星、カレン、エリエを寝室に残し。デイビッドとエミルの2人がリビングにくると、そこにはディーノと名乗る男性と楽しそうに会話をしているイシェルの姿があった。
「ちょっとイシェ! その人には近づかないようにって言ってたでしょ!?」
エミルがすごい剣幕でそう叫ぶと、イシェルは何食わぬ顔でエミルの方を向いてにっこりと微笑む。
「なんでなん? こん人、むっちゃおもろい人なんよ~?」
「ど・ん・な・に! おもろくても、ダメなもののはダメです!!」
エミルはとイシェルの腹部に腕を回すと、座っていた椅子から引きずるようにして強引に引き離した。
「あ~ん。今日のエミルは激しいな~。せやけど……そない積極的なエミルも好きやよ」
「なに変な事言ってるの! もうイシェは不用心なんだから!」
イシェルは笑みを浮かべながら、頬を赤らめ呟くとエミルが声を荒らげた。
エミルはイシェルをキッチンに追いやると「ここでおとなしくしててね!」と少し強く言って、ディーノの居るテーブルの前に戻った。
そこではデイビッドがディーノを微動だにせずに睨みつけていた。その様子は、さながら尋問官というところだろう。
エミルもその隣に腰を下ろすと、ディーノの顔を見つめ徐ろに口を開いた。
「それじゃー。さっそくだけど、あなたにいくつか質問したいのだけどいいかしら?」
「よく言うね……ダメでも話さないと開放しないでしょ? いいよ。答えられるものは素直に答えるさ」
縄で椅子に拘束され、まさにまな板の上の鯉といった状況のディーノは、諦めたように大きなため息混じりにそう答えた。
エミルは神妙な面持ちで、ディーノに質問を開始する。
「まず、あなたはどうしてあの森にいたのか聞かせてもらえるかしら?」
「どうしてって、ただ朝散歩をしていて道に迷っていただけだけど……?」
なに食わぬ顔でそう答えるディーノに、デイビッドが声を荒らげてテーブルを叩いた。
「バカか!? 俺達の攻撃をかわしたあの身のこなし。見る奴が見れば、素人じゃないのは分かる! お前は俺達をバカにしてるのかッ!?」
「なるほど……確かに僕はこのゲームをやっている歴は長い。だが、だからと言って道を熟知しているとは限らないだろう? 僕は筋金入りの方向音痴なんでね」
ディーノは小首を傾げあっけらかんとした様子で、激怒しているデイビッドに向かって吐き捨てるように言った。
だが、そんな言い訳を今のデイビッドが聞き入れるわけもなく、逆にこの発言は挑発とも取れるものだ。
「……くっ! マップが視界に表示されてて、どうやったら道に迷うって言うんだよ!」
デイビッドが目を細めてディーノを鋭く睨んでいると、横からエミルが口を挟んできた。
「あなたの言う事も一理あるわ。なら、質問を変えましょう。あなたは、どうして星ちゃんに接近したのかしら? いや、なにが目的でって言った方がいいかしらね……」
エミルは質問すると、怪訝そうに目を細めてディーノの顔色を窺っている。おそらく、それが彼女にとって一番知りたい質問なのだろう。
何を目的に星に近付いたのか――いや、もしかしたら星意外のメンバーの誰かかもしれない。
再び襲われる可能性を捨てきれない以上。住居を提供しているエミルの立場からして、仲間達の身の安全が最優先ということだろう。
エミルがその質問をした直後、部屋の中に流れる空気が一瞬で張り詰めたものへと変わった。
その質問に、ディーノは口元に微かな笑みを浮かべながら答えた。
「――そうだね。あえて言うなら、あの子に興味があるから……かな?」
エミルはその言葉を聞いた直後。烈火の如く怒り出し、テーブルを叩いて椅子から立ち上がる。
「なっ、なんですって!! 星ちゃんはまだ子供なのよ!? それなのにあの子と関係を持ちたいだなんて、絶対に許せるわけないでしょ!?」
「「……えっ?」」
顔を真っ赤に染めながらそう叫んだエミルを、2人はぽかんと口を開けながら彼女の顔を見上げている。
エミルはすぐに我に返ると、頬を真っ赤に染めながら叫んだ。
