エミルが箱の端に付いたダイヤルを回すと、プシュッと缶を開けた時のような音がして、今までへっこんでいた蓋が真っ直ぐに戻る。
すると、中から子供服が次々と出てきた。だが、それを見た星は眉をひそめながら難しそうな顔をしている。
エミルの昔着ていた服なのだろうが、その全てがフリルの付いたスカートなどでズボンがひとつも入ってないからだ。しかも、その殆どがパステルカラーでピンクや水色、黄色などのいわゆる可愛い系の服ばかりで星の普段着ている黒や茶色、グレーなどは一切含まれていなかった。
正直、これならば昨日着ていた黒に金の装飾が施されただぼだぼの服の方が数段マシとまで思えるくらいだった。
今着ている青い水玉模様のパジャマを見下ろし、服を選んでいるエミルを尻目に星はゆっくりと後退りその場を離れようと考えた。
(今のうちになら……)
うきうきで服を選んでいるエミルから視線を逸らして身を翻した直後、後ろから声が響く。
「どこに行くのかしら?」
それに気付いていたエミルに声を掛けられ、驚きビクッと体を震わせてびどうだにできなくなる。
恐る恐るエミルの方を振り返ると、にっこりと微笑んでいる彼女の姿があった。その手にはピンク色のフリルの付いたワンピースが握られていた。
星はそれを見て諦めたようにため息を漏らしてゆっくりエミルの方へと歩いていくと、着ていた服を脱ぎ始めた。服を脱ぎ終えると、エミルの持っていた服を受け取ってそれに着替えていく。
着替え終わった星が恥ずかしそうに手を体の前で重ねながら「どうですか?」と頬を赤く染めて尋ねた。
その姿を見たエミルは星の周りを一周しながら舐めるように隅々まで見る。
「やっぱり黒髪ロングにピンクは映えるわねぇ。星ちゃんの清楚な感じが際立つわ――でも、ちょっと目立ちすぎるかしら……」
それから複数回服を取り替えた結果、首元と腰の辺りにフリルのあしらわれた白のワンピースに決まった。
着替えた後、星はすぐにエミルの手を引いて部屋を出た。
「早くしないと、お母さんが帰ってきてるかもしれません!」
「ま、待って。車で行けばすぐだから……」
そう星に言ったのだが、彼女は歩みを止めることなく走っていく。そんな星にエミルは苦笑いを浮かべながらも、内心ではほっとしていた。
家にきてからの星は遠慮してばかりで、全く自分の意思で行動することをしなかった。そんな星が自家に行く目的とはいえ、自分の意思で行動してくれているのは嬉しい。
星に引っ張られる形でエミルが外に出ると、玄関の前で先程の白髪の男性が黒塗りの高級車を白い羽の付いた棒で磨いていた。
「ごめんなさい。待たせてしまったわね」
「いえ、私はこれが仕事ですので。またお嬢様をお送りできて嬉しく思っております」
そう言って笑う彼とエミルを見て星は少し表情を曇らせる。そんな星の様子を察した白髪の男性が微笑みながら軽く会釈をした。
彼はその後、車の後部座席のドアを開けて中に向かって手を広げた。エミルは慣れた様子で車の中に乗り込むと外で立っている星へと手を差し伸べる。
星はゆっくり手を伸ばしてエミルの手を掴むと車の中へ入っていった。それを確認すると、白髪の男性がドアをそっと閉めた。その後、運転席に乗り込み車を発車させた。
白髪のスーツ姿の男性に住所を知らせて走る車の中から外の風景を眺めていると、横の席に座っていたエミルがその星の頬を指でそっと突いてきた。
驚き、彼女の方を振り向いた星に、エミルが頬を膨らませながら言った。
「せっかく一緒に乗ってるのに外ばかり見てるなんてひどいわ」
「い、いえそんなつもりじゃ……」
拗ねたようにいうエミルに星が慌てて手をバタつかせて否定すると、それを見たエミルが笑う。
「冗談よ。別にそんなに気にしていないから気にしないで。……でも寂しいと思ったのは本当よ」
「……ごめんなさい」
「いいのよ。少し話をしましょうか!」
