アトラクションが終わると、列に並んで従業員の指示に従って順番に外に出た。
外に出た星は少し残念そうな顔をして小さくため息を漏らす。
アトラクションが終わると、まるで夢でも覚めたかのように現実世界に引き戻される感覚に襲われる。楽しい時間は一瞬で過ぎ去り、残るのはその高揚感となんとも言えない喪失感が心の中でせめぎ合ってモヤモヤとした気持ちになっていた。
少し悲しそうな顔をしていたエミルがそれを察したのかすぐに近くのアトラクションを指差した。
彼女が指差した先にはぐるぐると馬の模型が流れているアトラクションが見えた。しかも、ライトアップされている為にキラキラと光り輝きとても綺麗でファンタジーが好きな星にはとても魅力的に見えた。
「乗りたいです!」
指差しているエミルにすぐに返事をして回転する白い木馬の方へ走って行った。
今までに見たことがない活発に動く星に微笑んだエミルもすぐに星を追いかけて走り出す。
列の最前列に並び、輝く瞳で待っている星は待ち切れないのか、爪先に力を込めてかかとを上下させ、そわそわして落ち着かない様子だ。その様子から見て、もう木馬に乗るのが楽しみで仕方がないのだろう。
前に乗っていた人達が続々と出てくるのを待って、係員の誘導のもとで白い木馬に跨がると目の前の棒を掴む。すぐ隣の木馬にエミルも乗って星と視線を合わせて互いに微笑み合った。
それから少し経ってブザーの音が鳴り響くと、木馬がゆっくりと動き始め、加速しながら上下に動きながら回っていく。
乗り物のアトラクションに乗るのも星は初めてなのだが、それ以上に自分がメリーゴーランドというものに乗っているという事実が、星には夢のような出来事で乗っている今でも、まだ自分が乗っているのか理解できてはいない。ただ、これがもしも現実ではなかったとしても遊園地でアトラクションに乗ることができて星は幸せだった。
だが、幸せな時間はあっという間に過ぎてしまうもので……。
動いていた白い木馬はゆっくりと止まり。終わりを告げるアナウンスが流れて周りの人達もゆっくりと木馬から降りて出口に向かって列をなして歩いて行く。
その中を星とエミルも混ざって歩いて出口から出ると、星は名残惜しそうにメリーゴーランドの方を振り返った。
それを横目に見たエミルは星の手を取って近くのカフェに行くと、エミルは「ちょっと待ってて」と言い残して近くにいた従業員の方へ駆けて行く。
星は従業員と何やら話をしているエミルを見つめていると、すぐにエミルが走って戻ってきた。
「ごめんなさい。待たせちゃって」
「いえ、全然待っていないので」
息を切らせて言ったエミルに星が微笑み返すと。
「何か注文して来るから……なにか食べたいものか飲みたいものある?」
「なんでも大丈夫です」
「そう。なら、ちょっと待っててね」
今度は注文を取る為に置かれた大きなモニター付きの販売機の方へ走って行くと、モニターの近くで腕に巻いた時計型のデバイスを操作した。エミルの前に緑色の光で作られた仮想モニターが表示され、彼女は慣れた様子で腕にはめられたモニターをタッチして操作している。すると、しばらくしてエミルが少し早足で人込みを縫うように歩いて星の元へと戻ってきた。
椅子に腰掛けたエミルは小さなため息を漏らし、丸いテーブルに肘を突いたまま不満を口にした。
「このデバイスで何でも操作するのって楽そうで結構面倒よね。直接メニューを口に出して店員伝えた方が何倍も楽だわ……しかも、混雑している場所だと電波が混在するから受信側の端末の近くで使わないといけないし。楽を求めて逆に面倒になるってどうなのかしら――星ちゃんもそう思うでしょ?」
「私はよく分からないので……」
そう言った星に苦笑いを浮かべた。
しばらくアトラクションの感想、次に乗りたいアトラクションの話などをしていると、腕にはめたデバイスから音が鳴ってエミルが立ち上がって再び人込みの中に消えて行く。しばらくして、次に彼女の姿が現れた時にはその手にお盆を持っていた。
