オンライン・メモリーズ

~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~
北条氏成
北条氏成

ダンジョン最深部へ3

公開日時: 2020年9月10日(木) 00:01
文字数:3,926

 煙が収まると、目の前にはゴツゴツした岩を背中にまとったドラゴンの姿があった。

 その姿には見覚えがある。そう、エミルはストーンドラゴンを呼び出したのだ。


 エミルはストーンドラゴンを召喚するとエリエを見た。


「本当にやるの……?」


 再確認するようにエミルはエリエにそう尋ねると、彼女は自信満々な表情でこくんと頷いて、近くにあった松明を手に持つと、ストーンドラゴンの背中の岩と岩の隙間に挿し込んでいった。


 松明はなくなると再び現れる仕様になっているようで、エリエが抜いた先から次々に松明が現れ、何事もなかったかのように辺りを照らしている。


「ほら、何してるの? 皆も手伝ってよ!」


 エリエにそう言われ、星達も仕方なくドラゴンの背中に松明を挿していく。


 ストーンドラゴンは大人しいもので、背中の岩の隙間に木の棒を突き刺されても動じることなく、なんなら大きなあくびをするくらいの余裕すらある。すると、ストーンドラゴンが大きなランプのように辺りを照らし出す。


「……ひっ!」

 

 少し明るくなった自分の足の周りを見た星が、その光景に思わず悲鳴を上げて後退る。

 

 だが、星が驚くのも無理はない。何故なら、彼女達の足元には人間の骨らしき物が乱雑に散らばっていたのだ。


 驚いた星は思わず、エミルの足に抱き付く。


「――わっ! 星ちゃん? 大丈夫よ、これは作り物だから」


 エミルは自分の足にしがみつく星に、転がっている頭を指差して告げる。だが、それが偽物だったとしても小学生の女の子にはそんなことなど関係なく怖いわけで――。


 なおもエミルの足にしがみついている星を見て、エリエが耳元でささやいた。


「――星。そうしてると、まるで赤ちゃんみたいだよ~」

「うっ……私。赤ちゃんじゃないです!」


 からかわれたことが不服だったのか、星は強がってエミルの足から離れた。しかし、恐怖から体が震えているのまでは隠しきれない。


 星が離れたこともあり。すぐに歩き始めるエミルに、星もその後を慌てて追いかけた。

 先頭をストーンドラゴンが歩き、その後を他のメンバーが続いて歩いて行く、星は後ろから2番目の位置を歩いていた。


 しばらくすると、先頭の方を歩いていたマスターが突然。皆に止まるようにと指示を出した。


「どうしたんですか? マスター」

「――うむ。何やら不穏な気配を感じる……」

「はい。俺も何か感じます」

「確かに。オカマの勘がやばいって言ってるわ~」


 緊迫した様子に包まれる場に、皆足を止め辺りを注意深く見渡す。


 星はその張り詰めた緊張感に不安になってきたのか、またエミルの足に抱き付いた。

 その時、地面に無造作に散らばっていた骨がカタカタと音を立てて動き出したかと思った直後、空中を浮遊して人の形へと戻っていく。


「これは……儂らはここに来た時には、すでに敵の術中にはまっていたということか!?」

「師匠。これでは……」

「うむ。体力温存など言っておる暇がないな。全力で奴等を片付けるぞ!!」


 その掛け声と共に、各々武器を構えた。


 骨は剣と盾を持ったモンスターの形になると頭の上の方にHPバーが現れ、その上に名前とレベルが表示される。全ての敵の上には『スケルトン Lv55』と表示されていた。


 最初は数体だった敵の数が、すぐに数え切れないまでに増殖していく。突如足元から湧き上がった敵に、この場にいたメンバー達が分断されてしまう。


 スケルトン達は武器を手に、その節穴と化した目が捉えて、カタカタと体を揺らしている。


「55……」


 不安そうな表情になった星が、腰に差された剣をちらっと見た。


 前の戦闘で星のレベルは45まで上がっていたが、それより10も多い――。


 レベル制のゲームで10も差があると言うことは、実力差に超えられない壁のようなものがあり。この差が大きければ大きいほど、攻撃を繰り出した時のダメージが通り難くなる。


 その為、星の攻撃力ではスケルトンに決定打を与えるのは難しいのは、彼女自身が一番良く分かっていた。だが、こんな場所で大人しく死ぬ訳にはいかない。決定打を与えられなければ、少しでも敵を惹き付けておくだけのこと……。


(ここは、少しでもダメージを受けないように守りながら……でも、ちょっとでも皆の役に立たなきゃ!)