「ち、違うの!? そういう意味じゃなくて! そうだったら困るから先に言っておいたというかなんというか……とにかく、今のは違うのよ!」
エミルが耳まで真っ赤にしながらそう叫ぶと、恥ずかしさから両手で顔を覆っている。
羞恥心に顔から火が出る勢いの彼女を放っておいて、今度はデイビッドが質問した。
「なら、お前は星ちゃんの何に興味があるんだ? あの子は戦闘はできないし。装備も、それほどいい物を持っているとは言えない。そんな子のどこに興味があるんだ?」
デイビッドはディーノの瞳をじっと見つめながら問い掛けた。
すると、ディーノは少し上を向いて考える素振りを見せ、しばらくしてからその問に答える。
「それは僕の固有スキルが、周囲の相手のスキルを把握し吸収するスキルだからだよ。君のスキルはおそらく『背水の陣』じゃない?」
「なっ……なるほどな。そのスキルで星ちゃんのスキルも見たということか……」
デイビッドは一瞬うろたえたものの。すぐに平静を取り戻し、ほくそ笑んでいるディーノの顔を見据えた。
直後、そんなディーノの口から思いもよらない言葉が返ってくる。
「いや、普通は僕に見えないスキルはないんだ。だが、あの子のスキルは『?』が表示されるだけで、その特性どころか名前すら見ることができなかったよ……」
そう呟いたディーノの話を聞いて、羞恥心から回復したエミルが声を掛けてきた。
「そんなはずはないわ! 星ちゃんの固有スキルのランクはそこまで高くないはずよ? あの子は言ってたわ『ソードマスター』は剣の能力を引き出すだけのスキルだって!」
「――剣の力を引き出す……」
驚きながら大きな声を出したエミルとは対照的に、隣に座っていたデイビッドは難しい顔で顎の下に手を当てている。
だが、本来は剣の能力を発揮させるということは、どれほど熟練した剣士であっても難しい。
それはただ使用しているからだ。トレジャーアイテムの武器にはそれぞれ特殊能力があり、武器の熟練度をMAXにして初めて使用可能になる能力を持ったものも存在する。メルディウスの使う『ベルセルク』なんかが良い例だろう――。
しかし、それをスキルの力で容易に引き出せるのであれば、使い手の実力は左程問題ではないのかもしれない。ベテランプレイヤーとまで言わないまでも、剣を普通に使えればそれだけで問題はないのだ。
実際にデイビッドは星が剣を金色の巨竜、レイニールの姿に変えたところを目撃している。
もしも。全ての武器に、その能力が適応できるのならば、トレジャーアイテムの武器でも剣であれば隠された能力を容易に引き出すことができるのかもしれない。
っとなれば、星の持つ固有スキルの能力は未知数だ――どんな剣でも、スキルによって変化できるとしたら……。
もしそうなら、星が剣術をマスターし、自らの固有スキルを使いこなすことさえできればまさに『鬼に金棒』である。
デイビッドは自分の腰に差したトレジャーアイテムの『炎霊刀 正宗』を横目で見る。だが、デイビッドにはもうひとつ。これとは別に、不信に思っていることがあった。それは、今椅子にミノムシの如く何重にも縄で縛り付けられている目の前の男の固有スキルだ。
これまで多くのプレイヤーと交流し、刀を交えてきたデイビッドだからこそ分かる。心のどこかから湧き上がる不信感……というよりも、その感情は恐怖に近いかもしれない。
その恐怖にも似た感情をデイビッドは研ぎ澄まされた感覚によって、痛いほどに肌で感じ取っていたのだ。
(目の前のディーノと名乗る男からは底知れない闇を感じる……)
デイビッドは目の前のディーノを軽く睨むと、それに気付いたディーノは口元に不敵な笑みを浮かべた。
そんな彼から目を逸し、今度はエミルの顔をじっと見つめながら重い口を開く。
「――エミル。今までは何も言わなかったが……もし、星ちゃんの固有スキルがとんでもないレアなスキルなら、彼女に剣術を教えるべきじゃないかと俺は思う。それが今後の俺達の為にも星ちゃんの為にもなるんじゃないのか?」
