再び部屋に沈黙の時間が流れ、再びエミルが口を開いた。
「もし良かったら、星がゲームの中であった事を私に教えてくれない?」
「いいですよ? でも、面白くはないですけど……」
てっきり断られると思っていたエミルは少し驚いた表情をしたが、すぐに星の顔を真剣に見つめて頷く。
星はエミルの熱い視線から目を逸らして話し始めた。
「私はエミルさん達と離れてから、あの赤いドラゴンの中に閉じ込められていました……実は、一度だけ犯人の人を追い詰めた事があるんです。その時にとどめを刺せれば、もっと早くにこっちに帰ってこれたのに私は……私には出来なかったんです」
俯いた星はバスローブをギュッと掴んで唇を噛んでだ。
星は赤いドラゴンの中で主犯だった男の眼前に剣を突き立てるまで追い詰めた。しかし、彼が悲鳴を上げた瞬間に剣を引いて躊躇してしまったのだ。
そのことが被害を拡大させた原因だと思っている星にとって、自分の失敗の責任をどう取るかが分からなくてそれが星の心を擦り減らしていた。
「それのせいで拘束されて、エクスカリバーも取られてしまって……モニターでみんなが戦ってるのを見て、大勢の人が消えていくのを見て私の中で今までに感じたことのない感情が湧き上がってきて、気が付いたら拘束を振り解いて持っていた剣で刺してしまいました。背中からぶすっと……私もその時に死ぬつもりで空から落ちたんです。だけど、エミルさんと前に会ったペガサスさんに助けられてしまって……死ねなかった…………でも、それを今は後悔しています。私はあの時死ぬはずで、死ななきゃいけなかったのに――私は……」
また呼吸が早くなってきた星を抱きしめて顔を胸に埋める。
「――大丈夫。落ち着いて……」
浅い呼吸を繰り返し息が苦しくなって意識が朦朧とする中で、エミルの着たバスローブから香る彼女の匂いに安心したように荒くなっていた息が次第に収まっていく。
少し落ち着きを取り戻した星の頭を優しく撫でながら、エミルがほっとした様子で息を吐いた。
エミルの胸から顔を放した星は彼女の方を見上げて不安そうな瞳を向けた。その瞳には涙が浮かんでいて目尻の方からは抑えきれなくなった涙が流れている。
「……ごめんなさい。私、また……どうしたらいいか分からなくなって……迷惑ばかり掛けてしまって……」
「大丈夫! 迷惑だなんて思った事なんて本当にないから!」
涙で潤んだ瞳で自分を見上げている星に、慌てた様子で叫んだエミルが星の身体を優しく抱きしめた。
「ごめんなさいね……本当は私達がやらなきゃいけなかったのに。あなたにだけ重圧を押し付ける事になってしまって……私の命があるのも星のおかげなんだから、そんなに気にされると私も辛くなってしまうわ」
「……でも私は――」
「――責任を感じて、私も辛くなってしまうわ……」
エミルは反論をしようとした星の話を遮って悲しそうな顔をしている。
星はエミルのその顔を見た瞬間、黙り込んでしまった。そんな星の手を引いてエミルがにっこりと笑う。
「まだお風呂の途中だったのを思い出したわ。星も体が冷えちゃったでしょ?」
「私は大丈夫です」
「まあまあ、そう言わずに」
エミルに手を引かれながら星は脱衣室に連れて行かれた。
脱衣室に行った二人は着ていたバスローブを脱いで浴室に戻る。
ゆっくりと浴槽に入ったエミルが星を手招きし、星も少し浮かない表情だったが導かれるままに浴槽に入った。
星がお湯の中に入ると同時に彼女の手を引いて自分の方へと引き寄せた。驚いた星はバランスを崩してエミルの胸に吸い込まれるように向かっていく。
星の頬にむにっとした弾力のある柔らかい感触が触れた直後、顔を真っ赤にして離れようとした星をエミルの細くしなやかな腕が包み込んで再び胸へと押し戻す。
「やっぱり星の体は小さくてすべすべしてて最高の抱き心地ね」
「ちょっ……苦しいです。放して下さい……」
「もう少しこのままでいさせて……こうして星の体を抱きしめてると安心する」
星の体を抱きしめたまま、エミルが目を閉じてそう呟く。
そんな彼女の様子に星も諦めたのか、大人しく身を任せた。
「……星はこんな小さい体で私達を守ってくれてたのね」
「…………」
表情を曇らせた星の脳裏には助けられなかった人達のことが浮かんでいた。今も病院のベッドの上で眠り続けている事件の被害者のことを考えると、自分がこんな生活をしていることが申し訳ないという気持ちが大きくなってしまうのは仕方ないだろう。