 自分の役割を瞬時に理解して『皆の役に立つ』その言葉を強く心の中で呟く。すると、自然と剣を握っていた手に力が入る。


「ちっ! のんびり探索というわけにはいかないってことか……」


 大量に出現したスケルトンに、デビッドは苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをすると、刀の鋒をスケルトンへ向けた。


 エリエがデイビッドの側でレイピアを構えながら、小さな声で言った。


「デビッド先輩。怖かったら、私の背中にいてもいいんだよ?」

「ふん。何を冗談言ってるんだ。俺はサムライだぞ? 女に守ってもらうだなんて、武士のプライドが許さん!」


 そう口にしたデイビッドに「日本人じゃないくせに」と、彼に聞こえないくらいの声でバカにしてくすっと笑った。

 

 それから少し離れた場所では、緊張した面持ちで剣を構える星の横で、普段通り落ち着いた様子でエミルが小声で言った。


「――大丈夫よ。あなたは私が必ず守るから。だから、星ちゃんは私から離れないように気を付けてね」

「は、はい」


 頷いてエミルを見上げると、エミルはにっこりと微笑んで星の頭を優しく撫でる。


 エミルの手の平の温もりが、伝わってきて不思議と高鳴っていた鼓動が少し落ち着いた気がした。


(やっぱりエミルさんは凄い。この状況でも私を勇気付けてくれて……私も怖いなんて言っていられない。エミルさんに負けないように頑張らないと!)


 星は自分の拳をぎゅっと握ると、目の前のスケルトン達を見据えた。


 その時、今までその場に立ち尽くしていたスケルトン達が、一斉に音を立てて動き出し、いきなり剣を振りかざし襲いかかってきた。


 襲い掛かってくるスケルトン達を各々が迎撃する。


 星も慣れないながらも、周りに負けじと必死で剣を振った。


「えいっ! えいっ! やあっ!」


 掛け声はいいのだが、星の攻撃は誰が見ても、ただでたらめに剣を振り回しているとしか思えない。

 

 それはそうだろう、星は殆ど敵と戦った経験がない。戦ったことがあると言っても、それは武器を持たない低レベルのラビットやラットだ。

 実戦経験がほぼ皆無と言っていい上に、武器を持っている敵とは戦ったことがなく。剣という刃物を持って襲ってくる敵に恐怖を感じていた。


 初期のモンスターの体当たりとは迫力も威力も違う、底知れぬ恐怖が心を支配するのを感じていた。それは、星の震える体を見ていれば明らかだった。


 その時、一体のスケルトンが星に襲い掛かってきた。


 星は突然のことに驚き思わず目を瞑り、手に握りしめた剣を振り回す。すると、それに気付いたエミルが星の元に駆けつけ、スケルトンに向かって剣を振り抜く。


 目にも留まらぬ速さの一撃により、星の前のスケルトンがバラバラに吹き飛ぶ。


 自分の目の前の敵がいなくなり、ほっと胸を撫で下ろした星の耳にエミルの声が響く。


「星ちゃん。剣を振る時に目を瞑っちゃだめよ!」

「は、はい!」


 エミルは最初に言った言葉通り、星を守るように側にぴったりと寄り添うかたちで戦っている。


 彼女のその戦い方は、さすがは高レベルプレイヤーと言ったところだろう。身のこなしも上手くスケルトンの剣をまるで踊っているかの様にかわすと空かさず、相手を斬り伏せていく。


 星はそんなエミルの姿を瞳をきらきらと輝かせながら、羨望の眼差しで見つめていた。


 その横では……。


「ちょっと、あんまりくっつかないでくださいよ!」

「仕方ないだろ! 敵の数が多いんだから!」


 エリエとデイビッドはスケルトンの剣を武器で受けながら、不機嫌さを滲ませながらいがみ合っている。


「ちょ! バカ危ない!」


 交戦中のデイビッドがエリエの声で敵に気が付いた時には、他のスケルトンが剣を振り上げ向かってきているところだった。


「……なに!?」

(くそっ……かわせないか……)


 デイビッドは咄嗟に今戦っているスケルトンを足で蹴飛ばし、向かってくる敵に対応しようとしたが、その時にはもうどうしようもなかった。彼が『やられる!』そう思って身構えた直後、エリエのレイピアが目の前を通り過ぎていった。


 エリエのレイピアはスケルトンの頭に直撃し、頭部はばらばらに砕け散った。


 エリエの固有スキル【神速】は、一時的にスピードと攻撃速度を引き上げることができるのだ。


「――ありがとう、すまん。エリエ」


 デイビッドが素直に助けてもらったお礼を言うと、エリエは大きなため息をつく。


「はぁ~。まったく。これだからデビッド先輩はだめなんですよ。だから、女の子にもモテないのね……」

「な、なに!? 人が素直に礼を言えばこの――って、女にモテないのはお前に関係ないだろ!」

「ふふっ。図星なんだ……」


 顔を真っ赤にしながら怒っているデイビッドに、エリエは口元を抑えて「ぷぷぷっ」と小馬鹿にしたように笑う。


 それが引き金となり。いつもの様に2人が言い合っていると、そこにスケルトン3体が襲い掛かる。


「もう。まだ言いたい事あるのにっ!」

「くそっ!」


 2人は口論を中断し同時に2体の敵を倒すと、向かって来る最後の一体に武器を構え直すと。


「私の――」

「俺の――」

「「――邪魔をするなああああああああッ!!」」

 

 全く同時にそう叫ぶと、攻撃を叩き込んだ。


 その息の合った攻撃を受け、スケルトンはばらばらに吹き飛ぶ。


 スケルトンを倒した2人は、お互いの顔を見合わせる。


「このままじゃ落ち着いてケンカも出来ないよね? 先輩」

「珍しく意見が合ったな。俺もそう思っていたところだ」


 2人は不敵な笑みを浮かべ頷くと、再び武器を構え直して目の前に立ち並ぶスケルトンを睨んだ。

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