それを聞いたエミルがデイビッドの顔を鋭く睨みつけながら、立ち上がると火の付いた様に声を荒げた。
「なっ! そんなの冗談じゃないわ! デイビッドもあの子の性格を知ってるでしょ!? 今日の事件だってそう! もし剣術なんて教えたら、迷わずあの子は戦いの最前線に出るに決まってる! もしそんな事になれば死ぬかもしれないのよ!? そんな事、絶対に反対よ!!」
彼のその提案に憤るエミルの様子を目にしても、デイビッドは冷静さを崩すことはない。
星のことを必要以上に気にかけているエミルのことだ――こうなるのは始めから分かっていた。だが、デイビッドもだからと言って、ここで引くわけにはいかなかった。
「まあ、確かにそうだが……しかし、今の状況で優秀なスキルを持っている人材を遊ばせておくほど、俺達も余裕でもないだろ? マスターだって一日も早くここから出る為に、今は別行動を取ってるんじゃないのか? 他にも街では精力的に動いている者もいるだろう。皆がこの世界から抜け出す方法を全力で考えているのに、俺達が切れるカードを切らないのは不公平だとは思わないか?」
「――切れるカードって……あの子は物じゃないのよ! 例え貴方がどう言おうと、星ちゃんを戦いに出すなんて私が許さない!!」
取り乱しているエミルを諭すように、デイビッドが険しい表情で言葉を続ける。
「確かにあの子はまだ幼いかもしれないけど、ゲームシステム上は補正も入って大人と変わらない力はあるんだ。それなのに後方でいつまでも大事に守っているより、戦力として数えた方がいい。今日の事だって、いつまでも後方で守られるのが嫌で、星ちゃんは剣の練習に行ったんだろ? あの子も望んでいるなら、こちらもそれに応えてあげるのが真の信頼関係じゃないのか?」
どんな理由であれ。まだ子供の星を危険な状況下で戦いに参加させる訳にはいかないというエミルの怒りも最もだが。
対するデイビッドの意見も最もだ――ゲーム内のアバターである以上。レベルという制限は合っても、それ以外は大人であろうと子供であろうとステータスに違いはない。早く現実世界に戻りたいと感じている人間は大多数だろう……。
本来ならば、子供に戦わせることなく大人でこの事態を処理するのが望ましい。だが、フリーダムでは他のゲームでは珍しい初期ハードでランダムに選択される固有スキル制度を利用している。
チート級の能力でもあり、公平性に欠ける他者との優位性をはっきりさせるこのシステムは、MMORPGという不特定多数でプレイするゲームには不向きに感じるだろう。
しかし、実際は違う。世界で爆発的なヒット商品となった……このゲームは元々は海外の会社で制作されたゲームであり、国連指導で発売された初めてのゲームだ。日本が特別だとするなら、サーバーが逸早くプレイ可能になったというだけことだ――その為、日本では認可の下りにくいRMTやゲームに実際に存在する企業が参入しやすい制度を多く導入している。
今では世界的にフリーダムの通貨の【ユール】が仮想通貨の様なもので、世間に出回っているほどだ。
発表当時はソフトが内蔵されているとは言え、利益を優先させたと言われかねない高額なハード型で売れるわけがないとマスコミも酷評していた。
しかし、ハードも売上げランキングでは何年も1位を独占している。
その異常なまでの売上の理由は、固有スキルという個々に設定された『特別なスキル』という存在が大きかった。
誰でも現実の世界には不満を持って生きているものだ――周囲の評価に、正しく評価されていないと感じることが多々あるだろう。
だが、このゲームでは固有スキルさえ良ければ、誰でも特別な存在になれる。現実世界ではモブキャラでも、ゲームの中ではたちまち主役級のキャラに成り代わることができるのだ。
また、ここまで爆発的に普及したのは従来の頭に装着するタイプではなく。近未来の腕に装着するデバイスにするよって、脳に直接的なダメージをクリアしたと世界的に証明されていることも要因として大きい。