現実世界に戻ってきた星は、ゲーム世界に戻りたいとすら思えるくらい辛い日々を送っていた。しかし、いざ不自由のない生活をすると、自分のせいで不幸になった人達に申し訳ないと感じてしまい。彼女自身が幸せになることへの罪悪感があるのだ。
大きなお風呂に浸かって水面に浮かんだバラの花びらを指で突く。
エミルの膝の上に乗せられた星は突いた水面のバラの花びらが回りながら流れていくのを眺めていたが、その表情はどこか虚で魂の抜け殻のような感じだった。
そんな星の表情をガラス越しに見ていたエミルは、眉をひそめていた。本当は声を掛けなければならないのだろうが、エミルには星にどう話し掛けたらいいのか分からなかった。
星の心情を考えたら気安く気にするな。なんて言えない……星の小さな体を抱いた瞬間。あまりにか弱く、現実世界のエミルの力でも砕けてしまいそうで恐怖すら感じていた。しかし、今の星は体よりも心の方が砕ける寸前なのだろう。
現実世界で連日のように報道されているのはゲーム内監禁事件の被害に遭った人間の数と未だに昏睡状態の被害者家族の映像。
そして、現実世界に戻ってきたプレイヤーへの情報統制とネット掲示板に匿名で投稿された星と星の父親の悪評。
その全てが星へとヘイトが向くように仕向けられ、星の居場所を特定しようとする動きすらある。今はエミルの家の権力で抑えつけているが、いつそれが抑えきれなくなるか分からない。
星を悪者にしようとしている勢力が裏で暗躍しているのは明らかであり、その目的は星や彼女の父親に今回の事件の責任を押し付ける為だろう。
だが、本来なら小学生が起こせる規模の犯罪ではないのだが、強力なエクスカリバーの画像、優秀な科学者の父親がいるという情報操作に被害者を擁護する世論が味方して世間では、星は完全に悪役になってしまっているのは彼女を擁護してくれるはずだったゲーム世界からの帰還者を施設に閉じ込めて外界との情報端末を完全にシャットアウトしたのだ。
その結果、事件で被害者を擁護し加害者側の星を叩く過激派の声が大きくなってしまった。勿論、小学生にこれほど大きな事件を起こせるはずがないという冷静な意見を言う者達もいるのだが、その意見は被害者が辛い思いをしているのに加害者側の味方をするのかと過激派によって潰されてしまっている。
メディアを使って極端に被害者側に感情移入させていることもあり、加害者を少しでも擁護しようものなら袋叩きにされてしまうのだ。被害者擁護という大義名分がある以上、なにをしても許されると思ってしまうのが人間の闇なのだろう。エミルが星を自分の家の養子にして名字を変えさせ、外出も共にしているのは彼女の身の安全を考えてのことだ。
星の控えめな性格では強く言われると拒むことができない。事件のことで過呼吸を起こすくらいなのだから、もしも被害者を名乗る人物が接触してくればそれが嘘か真実かに関わらず言うことをなんでも聞いてしまうだろう。そうなれば、別の事件に巻き込まれるか最悪彼女の身に危険が及ぶ可能性が高い。
通う学校も一般の小学校を避けて富裕層の通う私立の学校にしたのも、富裕層の人間は個人ではなく一族で見る者が多いからである。
富裕層は刹那的な思考よりも対局を見て判断する。だからこそ、星がどんな人間かではなくどこの一族に属しているかの方が大事なのだ。
湯船に漬かりエミルの膝の上に座っていた星の首に腕を回すと彼女の耳元でエミルがささやく。
「――自分を責めないでと言っても、あなたは自分を責めると思う。だから、辛くなったら私に話してちょうだい……辛い気持ちも2人なら半分になるから……」
「……はい」
星が返事をして頷いたのを確認して、エミルは「絶対ね」と星の首に回した腕でギュッと彼女の体を出し寄せた。
エミルの柔らかい体に包まれながら星は安心した様子で瞼を閉じた。そんな星を抱きしめたまま、エミルも幸せを噛み締めるような瞼を閉じている。
小説家になろうをメインに活動しています。
私の作品を気に入ってなろうの方にもブックマーク頂けると励みになります。
小説家になろう
https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n6760cm/
読み終わったら、ポイントを付けましょう!