オンライン・メモリーズ

~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~
北条氏成
北条氏成

内気な影2

公開日時: 2021年2月5日(金) 00:00
文字数:3,030

今も店内の商品を見ていても、どうしても地味で目立たない洋服を探してしまう自分がいて自己嫌悪で更に憂鬱な気分になる。そんな星を尻目に、店内を駆け回る勢いで服を物色しているミレイニ。


ミレイニは胸元に白い花の飾りの付いた水色のワンピースを手に試着室に入っていく。

着替え終えると、ミレイニの頭のカチューシャが服に合わせて水色のリボンに変わっていた。


「ほらほら、エリエどうだし?」


エリエを呼びダブルピースであざといポーズを取りながら上目遣いに感想を求めた。


そんなミレイニの様子を見て、エリエは興味なさそうに。


「ああ、かわいいかわいい」


っと告げると、星の服を見立て続けていた。


しかし、ミレイニももう慣れたもので、すぐに頭の上のリボンを外す。


「もっと褒めてほしいし! ほら、もう一回見てほしいし!」


ミレイニはコマンドを操作して頭の上のリボンを猫耳に付け替えて、今度は猫の様なポーズを取る。


だが、エリエの反応は全く変わらない。いや、最初よりおざなりになったかもしれない。

不服そうに頬を膨らませ、ミレイニは顔を真っ赤に染めて、エリエを指差して宣言する。


「なら、エリエ! どっちが私に合う服を選べるか勝負だし!」

「……どうして、あんた限定なのよ」

「ふふ~ん。そんな事言って、私と勝負して勝てる自信がないんだし~?」


ミレイニのその言葉がカチーンと来たのか。


「いいわよ。やってやろうじゃないの! 負けたら一週間お菓子抜きだからね!」


っとエリエが叫ぶと、不敵な笑みを浮かべている。


それに負けじと、ミレイニも口元に笑みを浮かべると。


「別にいいし。なら、私が勝ったらエリエは一日。私専用の奴隷だし!」

「いいわよ~。それなら、私が勝ったらあんたは一日私の犬だからね!」

「受けて立つし!」


2人は激しく火花を散らしながら、それぞれ店の中に散っていく。忙しなく服を選ぶエミルとミレイニは争っているはずなのに何故か楽しそうだ。


それを見て、星が呆れながらため息を漏らしていると、その後ろからエミルがひょっこりと顔を出す。


後ろから星の両肩に手を乗せ、エミルが微笑みながら尋ねた。


「どう? なにか良さそうな服は見つかった? 星ちゃん」

「……いえ。っというか、前に買ってもらったのが気に入ってて、体にも馴染んできてるので……それに、いい服はたくさんあるけど、私に似合う服が少ないと言うか何と言うか……」


