多く自分では扱いきれる代物ではないことは星本人が一番分かっている。
しかし、この武器を手放せば自分の存在意味自体が分からなくなってしまう……夜空に浮かぶ星々も、大きな月という発光体があるからこそ映えるが単体では小さく地上を照らすほどの力はない。それが今の自分とぴったりと合っていると感じた。
エクスカリバーが月ならば、周りに散らばる星々のどれかが自分自身だ――地上にいる人間が千代の街の人々ならば、必要とされているのは月であるエクスカリバーだけでありそれを使用する人間は誰でもいいのだ。
ただ、それが星であるというだけで、小さく弱い星でしかない自分よりも強く輝いている他の星々にエクスカリバーを預ければ、その力を最大限まで使えてもっと大勢の人を助けることができる。それは分かってはいるが、この武器を失ってしまえば星の存在意義がなくなってしまう……。
せっかく手に入れた力を手放したくないというのが『自己顕示欲』の表れであることに気が付き、夜空を見上げている星は表情を曇らせた。
今まで誰よりも自分を下だと思ってきた星にとって、そんな考えが出たことに衝撃を受けていた。前の自分なら何も迷うことなく強い武器を他の者に譲っていただろう……しかし、今はせっかく手に入れた力を他の者に渡したくない。
この世界に来て明らかに星の心境に変化が現れている。認められたいという欲求、そして責任感という大事なもの……たとえそれに責任が伴うとしても、それすら背負う覚悟と決心が付いたということなのかもしれない。
だが、星のそんな心境の変化に不安を感じているのか彼女の美しい紫色の瞳は潤み、その瞳に映る月が細かく揺れていた。
すると、夜空を見ていた星の視線に新着のメッセージが表示された。その送り主の名前を見て星は眉間にシワを寄せる。
何故なら、表示されている名前は『君のアダムより』だったからだ――こんなことをする人物に、星は一人しか心当たりがない。
視界に表示されている部分を震える指でそっと押すと、そのメッセージの内容が視界に表示される。
『やあイヴ。元気にしているかい? 僕のゲームは楽しんでくれているかい? まあ、今日連絡したのは別件だよ――君の仲間達が、今僕の近くに来ていて困っているんだ。君の返答次第では彼女達の運命は大きく変わる。そして街の雑魚プレイヤー達の人生もね……』
嘘かもしれないと思いながら、星は返信という場所を押してゆっくりと指を動かして文字を入力していく。
『……どういうことですか?』
数分もしない間に、すぐにそのメッセージに相手が返信を返してくる。
『君はもう分かっているはずだよイヴ? 僕の側に君がきてくれるなら、もう君の仲間も、街にいる者達にもこれ以上の手を加えることを止めよう。選択するのは君自身だ……まずは君の返事を聞かせてくれ、そしたら君の仲間達に手を出さないと約束しよう。その後に君のマップにマーカーを表示する。その場所に僕は居る。ここに明日の夜、君一人で来たまえ。待っているよ、僕の愛しいイヴ…………』
唇を噛み締めた星は険しい表情のまま考える素振りを見せて、時折指を止めながらゆっくりと噛み締めるように涙で揺らぐメッセージに文字を打ち込んだ……。
『分かりました。皆が無事に帰ってきたら、私はあなたの所に行きます』
星は指を止め夜空を見上げると、涙で潤む瞳で「仕方ないよね……」と小さな声で呟いた。
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