フリーダムの前にもVR系のゲームは数多く出回っていた。しかし、それはあくまで視覚、または脳派に特殊な電流を流して錯覚させることで疑似体験しているだけに過ぎない。だが、視覚の低下や体に必要のない電流や電磁波で脳を操作するのは少なからず体にも悪影響が出る。
しかし、フリーダムのシステムは発動時の光信号によって海馬に蓄積された記憶を呼び覚まし、以前に体験した記憶を継続して体験する。言わば、集団で任意の夢を見続けている様なものだと言われている。勿論、それによって体にも全く悪影響は出ない。
その技術は近年開発されたものだとだけ公表されてるが、その実態は謎に包まれており。何度も他のゲーム会社が解析に乗り出したが、結局は類似品を制作することは失敗している類似不可能な未来技術だと学者の中でも言われている。
この固有スキル制度は運要素が強く。普段は運営により厳しく統治されているゲーム世界だったのだが、運営が関与できないこんな状況になってしまえば意味はない。
子供でも大人でも運さえあれば、強力な固有スキルを手にしてしまうこのゲームでは、力のある者は強力して当たり前と思われるのは仕方がない。そこに若干の妬みひがみもあるだろうが、この状況から早く脱却したいというのは、今この世界に閉じ込められている全ての人間の願いでもある。
「……そんなのダメよ……あなたの言っている事は分かる……でもダメなのよ……」
エミルは俯き加減に小さく呟く。
その直後、彼女がテーブルを思いきり叩くと感情を剥き出しにして叫んだ。
「――ゲームシステム上は大人と変わらなくても、頭の中まで大人って事はないのよ!? あの子はまだ子供で、私達が守ってあげるのは持っている固有スキルに関わらず当然なのよ! 私があの子に防具や剣を渡したのは、戦ってほしいからじゃない! それが少しでも、あの子を守ってくれればって思ったからなのよ!」
「そんなのは傲慢だ! いい武器や防具は使う人間のスキルがあってこそ活きるものだろ。それを装備させただけで、ちゃんとした戦い方も教えないなんて、お前はあの子を着せ替え人形か何かだと勘違いしてるんじゃないのか!?」
エミルの言葉を聞いて、デイビッドも熱が入ったのか自然と声が大きくなっていた。
2人はしばらくお互いの顔を睨みつけていると、エミルの瞳から涙が止めどなく流れ落ちた。
その表情を見て、デイビッドは思わず視線を逸らす。
エミルは言葉を詰まらせながら声にならない声で告げる。
「分かってる。分かってるわよ……今は大人とか子供とか言っていられない状況だって事くらい。でも、仕方ないじゃない……あの子、死んだ妹に……そっくり、なんだから……」
「――ッ!?」
デイビッドはそう呟くと以前。富士のダンジョンの中でエリエが言っていた事を思い出す。
以前から『妹は体が弱くて病院に入院ている』とはエミル本人の口から聞いていたが、死亡したと聞いたのはエリエからだった。
デイビッドは不覚にも、今の今までその事実を忘れていたのである。
「……そうか……そうだったのか……」
デイビッドはそう小さく呟くと、俯き唇を噛みながら拳を強く握り締めていた。今までのエミルの行動と言動を見ていれば、大体のことは分かったはずだった。
確かに、今までエミルの星に対しての愛情は過剰過ぎるとまでデイビッドも感じていた。だが、その理由が分かってデイビッドの中で点と点が線で結ばれ、やっと彼の中で納得がついた。
デイビッドは目の前で泣き崩れているエミルに、返す言葉が見つからない――。
(どうして俺は今までこんな大事な事を忘れていたんだ! あの時のエリエも星ちゃんの事を妹と重ね合わせてるかもしれないと言っていたじゃないか!)
デイビッドは歯を食いしばり、先程まで正論を語ってた自分を殴りたいという衝動に駆られながらも、何もできずにその場に立ち尽くしていた。
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