城の部屋のリビングに連行して来られたディーノは、カーテンの閉め切られた薄暗い部屋の中で、縄で椅子に何重にも縛り付けていた。
まるでミノムシの様に椅子と一体化しているにも関わらず、彼は暴れる様な素振り一つ見せない。
ディーノは大きなため息をついてぼそっと呟く。
「はぁー。椅子に縛るなら手の方は解いてほしいかな……」
「バカなのか? お前の疑いが晴れたわけじゃないんだ。そこで大人しくしていろ! そしたらすぐに開放してやるよ!」
カレンは冷たい声でそう言うと鉄の机だけを残し、星達が居る寝室の方にいってしまう。
ディーノはそれを確認して大きなため息をつく。
「はぁー。面倒なことに巻き込まれた……僕が興味あるのはあの子だけなんだけど……」
「あらそうなん? でも、そないなことしゃべったら星ちゃんの事を大事に思ってる人達に恨まれるよ~?」
「――誰だ!?」
ディーノがそう叫んだ直後、彼の顔目掛けてライトが当たる。
そこには卓上ライトとカツ丼の乗ったおぼんを持ったイシェルが立っている。
眩しそうに目を細めたディーノの前のテーブルに、何故か運ばれてきたカツ丼が真逆の方に置かれた。まるでその光景は、さながら刑事ドラマのワンシーンの様だった……。
それを見て首を傾げたディーノの口から言葉が漏れる。
「……カツ丼?」
その問いに、ディーノと向かい合っていたイシェルは満面の笑みで答えた。
「そう! カツ丼! やっぱり取り調べゆうたらカツ丼やろ? うち、ずっと取り調べ室でカツ丼食べてみたかったんよ~」
「は、はあ……」
ディーノが呆れた顔で相槌を打つと、イシェルは「いただきます」と嬉しそうにカツ丼を食べ始めた。
そして、イシェルが取調べ刑事ごっこに勤しんでいるその隣の寝室では……。
「さて、星ちゃん。いったい何があったのか説明してもらえるわね?」
「……あの。えっと……」
ベッドに座っている星を見下ろして、エミルがそう尋ねた。
彼女の声はいつになく真剣で相手を威圧する様なものだ――星はおどおどしているだけで、一向に口を開こうとしない。
っというよりは、エミルの威圧感に圧倒されて話し出せないと言った感じだろか……。
口を一文字に結んだまま俯く星にエミルがなおも顔を近付けると、更に萎縮したように星の体が縮む。
そんな星の様子を見兼ねたエリエが口を開いた。
「エミル姉。そんなに怒ってたら、星だって話せるものも話せないよ」
「――私は怒ってなんてないわ。ただどうして、私達に断りもなく城を出たのかが知りたいだけよ!」
「…………怒ってるじゃん」
エリエは不服そうに口を尖らせながら、小さな声で呟く。
まあ、それ以上いうと今度はエリエに雷が落ちそうなので、さすがに彼女も口をつぐむしかなかった。
それを見兼ね、今度はデイビッドが口を挟んだ。
「まあまあ、とりあえず無事に帰ってきたんだしいいじゃないか。子供のした事に、いちいちイライラしたって仕方ないだろ? 星ちゃんも、もうやらないよね?」
「……はい。ごめんなさい……」
しょんぼりと肩を落として謝る星に、エミルもため息を漏らし「今回だけよ」とため息混じりに呟いた。
そんな星の前で膝を折ると、エリエが質問を始めた。
「あの男の人とはいつから一緒だったの?」
「……そ、それは……」
星は微笑みながらそう尋ねてきたエリエから目を逸らした。
それもそのはずだ。ディーノとは襲われる直前にたまたま出会った――。
もしそのことを言えば、皆はディーノが襲って来た者達と共犯者と思われかねないと考えたからに他ならない。
かと言って星がここで嘘を言ったところでエミル達を騙し通せる自信がない……ここは黙秘権を行使するしかなかった。
俯きながら難しい顔をしている星を見て、頭の上のレイニールが話し始める。
「主は皆の足手まといになりたくなくて早朝に修行に出たのじゃ。そしたらあの男が森の中から出てきて。その後、変な奴等が仕掛けてきたのじゃ! 我輩はその場に居ったから間違いないぞ?」
「……あっ、レイそれは言ったらだめ……」
星は慌ててレイニールに耳打ちすると、レイニールは不思議そうに「どうしてじゃ?」と小首を傾げた。
その時、黙っていたデイビッドが口を開く。
「もしレイニールちゃんが言った事が本当ならあの男はやっぱり怪しい。俺達の連携攻撃をかわしたんだ、それを見ても相当の手練に違いない」
「そうね。それは私も分かってる。それに襲ってきたのが、本当にダークブレッドならこちらも冷静に出ないといけないわ」
デイビッドの言葉に、エミルもゆっくりと頷くと扉の方に目を向けた。