表情を明るくさせてそう提案したエミルに星も深く頷いた。
少し考えるような素振りを見せた彼女は、思い付いたように星の顔を見て尋ねる。
「そういえば、星ちゃんの将来の夢ってなに?」
「将来の夢ですか……」
エミルに聞かれ、今度は星の方が考えるように顎に手を当てている。
その後、しばらく考えていた星が徐に口を開く。
「――私の夢はみんなが幸せになれる事かな……」
星のその返答を聞いた直後、エミルは瞳を潤ませながら抱きついてきた。
彼女の突然の行動に驚き目を丸くさせる。だが、すぐに抱きついてきたエミルの体を抱きしめ返す。
ここ数日一人でいた星にとって、ほどよい体温を感じられる人肌はとても心が安らぐ気がする……。
その直後、星の頭をエミルの手が優しく撫でた。
「星ちゃんは本当にいい子ねぇ……」
「い、いえ。いい子なんかじゃ……」
エミルは星から離れると、唸りながらなにかを考え込んでいる。その様子を星は不思議そうに見つめていると、なにかに気が付いたようにポンと手の平を打った彼女が徐に口を開いた。
「――それだと、大人になってからの夢はナースさんとかかな?」
「はい?」
唐突にエミルの口から出た言葉に星はきょとんとしながら首を傾げている。
きょとんとした顔をしている星を他所にエミルが言葉を続けた。
「でも、ナースさんなら白衣の天使よね。黒髪に真っ白なナース服もいいし、淡いピンクのナース服もいいわね。ああ、でも青系の服もきっとかわいいわね。でもやっぱり天使だからふわふわの天使服も着てほしいし、そんな星ちゃんをみたら私本当に天に召されちゃいそう……でも、でもそれでも我が人生には一片の悔いもないわ……でも、それだと星ちゃんの天使姿を二度と拝めなくなるから困るわね――」
「…………」
一人で喋り続けているエミルを放置して、星は再び車の窓から外の景色を眺める。
星が見ているその窓からは、どこまでも続く海が日の光を浴びてキラキラと水面を反射させ、そこの上をカモメ達が仲良さそうに群れをなして飛んでいた。
しばらく車を走らせていると、星の見覚えのない場所が車のドアから次々に流れていく。すると、大きなマンションが見えた場所で車が突然止まった。
「到着致しました」
車を運転していた白髪の男性がそう言って後ろを振り返る。だが、星はこんな場所に全く見覚えがない。
「さあ、降りましょう」
外から先に車から降りた白髪の男性がドアをゆっくりと開けると、エミルが星の手を取って降りようとする。しかし、星は彼女の手を引き返した。
「……待って下さい。ここはどこですか?」
「え? どこって、貴女の家じゃない」
「――ここは知りません。私の家はここじゃないです」
星のその言葉を聞いたエミルは困惑した様子で首を傾げていたが、自分よりも何倍も困惑し不安な表情をしていた星を見てゆっくりと頷いた。
「――ごめんなさいね。この車のナビが壊れてて間違えてここに来ちゃったみたいなの。そうよね小林」
「はい。私の不徳の致すところで、どうやら車の整備に見落としがあったようです。今後は対策を考えなければいけません。大変申し訳ございません」
頭を下げて謝る白髪の男性に星は慌てふためき「気にしないで下さい」と言って逆に頭を下げた。
エミルは星の肩に手を乗せると、優しい声で言った。
「そういうことだから、助手席に乗って小林に道案内してあげてちょうだい」
「星お嬢様。よろしくお願い致します」
「はい」
頷いた星は車助手席の方に白髪の男性に導かれて歩いていくと、白髪の男性が助手席側のドアを開くのを見て車に乗り込んだ。エミルもそれを見てすぐに車に乗り込むと、それを確認して車を発車させる。
星が道案内をして数時間の走行の上で到着した。
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