「持ってきたわよ。さあ、食べましょうか!」
テーブルに置かれたお盆の上には生クリームとメイプルシロップが掛かっているキャラクターを象ったパンケーキが乗っている。その横には温かいココアと紅茶の入ったキャラクターが描かれたプラスチックの蓋をされたカップが置かれていた。
エミルが星の方へパンケーキの乗った皿を差し出すと、星もそれを受け取って自分の前に置く。しかし、ナイフとフォークを持った星がなかなかパンケーキに手を付けないのを見たエミルは星の隣に移動して、ナイフとフォークで素早くキャラクターの書かれたパンケーキを切り分けて一口大に切ったパンケーキをフォークで刺して星の口元に運んだ。
「あったかいうちに食べないと美味しくなくなるわよ? 星ちゃんの事だから、きっと食べるのが勿体ないとか考えてたんでしょ。ほら、あーん」
「……あ、あーん」
少し申し訳なさそうな顔をしながらも開けた星の口の中にパンケーキを押し込むともぐもぐと口を動かして飲み込んだのを見計らって「どう? おいしい?」と尋ねると、星はにっこりと微笑んで。
「はい。すごくおいしいです」
と頷くと、エミルが再びパンケーキを星に食べさせる。
少し恥ずかしそう口を開けてエミルに差し出されたフォークからパンケーキを食べた。
2人がパンケーキを食べ終えて、星はココア、エミルは紅茶を飲んで一息ついていると、エミル達の方に従業員が歩いて来るのが見えた。
星が不思議そうに首を傾げる中、エミルは分かっていたかの様に椅子から立ち上がり従業員の方へと自分から歩いて行く。
エミルは向かってきた従業員と少し話をすると、星に向かってエミルが告げた。
「この後、キャラクター達のパレードがあるの。一番いい場所を予約してもらったから、今からその場所に案内してくれるって」
「……パレード?」
小首を傾げながら返した星はパレードという聞きなれない単語に戸惑っているように見えた。
しかし、そんな星の手を引いたエミルが「急がないと始まっちゃうわよ」と星を連れて従業員に付いていく。
従業員に付いていった先には地上から少し高い場所に用意された小部屋の様な施設へと通され、ふわふわのソファーの様な高級な椅子に座る。
隣に座ったエミルが「楽しみにしてていいわよ。ここのパレードは大人気だから」と耳元でささやくと、しばらく高級な椅子に腰掛けて待っていると遠くから歓声が上がる声が聞こえてきた。
星が遠くを見るとゆっくりと向かってくる光り輝く舞台が見えた。舞台には大量の電飾が付いており、様々な色に変わって暗くなった辺りを照らす。舞台の上ではキャラクターや人間達が活発に動き回り、移動する舞台の上からパレードを盛り上げている。
物語の様々なストーリーに基づいた舞台が音楽と共に目の前をゆっくりと通り過ぎて行く姿は、まさに絵本から飛び出した様に見え、暗闇の中で形を自在に変える電飾はまるで魔法の世界を覗いているようだった……。
その光景を星はキラキラと輝いた瞳で見つめていて、終始椅子から立ち上がったままでガラス越しから見える全ての光景を目に焼き付けるように瞬き一つしていない。
今の星にはどんなに声を掛けようと聞こえないだろう……自分の人生で初めての経験を数多く体験した星は、この瞬間も夢を見ていると錯覚するほどで、夢でもいいから少しでも長くこの夢を見ていたいと思っている。エミルもそれを察しているのか、パレードを見るのに集中している星に声を掛けるという野暮なことは決してしない。
パレードが終わるまで真剣そのもので見入っている星の横顔を見ていたエミルは優しい笑みを浮かべながら見つめていた。
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