そんな2人のやり取りを不安そうに見つめる星――。
だがそれは、ディーノの身を案じているからだ。
元はと言えば、星が1人で修行にいこうとしたことがそもそもの原因で、更に付け加えるなれば、出掛ける前に一言だけでも周りの人間に声をかければ良かっただけの話なのだ。
そうすれば、ダークブレットのような危険なプレイヤーに襲われることもディーノに助けられることもなかった。しかし、星は一時の勢いで城を飛び出していってしまった。そのせいで、ディーノにあらぬ疑いをかけられているのだ。
星はそのことを何よりも気にしていた。
(ディーノさんを何とかして逃してあげないと、でも……どうしたら……)
星が考えを巡らせていると、エミルとデイビッドの話している声が耳に入ってきた。
「とりあえず、彼から話しを聞かないと分からないわね……」
「ああ、あの男が何かを知っているにしろ、知らないにしろ、疑惑がある事には変わりないからな」
「そうね。それじゃー、エリーとカレンさんは星ちゃんの事をお願いね」
エミルがそう言って2人を見た。
「分かりました。責任をもって!」
「了解! エミル姉も気をつけてね。戦闘行為はできなくても、武器を使わない戦闘はできるんだから……」
心配そうにエミルを見つめるエリエに、エミルは優しく微笑んだ。
この城はエミルのテリトリー内だ――そこでの各種設定は自身が自由に変更でき、エミルは城の中ではパーティーメンバーのみ武装可能の許可を出している。もちろん。今の彼女達も武装している状態だ――。
「大丈夫さ! 俺がついてるからな。安心して――」
「――デイビッドが一緒だからなお、心配なのよ……」
自信満々に胸を叩いているデイビッドをエリエは軽くあしらう。
デイビッドはバツが悪そうに「相変わらずきついなー」と苦笑いしながら頭を掻いていたが、すぐに2人は険しい表情に変わる。
「……行ってくる」
神妙な面持ちで静かにそう告げ、扉に手をかけたデイビッドに向かって星が叫ぶ。
「まっ、待ってください!」
突如響いた声に、その場にいた全員の視線が星に集中した。
星は一瞬怯んだが勇気を出して声を上げる。
「……あの! 今回の事は私が全部悪くて……その……できれば、ディーノさんは帰してあげてもらえると……」
星がそういうと、呆れ顔でエミルが大きなため息をついた直後に口を開いた。
「あのね、星ちゃん。あなたを襲ったダークブレットっていうギルドは、とても危険な集団なの。私もモンスターに襲われたというならあの人を疑わないけど、今の状況を考えれば、この城の周りをうろうろしていてたまたまあなた達と遭遇する方が不自然なのよ」
「……でも、あの人とは本当にたまたま出会って――」
星がそう言い返そうとした直後、手を強く握り締めながら肩を震わせていたエミルが強い口調でそれを阻んだ。
「――だから……たまたまなんてないの! 悪い人間なんて、偶然を装って近付いてくるんだから! あなたはもう少し人を疑うことを覚えなさい!!」
星はその大きな声に驚き瞳に涙を浮かべると小さく「ごめんなさい」と謝り顔を伏せた。
今にも泣き出しそうな星を見て、エミルは思わず自分の口を手で覆うと慌てて顔を逸らした。
普段のエミルなら絶対に言わない感情的な言葉だ。子供の星を相手にこれほど感情を剥き出しにするのは今までにない。先程のディーノとの戦闘時は、飛び出そうとした星の身を案じての演技だったのだが、今回は間違いなく憤りから出た言葉だった。
そんな星に、エリエが耳元でそっとささやく。
「――エミル姉は星の事が心配して真っ先に飛び出して行ったんだよ? 怒ってるのも、それだけ星を思ってるってことだから気にしないでね……」
「……はい」
それを聞いて星は小さく頷くと、エミルは少し表情を和らげて扉の外へ消えていった。その後をデイビッドが続いていく。
2人が出ていくと星の瞳から涙が流れ床を濡らす。
それを見たエリエとカレンが慌てて星に声を掛ける。
「だ、大丈夫だよ! エミル姉もそんなに怒ってないって! 後で私も一緒に謝ってあげるから、泣かないの!」
「エミルさんも本心は心配してたんだ。大丈夫! こいつでは無理かもしれないが、俺が一緒に頭を下げればあの人も必ず許してくれるよ!」
「なんで私じゃダメなのよ! その言葉は聞き捨てならないわね!」
「なんだ~? 自分が短気だっていう自覚はないのか? これだからお子様は……」
そう言ったカレンは、チラッとエリエの胸に視線を落とした。
すぐにその視線に気付き、エリエは胸を腕で隠すような素振りを見せると、声を荒らげてカレンを睨んで。
