紅蓮達は重要な部分だけ聞いて、他の部屋の内装変更など、どうでもいい内容を聞き流すとNPCが最後に笑顔で聞き返す。
「この内容でお間違えなければ、確認を押して下さい」
デュランの方を横目で見る紅蓮に、デュランは無言で頷く。
紅蓮は目の前に表示されている確定を押した。その後、費用が表示される。それを上から見下ろすように覗き込んだ、メルディウスがその金額に目を見開き大きな声で叫ぶ。
「なっ! なんだって!! 3億ユール!? そんな大金持ってるわけねぇーだろうが!!」
「……3億ですか。了解しました」
だが、紅蓮は表情一つ変えずに銀行から直取引【YES】【NO】と表示された。場所を見つめている。
三億という一般人には途方もない金額に全く動じることなく、澄まし顔をしている紅蓮が、メルディウスは動揺を隠しきれない。
「ちょ、ちょっと待てよ! 紅蓮。どうしてそんな涼しい顔していられるんだ! 3億だぞ! 3億!! ……俺の銀行にもそんなにねぇーのによ……」
「……はい? それが何か?」
「何がじゃないだろ、バカ! 野宿でいい! いや、野宿がいい! そうだそうしよう! 不満のある奴は俺がぶっ倒せばいいしな……なっ、そうだろ? 紅蓮」
高額な代金に恐れをなしたのか、青い顔をしているメルディウスは腕を組むと、仕切りに頷いてそう隣にいる紅蓮に告げた。すると、そんなメルディウスを無視して紅蓮が【YES】の部分をポチッと押している。
もちろん。メルディウスはそれを見て「おおーい!」と声を上げた。その声はフロア全体に轟き、辺りの者達も一斉にメルディウス達の方を向く。
不快そうに紅蓮は眉をひそめて耳を押さえながら、彼の顔を細目で見ると。
「……うるさいです」
っと、迷惑だと言わんばかりに不機嫌そうに告げた。
しかし、こればかりはメルディウスも黙っていられない。資金を建て替える以上は、ギルマスとして言わなければならない。
「いや、何を表情一つ変えずにポチってんだよ! おかしいだろ!? 今の流れなら絶対に野宿を選択すんだろうが!!」
「……いえ。ギルドの預貯金とあなたの1億を足せば、払えない金額ではなかったですし。それに私の所持金は1ユールも減っていませんから」
「ああ、そうか! それもそうだな。俺の必死に貯めた全財産を足せば……ってなにぃぃぃぃッ!? 俺の1億を使ったあああああああッ!?」
大声で叫ぶメルディウスに、紅蓮は眉間にしわを寄せながらもう一度耳を押さえた。
その声に周りの人間が、一斉に3人の方を見た。その中で、紅蓮はかなり不機嫌そうに告げた。
「メルディウス、静かにして下さい。周りの迷惑になってます」
「いや、どうしてお前が俺の銀行の暗証番号知ってんだよ! てか、分かってても勝手に預貯金を引き出せないはずだろ!?」
彼の疑問も最もだ。フリーダムの金融システムは他のシステムよりも強固に設定されている。
十桁のパスワードの他に、本人の手の平をスキャンして認証を許可する必要がある。それはつまり、キルされれば光りとなって消滅するわけだから犯罪者ギルドでも銀行の預貯金を強奪するのは、ほぼほぼ不可能ということだ。しかし、それならばどうやって紅蓮はその強固なセキュリティーを突破したのか……。
紅蓮はそのメルディウスの質問に、終始冷静な口調で答える。
「メルディウスが寝ている時に、聞いたら教えてましたから。それを利用させてもらいました」
「利用するなよ! てか、俺はなんで寝てる時に答えてるんだ……だが待て! パスワードが分かっても俺が居ないと金は引き出せねぇー。それはどうやって――」
「――ああ、あまりに気持ち良さそうに眠っていたので、起きないだろうと白雪とデュランに頼んで銀行まで運んでもらいました」
言葉を遮ってそう答える紅蓮に、メルディウスは顔面蒼白でまるで魂の抜け殻の様になっている。
「――犯罪だぞそれは…………はぁ……俺の金がぁ~」
頭を抱えると、メルディウスはがっくりと肩を落として意気消沈している。項垂れているメルディウスの肩をデュランがポンと叩く。
メルディウスはゆっくりと顔を上げると、そこには微笑を浮かべいるデュランの姿があった。
「――君の1億ユールは無駄にしない。悪いね!」
「なっ、何貰った気になってやがる!! 返せよ!! 絶対に返せよ!? ぜってぇーだからなッ!!」
メルディウスは胸ぐらを掴み上げると、切実な瞳で訴えかけた。
薄っすらと涙を浮かべるメルディウスからデュランはスーッと目を逸らすと。
「善処するよ」
っと、哀れみの眼差しで呟いた。
ギルドホールを出ると、メルディウスはまるで魂が抜けたようにがっくりと肩を落としていた。
1人だけ、まるでお通夜の帰り道の様な状態になっている。
紅蓮はそんなメルディウスを見て、少し呆れながら言った。
「――そろそろ立ち直って下さい。ギルドマスターがそれだと、メンバーとして恥ずかしいです」