なんとかこの場を切り抜けたい星は、必死に体裁を取り繕う言葉を考えていた。


その言葉にエミルはにっこりと満面の笑みで答える。


「そうね。とりあえず、片っ端から試着して決めましょうか!」

「………………えっ!?」


一瞬、頭の中が真っ白になって、驚きながら目を丸くさせる。

後ろに立っているイシェルに、エミルが星に似合いそうな服を持ってくる様に言った。


『このままでは着せ替え人形にされかねない』


そう考えた星は慌てて店内を見渡し、手頃な地味で目立たない服を探す。

すると、丁度良さそうな物が視界に飛び込んできて、慌ててそれを指差し声を上げた。


「決まりました! あれとあれにします!!」


エミルは星の指差した服とズボンを手にして、複雑そうに眉をひそめている。

それもそのはずだ。星の選んだ服は無地の黒のトレーナーに同じく無地の黒のズボンと言う。まさに、地味を絵に描いた様なものだったのだ。


星の手に持っている服を見て、困惑しながら「本当にこれでいいの?」と聞き返すエミル。


そんなエミルから服とズボンを受け取ると、星は更衣室へと駆けていった。更衣室のカーテンを閉めると、なんとも言えない安心感に包まれていた。


1人でいてこんなに心地がいいと思えたことが、今まで生きてきてあっただろうか。

いつもならレイニールが頭の上か周りを飛び回っているはずなのだが、何故か今朝から姿を見せない。


文字通り、本当に1人になったのは物凄く久しぶりな気がする。


着ている服を脱いで、持ってきた服に袖に通す。

黒い服に身を包んでいると、まるで影になったような感覚になる。いっそこのまま誰の目にも映らなければ、どんなに楽だろうか……。


スカートを脱いでズボンをはくと、鏡に映し出される。その姿はとても質素で、とても個性と言えるものはない。皆無と言ってもいいほどに……しかし、自分の姿がとても自分らしく思えた。


この世界に来てからというもの、自分の意志とは関係なく可愛い格好をさせられることが多かった。だが、それを一度たりとも自分らしいとか、似合っていると思ったことはない。


星は俯き加減に表情を曇らせると、もう一度鏡に映った自分を見た。


「……目立つ服は目立つ子が着ればいい。私は地味で目立たないのが合ってるんだ……」


小さく、でも自分に言い聞かせるように呟くとカーテンを開けた。


更衣室の前には、エミルが突然出てきた星に驚きながらも、その姿を見て苦笑いを浮かべている。

両手を胸の前で合わせ「まあ、素材を活かす感じがいいわね」と苦しい褒め言葉を告げたエミルとは対称的に、イシェルは笑いを堪えられずに吹き出す。


「あはははっ! あかん! それはあかん!」

「ちょっとイシェ! 笑ったら可哀想でしょ!」

「そやかて、黒に黒を合わせたら黒子にしか見えひんよ~」


口を押さえながら、なおも笑いをなんとか堪えているイシェル。


だが、笑われたということによる羞恥心から、顔を耳まで真っ赤に染めて震えながら俯いている星をエミルが慰める。


「だ、大丈夫! ちょっと選ぶのに時間がなかっただけ。今度は上手くいくわよ!」

「……もういいです」


そう言って更衣室に戻ってカーテンを閉め始めたその時、突如それを遮る様に手が入り込んできた。


無理やり閉めようとする星の手を跳ね除け、閉めかかっていたカーテンが強引に開かれた。だが、そこに居たのはエミルではなく……。


「そないな格好で納得でけへん! なら、うちに任せてーな! 最高に可愛くして上げるさかい!!」

「えぇ……」


イシェルはそう力強く答えると、決意に満ちた表情で手をぎゅっと握り締めると。


「最高にかいらしい大和撫子にしてあげるわ!」


っと、今度は自信満々に親指を立てた。


星は突然のイシェルの変貌ぶりに動揺しながらも、頭をブンブンと横に振ってそれを拒否する。


それもそのはずだ。星としてはこれで洋服を買うということを中止にしたかった。いや、流れ的にできそうになっていたはずだった。

それにも関わらず、さっきまで笑い声を抑えていたイシェルが急にやる気になるなんて想定の範囲外のことで、この状況下では要らぬお世話な訳だ。


(……このままじゃ、また着替えさせられる! こうなったら……)


星は一瞬の隙を突いて更衣室を飛び出すと、店の出口に向かって全力で走った。


その直後、イシェルの目の前を通過しようとした星の肩を掴む。


「――逃げてもええけど……うちとエミルの楽しみを奪ったゆうんで、後で死んだ方がえかったと思えるくらい。きつーいおしおきが待っとるよ。そんでも逃げるん?」


耳元で低く狂気を含んだ声音でささやかれ、星は思わず動けなくなった。

全身から冷や汗が吹き出す感じと、背筋を走る悪寒がいっぺんに押し寄せる。


星が恐怖に負け、無言のまま頷くと「うんうん。ええ子や~」と頭を撫でられ、更衣室の中に戻されてしまう。


カーテンを閉められ、さっきの言葉を思い出す。


さっき彼女の「うちとエミルの」と言う言葉が星には一瞬で理解した。

イシェルという人物の中には、自分とエミルのことしかないのだ。そこには星のことなど微塵もないのだと……。

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