「……なっ! む、胸の大きさは関係ないでしょ!?」
それを見てカレンがニヤリと悪戯な笑みを浮かべ、聞こえるように呟いた。
「誰が胸が小さいって言ったんだ~? 自分の事が分かってないから子供だって言っただけだぞ? 俺は」
カレンはそういうと、これ見よがしに両手を前で組んで胸を強調させるようにエリエの顔を覗き込んだ。
「くぅぅぅぅぅぅッ! 表に出なさいよ! 今すぐその重い肉の塊を斬り落として軽くしてあげる!」
「いいだろう。やってもらおうじゃないか……やれるもんならな!」
2人がいがみ合っていると、星が小さな声で「やめてください」と叫んだ。
深刻そうな顔をしながら、2人に向けて星が言葉を続けた。
「……私が悪いんです。1人で……みんなにだまって……も、もう……迷惑かけないように……出て行きます……だから、けんかはしないでください……」
声を震わせ涙混じりにそう言った星に2人は我に返ると、あたふたしながらそれをなだめる。
まあ、2人が言い争いをするのは別に珍しいことじゃないが、今の星には自分のせいで2人が言い争っていると感じたのだろう。
「そ、それはダメだ! 星ちゃんが居なくなったら俺がどうしたらいいか分からなくなる。それにマスターにも顔向けできない。絶対にやめてくれ!」
「そ、そうよ! 私はか、か、カレンとは仲良しなのよ? ほ、ほら!」
エリエはそういうと、隣に居たカレンの体を強引に引き寄せ抱きついた。
その突然の行動に驚いたカレンが声を上げる。
「……なっ! なにをするんだ!?」
「しー! このままじゃ星がまた飛び出して行っちゃうでしょ? ここはあんたと私の仲の良さをアピールしないといけないの。私だって嫌だけど、少しくらい我慢しなさいよ!」
エリエは驚いている彼女の耳元で、小さな声でささやくとカレンも小さく頷いた。だが、星はそんな2人に疑惑の眼差しを向けている。
それもそうだろう。今まで激しく言い争っていた人間同士が急に抱き合うなどありえない。その行動を演技だと思うのは当然だし、何か意図があると考えるのは自然なことだろう。
怪訝そうに目を細めながら2人を見ている星に、エリエの額からは冷や汗が噴き出す。
(……やばい。星のあの目……これは絶対に演技だと思われてる……かくなる上は!)
「ちょっとカレン! こっち向きなさいよ!!」
エリエは強引にカレンの顔を両手で掴んで叫んだ。
顔を押さえられ、カレンは驚き目を丸くしている。
「なっ! なんだよ、いきなり!」
「――覚悟はいい?」
「……か、覚悟? ……ってまさかお前っ!!」
カレンは頬を赤らめながら潤んだ瞳を向けているエリエの様子から、言わずと知れた何かを悟ったのか急に慌て出した。
しかし、両手でがっしりと顔を押さえられている為、手足だけを激しくばたつかせている。
「こら! そんなに暴れるな。大丈夫。女同士ならノーカンなんだから……」
「ノーカンって、おまっ……んんっ!!」
なおも言い返そうとしたカレンの口を、エリエは自分の口で反論できないように覆う。2人の唇と唇が重り、カレンの手足の動きが徐々に静かになっていく。
お互いの唇が離れた直後。カレンは力無くその場に崩れ落ちた。
「……ぷはっ! ま、まあ。キ、キスなんて。こ、こんなものよ!」
「…………」
エリエは頬を真っ赤に染めながら、強がるようにそう呟く。
それとは対照的に、カレンは精も根も尽き果てたという様子で、ぽっかりと口を開けたままその場に座り込んでいる。
だが、それはカレンだけではなく――――。
「お、女の子同士で……キ、キス……なんて……」
目の前で見たものが信じられないと言った感じで、星は顔を真っ赤にしながら両手で顔を覆っている。
そんな星の顔を覗き込むようにしてエリエがにっこりと微笑む。
「――星。見てた? ほら、仲良しでしょ? 私とカレンはキスするくらい仲が良いんだから!」
「……は、はい。見てました……し、しっかりと……」
エリエは星に自慢気にそういうと、動揺している星の頭を優しく撫でて、
「だからもう勝手に居なくなったらダメだよ? 居なくなったらまたケンカするかもだからね!」
っと、微笑み掛けた。
その横で強引にキスされたカレンはというと――。
「……汚された。しかも女に……初めては師匠にって決めてたのに……俺、もうお嫁にいけない……」
いつもの威勢の良さは完全に消え去り。カレンは部屋の隅っこの方で、膝を抱えながら静かに泣いていた。
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