オンライン・メモリーズ

~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~
北条氏成
北条氏成

2人の時間5

公開日時: 2021年2月11日(木) 00:00
文字数:3,794

星はベッドから起き上がるとエミルは酷く落ち込み、その周囲はどんよりとした空気に包まれている。


話し掛けづらい雰囲気を醸し出しているエミルに向かって星が慰めるように言った。


「だ、大丈夫です! 私、気にしてないですから!」

「……本当? 星ちゃん」


涙で滲むエミルの青い瞳が上目遣いに星を見た。


「は、はい。ちょっと驚いただけで……」


それを見た星は胸がキュンとときめくのを感じて、小さく頷くいて慌てて視線を逸らす。

逸した先にあった鏡に映る自分のあられもない姿に、星は自分が裸だったのを思い出して一瞬でボッと顔が耳まで真っ赤に染まる。


それを見たエミルが、今度は星に抱き付いてきた。


「もう! 本当に星ちゃんはかわいいわね~」

「あっ。や、やめてください。くすぐったいです……」


身を捩らせる星に抱き付きながら、嬉しそうに頭を撫でる。


困っている星から離れると、エミルは急いで着ていた服を脱ぐときょとんとしていた星の体を抱き上げた。

何故か突然お姫様抱っこ状態になったことに驚きながら、抱えられた星がエミルの顔を見上げる。


「早くお風呂にいきましょうか! このままじゃ風邪を引いちゃうわ」

「……ゲームなのに風邪引くんですか?」


その質問に答えることなく、エミルはにっこりと微笑むと「さあ、どうかしらね~」とはぐらかした。


浴室に入ると星を地面に下ろして椅子に座らせ、シャワーを手に持った。それを見て、次に何をされるのか分かったのだろう……それを見た星は血相を変えて慌て出すと。


「い、いいです! シャンプーはしなくて大丈夫です!」


エミルは首を傾げながら呟く。


「でも、星ちゃんは自分でシャンプーできないし。それじゃなくてもしないでしょ?」


その言葉を聞いた星は、少し不機嫌そうな顔をして「シャンプーはできます」と小さく反論する。


そう。できないのではなくしたくないのだ――同じに感じるかもしれないが、星にとってエミルの口にした『シャンプーができない』という言葉が相当不服だったのだろう。些細な抵抗とばかりに、頬をぷくっと膨らませながら眉をひそめている。


