それから数時間後。深い闇に覆われていた空が明るくなってきた頃には、街の騒ぎも収まりを見せた。
薄っすらと朝霧の掛かる静まり返った街の中は、惨劇を物語る荒んだ風景にさながら地獄の一丁目と言ったところだろうか……。
この事件の傷跡は大きく、仲間を失ったプレイヤー達は思い思いに仲間の死を嘆いていた。
静まり返った街はまるでお通夜のようだった。そんな中、エミルは眠ってしまった星を抱きかかえてマスター達と合流する。
メッセージでも良かったのだが、街がこんな状況では実際に自分の目で安否を確認しなければ、安心できないと思ったのが大きいだろう。それともう一つ。エミルには、マスターに会って直接確認しなければならないことがあったのだ。
エミルがマスターの元に着いた時には、彼は忙しなく事後の処理に追われていた。
強制的にPVPに入ってしまっている者達の任意解除や、恐怖や悲しみに打ちひしがれている者達の安全な場所への移動など、事件が終わってもやらなければならないことは山積みなのだ。
そして、いつの間にかダークブレットのメンバーも僅かだが、その手伝いに参加していた。
ほとぼりが冷めてからやってくるというところが彼等らしいと言えばらしいのだが、それでも実際に戦っていたエミルは、何かやるせない気持ちになるのは仕方のないことなのかもしれない。
何と言っても戦闘中は雲隠れし、安全になったことを確認してから始めて参加してくるというのは、やはりあまりいい気はしないのは事実だ。
まあ、命が掛かっているからこその行動なのだろうが、彼等の人数も加われば犠牲にならずに済んだ者も多くいただろうという思いがどうしても出てきてしまう。だが、今はそんなことよりももっと重要なことがある。
「マスター」
「おお、エミルか!」
事後処理をしていて、険しい表情をしていたマスターの表情が彼女を見て微かに和らぐ。
エミルは微笑みを浮かべ、事の真相をマスターに尋ねた。
「先程のメッセージの内容を、詳しく教えてくれませんか?」
そう、エミルは目の前で星の剣が巨大な光の剣と変わり、その光が街全体に広がっていってこの暴動が収まった――それに何らかの因果関係があるのか、ないのかを確認しておかなければならない。
少し驚いたような表情を見せたマスターだったが、エミルの腕に抱かれ眠っている星を見て静かに頷く。
「うむ。だが、メッセージの通りだ。儂はカレンと共にこの場に戻って来た時には、すでに戦闘は終了していた。HPは『1』で固定され、しばらくして『村正』も消滅したのだ。詳しくと言われても、何が起きたのか儂も聞きたいくらいだ」
「……そうですか」
がっかりした様子で肩を落とすエミル。
マスターは横目でチラッと星を見て怪訝な顔をすると、徐にエミルに告げる。
「――まあ、こちらはもうなんとかなる。お前達は早めに城に戻っているといい」
「えっ? あ、はい。ありがとうございます」
彼の言葉に一瞬以外そうな表情をしたが、エミルは軽くお辞儀をしてその場を後にした。
去っていくエミル達を見つめ、マスターが目を細める。
「――あの娘の固有スキル。相当な可能性を秘めているようだな……」
その時のマスターは星から微かに湧き上がる金色のオーラが、目に見える気がした。
マスター達と別れてリントヴルムの背に揺られ、日の光で赤らめ始めた空を飛んでいると、ふとエミルがレイニールに尋ねる。
「レイちゃんは、星ちゃんのどんな事が好き?」
「そんなの、全部に決まっているのじゃ!」
突拍子もないその問いに、レイニールは迷う素振りも見せず即答した。まあ、レイニールがそう答えるのはなんとなく予想できていたことだ――。
その曇りのないレイニールの声に、エミルも苦笑いを浮かべて続けて「全部って?」と聞く。自信満々にレイニールは胸を張ると、じっと自分の方を見つめているエミルに堂々と言い放つ。
「主は我輩を外の世界に連れ出してくれた張本人だ。それに優しいし、どんな時でも自分より他人を気にかけ、いつでも人の為に一生懸命なのじゃ! さっきだって人を助ける為に飛び降りるなんて、そうそう真似できる事ではないぞ? 我輩は、主が我輩の主なのを誇りに思っているのじゃ!」
「――誇りか……そうね。その言葉を星ちゃんにも聞かせてあげたかったわね」
そう呟くと、エミルは寝ている星の頭を優しく撫でた。
すると、突然レイニールがパタパタと翼をはためかせ空中に浮き上がり、険しい表情で遠くの方を見つめた。
不思議に思ったエミルもレイニールの見ている方向を見るが、そこには見渡す限り雲海が見えるだけで他には何も見えない。
「どうしたの?」
「…………いや、なんでもないのじゃ」
レイニールのいつになく暗い声にエミルが首を傾げていると自分の城が目に入り、リントヴルムに地上に降りるように指示を出す。
地上に降り立ったリントヴルムを消すと、エミルは星を抱きかかえたまま部屋に戻った。
部屋に戻ったエミルは星を寝室に運ぶと、リビングへと向かう。
リビングでは、椅子に座ったエリエが申し訳なさそうに俯きながら、肩身が狭い思いをしながらココアを飲んでいた。
その隣に座っていたミレイニは、何食わぬ顔でカステラを摘んでいる。
すでに先程まで食べ過ぎて倒れていたことなんて、綺麗さっぱり忘れているような晴れ晴れとした表情で、彼女は口の中いっぱいにカステラを頬張っていた。
エミルはエリエの向かい側に座ると、微笑みながらイシェルがお茶の入った湯呑みを目の前に置く。
その湯呑みのお茶を口に運ぶと、再び湯呑みをテーブルに置いて小さくため息を漏らす。
エミルの顔色を窺うように、エリエが数回チラッと見て口を開いた。
「あの……い、いやぁ~、大変だったみたいだね。エミル姉」
「…………」
バツが悪そうに頭を掻きながらエリエがそう告げると、無言のままエミルは鋭い視線をエリエに向けた。
エリエはビクッと体を震わせると、慌ててエミルから視線を逸らす。
「全く、エリー。お菓子を食べるのはいいけど、動けなくなるくらい食べるなんて!」
「――ひっ! ご、ごめんなさい!」
急に大きな声を出されて驚いたエリエが頭を押さえて咄嗟に謝る。
その横でミレイニが口の中に含んでいたカステラを飲み込んで、落ち着いた様子でビクついているエリエに言い放つ。
「本当にエリエは仕方ないし……そんなんじゃ、一緒にいるあたしまで恥ずかしいから止めてほしいし」
呆れながらそう言い終えて、ミレイニが次のカステラに手を伸ばそうとしたその時、その手をエリエの腕ががっしりと捕まえた。
「……なんですって~!! 元はと言えば、あんたがどっちが多く食べれるか競おうって言ったのが原因でしょうが!!」
怒り狂ったエリエは隣に座っているミレイニの手を引っ張ると、強引に自分の方に引き寄せて自分の前に持ってくると素早く両手で彼女の頬をつねりながら引っ張った。
「いはいひ~。いいはありだひ~」
「なにが言い掛かりですって~。このこの~」
ミレイニの両頬を思い切り引っ張っているエリエを見て、エミルは呆れ顔で大きなため息をつく。
その横でイシェルが「本当に元気な子達やねぇ~」と楽しそうな微笑みを浮かべていた。
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