落ち込んでいる彼に抑揚のない声で紅蓮が話掛けた。
「いや、だってな! 俺達。千代を出てから金を使い過ぎじゃねぇーか? もううちのギルド破産するぞ?」
「……ああ、それなら心配いりません。さっきのお金は私とメルディウスのお金だけですから……」
「……えっ? でもさっき、ギルドの金だって……」
ぽかんとしているメルディウスに対して、視線を合わせずに紅蓮が言葉を返す。
「ああ、あれは嘘です。私達の問題に、ギルドのお金は使えませんから……」
「……紅蓮、お前。いくら持ってるんだ?」
紅蓮は少し間を空けると「ご想像にお任せします」とはぐらかすと、メルディウスは疑う様な眼差しを向けている。しかし、紅蓮は視線を逸らすだけでまともに取り合おうとしない。
だが、その後もじっと見つめてくるメルディウスに眉をひそめた紅蓮が告げる。
「……メルディウス。人の物は人の物です。それを詮索したところで、何も変わりませんよ?」
「いや、俺の金も消えたんだが……」
「…………」
無言のまま、更に目を逸らす紅蓮の額に冷汗が滲む。
紅蓮はメルディウスの追求から逃れるように、雲を取り出しその上に飛び乗った。
「ちょ! どこ行くんだ!」
「私は先に皆のところに戻ってます。ギルマスはゆっくりどうぞ」
普段より少し早口でそう言い放つと、雲に乗った紅蓮はみるみるうちに小さくなっていく。
残された2人は心の中で呟く『逃げたな』と……。
メルディウスとデュランが街の入口に着くと、そこには居たはずの小虎、白雪、デイビッドと戻っているはずの紅蓮が居ない。
ダークブレットのメンバー達の中でも、最も目立つ格好をしたカブトムシの様な重装備の男にメルディウスが尋ねる。
暇そうにしていた男は、自慢の巨大なランスを磨いきながら、そのカブトムシの様に尖った黒いヘルムの奥で光る瞳をメルディウスに向ける。
「わりぃー。ここに戻ってきたはずなんだが、銀髪でちっこい和服のと、黒髪のポニーテールの女と、茶髪のツンツンヘアーの子供と侍外国人はどこに行ったか分かるか?」
「ああ、彼等なら先程戻ってきた和服の少女と一緒に、なにやら打ち合わせに行くと、どこかに行きましたぞ?」
「――ったくあいつら。ジジイのところに行きやがったな……」
その話を聞いて、メルディウスは手で額を押さえた。間違いなく紅蓮達はエミルの城へと向かったのだろう。
何と言っても初対面の彼等がエミルの城を知っているわけもなく、その橋渡し役としていたのがデイビッドだった訳だから、彼が消えたということはつまりはそういうことなのだ――。
横に居たデュランが、何かを思い付いたようにメルディウスに告げた。
「せっかくだし。このまま狩りにでも行くかい? 君も少しでも、お金を返してもらった方がいいだろ?」
「おお! そうだな! 憂さ晴らしにもなって一石二鳥だぜ!」
二つ返事で了解したメルディウスは、コマンドの中のアイテム欄から『ベルセルク』を取り出すと、横の装備欄の人形に装備させ、目の前に現れた愛剣を肩に担いだ。
その隣でデュランも『イザナギの剣』を取り出すと、何かを企んでいるようのか不敵な笑みを浮かべた。
デュランはダークブレットのメンバー達の前に立つと、手に持った薙刀のような『イザナギの剣』を天に掲げて叫ぶ。
「皆聞け! 今日はちゃんとした宿に泊まれる! けど、それにはさ。お金が必要なんだよね……そこで、これから狩りに行こうと思う! 野宿したくない者は付いて来い!!」
『おぉー!!』
大きな声がそこら中で上がり、それと同時に皆が天に向かって拳を振り上げている。
数日に及ぶ簡易テント暮らしが、相当堪えているのだろう。その場にいる者の、その瞳からは並々ならぬ意気込みと威圧感を感じる。
身を翻し逸早く召喚した馬に跨がろうとしたデュランに、メルディウスが小声で声を掛けた。
「お前ってよ。普段適当なのに、こういう時はしっかりするのな」
「ふっ、僕はいつでも適当だよ。ただ、別の人間を演じるのに慣れているだけさ……」
「は? 別の人間……?」
首を傾げるメルディウスを尻目に、デュランは召喚した馬に跨った。
その後、馬の鼻先をダークブレットのメンバーに向けると、もう一度大きく叫ぶ。
「さあ、行こう! 目指すは始まりの街付近で、最もモンスターレベルの高いゴーレムの溜まり場【グレイ鉱山跡地】に行く。ゴーレム種は防御力が高い上に攻撃力も高い。それだけリスクはあるが、報酬も大きい。それに、この数なら容易に押し通れる! 皆、馬に乗れ。乱獲をしにいくぞ!」
『おぉー!!』
デュランの号令の後、地響きが起こる程に兵士達は叫ぶ。
その後、皆武器を手に馬に跳び乗ると、先頭を行くデュランとメルディウスの後ろを、土煙を上げながら千騎以上の騎馬隊が【グレイ鉱山跡地】へと向かって駆け出していった。
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