エミルはそんな星にいたずらな笑みを浮かべると、徐に口を開く。


「――そっか、星ちゃんはシャンプーができないんじゃなくて。水が怖いのよね~。まるで幼稚園児ね~」

「なっ……こ、怖くないです!」


彼女の『幼稚園児』という言葉が気に障ったものの、大声では反論できずに指をいじりながらモジモジと小声で反論する星。


「え? 聞こえないわ。なんて言ったの?」


煽られてツーンとした態度で言った星に、笑いを堪えながら言葉を返す。


星は彼女の挑発に乗るまいと無言でやり過ごそうとしていると。


「何も言わないって事は、髪を洗ってもいいのよね?」

「うぅぅ……」


この流れでは反論したところで無意味だと悟ったのか、何も言えなくなった星は、口を一文字に結んだまま頷く。


微笑みを浮かべたまま、エミルは蛇口を捻ってシャワーから水を出す。

地面を打ち付ける水の音を聞きながら、覚悟を決める様に生唾をごくりと呑み込む。表情を強ばらせたまま、全身に力を込めてプルプルと小刻みに震えている。


その場の勢いでシャンプーをすると頷いたが、水が苦手なことには変わりなく。

頭から水を掛けられるのには、いつまで経っても抵抗があるのは隠しきれない事実だ。その時、星の耳元でエミルが「お湯掛けるわよ」と告げる。


意を決した様に、星は膝の上に置いた手を握り締めると、瞼をぎゅっと閉じて身構える。


「そんなに身構えなくても……かけるわよ~」


星の反応に苦笑いを浮かべ、エミルが髪の先から徐々にお湯を掛けていく。


体を強張らせてプルプルと震える星を見ると自然と笑みがこぼれる。


「そんなに怖いなら、見栄を張らなければいいのに……全く、大人しいくせに負けず嫌いなんだから……まあ、そんなところも可愛いんだけどね」

「……何か言いましたか?」

「何でもないわ。ほら、耳も塞がないと水が入っちゃうわよ?」


そう言われ、素早く両手で耳を押さえる星を優しい瞳で見つめるとシャンプーを始めた。

髪を洗い始めると、星は瞼を強くすっかり大人しくなってしまう。正確には、体が強張っていて動かなくなっているだけなのだが……。


星は全身を強張らせて完全に固まってしまっている。エミルはそんな星の髪を丁寧に洗っていく。


それからしばらくして……。


「それじゃー。洗い流すわね」


そう言って身構えている星の髪に付いた泡を洗い流して髪を洗い終えると、星の長い髪を頭の後ろに小さく結んだ。


そして今度はスポンジでボディーソープを泡立て、それを手に取ると星の体を優しく撫でるように洗っていく。


星がくすぐったそうに身を捩っていると、エミルがぼそっと呟いた。


「そう言えば……結局。岬とはこんな風に姉妹でお風呂に入れなかったな……」


その突拍子もない言葉に、星の表情が一気に曇った。


それは『やっぱり自分ではなく、妹と入りたかった』という気持ちの表われだと感じたからに他ならない。

まあ、当然と言えば当然だ。自分はエミルの妹でもないし、妹にもなれない存在でしかないのだ。


「……ごめんなさい。私、妹じゃなくて……」

「え? あっ、違う違う。そういう意味じゃないの」

「…………」


無言のまま、体を小刻みに震わせる星の体を後ろから抱きしめると、その耳元で告げる。


「――違うの。こうして星ちゃんと、ゆっくりお風呂に入れて嬉しいって事よ?」

「…………」


だが、そのエミルの言葉に星は沈黙したまま動かない。


(……これもきっとお世辞だ。私は、生きていて恨まれる事はあっても……私を必要としてくれてる人なんていないんだから……)


心の中で自分に言い聞かせるように呟く星。


先程のバーでの出来事が、星の中で薄々感じていた思いを一気に膨張させていた。今はどんな優しい言葉も、今の星にはお世辞以外には感じられない。


素直じゃないのではなく。長い間自分を押し殺していたせいで、素直になる方法が分からなくなっていたのだ。


今この場で自分が消えればきっと、今自分に向けられているエミルの微笑みは、自分ではない別の誰かに向けられべきだと分かっていた。

そしてそれは、無条件に自分が誰かを不幸にしていることと同じだということも分かっていた。何故なら、自分は『生まれてきたことが罪』なのだから……。


「……私に優しくしないでください……」


星は抱き付いていたエミルの腕を振り払うと、突然立ち上がった。


そんな星を驚いたように見つめるエミルに向かって言い放つ。


「どうして! どうして……そんなに優しくするんですか!」


声を荒らげて潤んだ瞳で睨む星に、エミルはただただ首を傾げている。


「……どうしたの? いきなりそんなこと――」

「――私は! 私に優しくされる権利なんてない!」


エミルの言葉を遮って、星は首を激しく横に振った。


今ならエミルと2人だけ、この場でエミルとケンカ別れできれば、後はフィールドに出てモンスターにやられればいい……そうすれば、このやり場のない苦しみから解放される。


自暴自棄になっていた星は、その一心でがむしゃらに言葉を吐き出す。


「私に……私と一緒に居てもいいことなんてない……さっきも見たはずです! 私の周りにいる人は不幸にしかならない! だから……私のことはもう放っておいて…」


そこまで口にした直後、突如として星の視界がシャワーから出たお湯で視界が遮られた。


視界が戻ると、目の前には眉を吊り上げてシャワーのノズルを握り締めているエミルの姿があった。


「目は覚めた? 星ちゃん」

「……ケホ、ケホッ。な、何をするんですか!」


軽く咳き込むと、エミルは何食わぬ顔をして告げる。


そんな彼女に星が再び口を開こうとすると、また勢い良く星の顔にシャワーのお湯が浴びせかけられた。


「……ゲホッ! ゴホッ!」


今度はさっきよりも多く口の中に入ってしまい、星は大きく咳き込む。


突然のエミルの行動に、星は少し怯えた様に目を大きく見開いた瞳を向けた。


(エミルさん。私が水苦手なの知ってるのに……)


シャワーを握り締めてにっこりと微笑むエミルの瞳からは、正気が消えていた。


その顔は、以前星に無理やり手錠をはめた時と似ている。もしかすると星は今、エミルの触れてはならない何かに触れてしまったのかもしれない。すると直後、虚ろな瞳のエミルの手が星の頬を撫でる。


「……星ちゃん。まだ逃亡癖が治ってないのね。これはやっぱり、首輪かしら……そうね。鮮血みたいな、真っ赤なやつがいいわね……」


怯えた表情の星の首筋を、エミルの細く長い指先がなぞる。

ダークブレットの一件以来。いや、ライラのことが最大の原因かもしれないが、エミルは時折常軌を逸した行動に出ることがある。


そんなエミルを正気に戻さないことには、このシャワーの水責めも終わらないと考えた星が、以前の出来事を思い出して大声で叫んだ。


「えっと、確か……私の処女膜をぶち破ってみろ。この――」

「――星ちゃん! そんな汚い言葉を使っちゃだめって前に言ったでしょ! その言葉は私以外に絶対言っちゃだめよ!? いいわね!!」


エミルはシャワーもその場に放り投げ、星の顔を両手で挟み込むと、真剣な面持ちで星に告げた。


星は目を丸くしながらゆっくりと頷く。だが、言葉の意味は分からないもののこの呪文は凄い。いつか困った時には使ってみよう。そう心の中で呟くとひとまず去った危機に、星はほっと胸を撫で下ろしていた。

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