朝食のビュッフェが行われている場所に着くと、すでに多くの人で賑わっていた。星とエミルも座る場所を探して椅子に座ると、先にエミルが料理を取りに行って彼女が戻ってくる。
たくさん皿の上に乗せていた料理の数々を見て、星の胸も期待に膨らんでいった。
「人がたくさんいるから、気を付けて行ってきなさいね」
っとエミルが星に言うと、星も短く「はい」と返事をしてビュッフェの列の最後尾に向かって歩いて行った。
列の最後尾に皿を持って並んだ星は、少しずつ前に進む人の中で緊張していた。
もちろん。星はこんな人込みの中で食事を取るのは初めてで緊張しているのもあるが、それ以上に列に並んでいた殆どが親子で楽しく会話しながら順番を待っていることだ。
前後を親子に挟まれ、母親や九條を思い出して少し複雑な気持ちになりながらも、自分の番がくるのを待った。
やっと星の番がきて様々な大皿の上に置かれた料理の中、キャラクターをモチーフにしたものなどもあって、その中で食べたい物を好きなだけ皿の上に乗せるとエミルの待っているテーブルへと急いで戻った。
テーブルに戻るとエミルは料理に手を付けることなく待っていて、星が戻ってくるのを見て微笑みを浮かべている。
持ってきた皿をテーブルの上に置いた星はエミルと向かい合うように椅子に座ると、互いに持ってきた料理を見せ合いながら楽しく会話しながら朝食を取った。
朝食を終えた星とエミルは人込みに少し疲れたのか、部屋へと戻ると執事の小林にココアを作ってもらって休憩してからホテルの近くに隣接している昨日も遊んだ遊園地へと向かう。
遊園地の敷地内に入ると、昨日も行ったクマのキャラクターがハチミツを取りに行くまでの物語をハチミツを入れる瓶の形をした乗り物で回るアトラクションに乗ってから、遊園地の入り口に戻って端から順番にアトラクションを回ろうという話をエミルとしていると、どこからか『愛海』とエミルの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
声の聞こえた方向にはエミルと同じ水色の髪に帽子を被り、スーツを着ている英国紳士の様な男性が立っていた。
星はエミルの方を見上げると、彼女は眉をひそめて複雑そうな顔をしている。そんなエミルに星も目の前に現れた英国紳士風の男性を不安そうな表情で見つめた。
男性はエミル達にゆっくりと近付いてくるとにっこりと笑顔を見せる。
「やあ、こんな場所で会うなんて奇遇じゃないか! でもまあ、愛海くらいの年齢の女の子はこういう場所にきて遊ぶのは当然か……おや? そちらのお嬢さんは初めて会うね。こんにちは、愛海の叔父のアレックスだ」
「……こ、こんにちは」
突然フレンドリーに話し掛けてきた彼に戸惑いながらも、目の前に差し出された手を握って挨拶をする。
星の小さな手を優しく握り返した男性は満足そうに微笑みを浮かべた。そんな2人を見つめながら、エミルもほっとした様子で胸を撫で下ろしていた。
アレックスを名乗る男性は星との握手を終えると、エミルの方を向いて笑顔で言った。
「私も一緒に同行していいかな?」
「ええ、構いませんよ。星ちゃんもいいでしょ?」
「は、はい……」
エミルにそう言われ、星は少し困惑しながらも小さく頷いた。
もちろん。エミルは星の性格を分かった上で言っている。星は押せばすぐに引いて受け入れてくれるし、その後に機嫌が悪くなることもない。本当はそんな性格を治してほしいと思っているエミルだったが、今回ばかりはそんな星の性格に感謝せざるを得なかった。
50代後半の男性アレックスを引き連れて星とエミルは遊園地内を歩いていると、完全に親子とと言った感じで周囲からは見られているのだろう。
星も心なしか、昨日歩いていた時よりも男性の視線がこちらに向かない感じを受ける。列の順番を飛ばしてアトラクションに入る時も、英国紳士風の男性のアレックスがいると、周りの視線が気にならなくなる気がしていた。
昨日はあまり速度の出ない乗り物のアトラクションを選んだが、今回はスピードの速い系のアトラクションを選んだ。理由はアレックスの存在だ――星とエミルならメルヘン的なアトラクションでもいいが、どうしても50代後半のアレックスと一緒ではそうもいかないだろう。彼がどんなに「大丈夫」と言ったとしても、それを真に受けて自分の乗りたいアトラクションを選ぶ星ではない。
星が絶叫系のアトラクションに乗りたいと言った時には、さすがのエミルも驚いて「大丈夫!?」と声を上げたが星が笑顔で頷くと、エミルも渋々了承した。
アトラクション自体は宇宙をイメージした物で、宇宙の中を飛行船を模した乗り物で走り抜く感じだ――。
施設の中に入ると暗い部屋に光るゲートが置かれていて、そのゲートの先には数人乗りの乗り物がある。
(どうして、乗り物系のアトラクションは薄暗い場所ばかりなんだろう……ちょっと怖い……)
星はそう思いながら、早くなる心臓の鼓動を抑える様に胸の前で手合わせた。正直、星自身も絶叫系のアトラクションが得意だとは思っていない。
それもそうだ。星は父親がいなく母親も忙しいことで車はおろか、乗り物に乗る機会が殆どなかった。そんな星に乗り物に対しての態勢があるはずもなく、乗ってきた黒塗りの高級車でも新鮮な感覚を受けていたのに、突然絶叫系のアトラクションに乗るのは本当ならば相当に敷居が高い。
内心では恐怖を覚えながらもそれを表に出さないように平静を装いながら、乗り物に乗り込むと体をがっしりと固定された。その瞬間、星はこのアトラクションに乗ったことをいまさらながらに後悔していた……。
星の体を安全バーががっしりとホールドすると、ゆっくりと動き出す。星を乗せて徐々に加速していく乗り物と目まぐるしく変わる景色を楽しむ余裕などなく、トップスピードで駆け抜ける中で今にも乗り物から放り出されそうな重量に星はただただ早く終わってほしいと願うばかりだった。
乗り物が最初の場所に戻ってきた頃には星は放心状態で先に降りたエミルに手を引かれてなんとか降りることができるくらいに消耗していた。地面に降りても、まだ体が左右に揺れている感覚に襲われる。正直、ゲーム世界でレイニールに乗ったりしていなかったら失神していてもおかしくなかったかもしれない。
真っ青になった星を心配した様子でエミルが星に寄り添って外にある一番近いベンチへ連れていく。
ベンチに凭れ掛かったまま、星が具合が悪そうにゆっくりと呼吸しているのを見て、エミルは近くの自販機に水を買いにいく。
その場に残されたアレックスは星の座っているベンチの隣に座ると、スッと星の背中に手を滑り込ませて前屈みにさせて優しく背中をさすった。
「大丈夫かい? 私が居るからって気を使って合わせてくれる必要はないよ……」
「――どうして?」
星が驚いた様子で告げると、アレックスは笑顔を浮かべながら言った。
「まあ、人生経験の差かな。私もいろいろな人と付き合ってきたからね。だいたいは相手が考えている事は分かるつもりだよ」
「なるほど……」
「……なんてね。ただの勘なんだけどね!」
星が納得して頷いた直後、アレックスが笑いながら言った。
星はおどけて見せたアレックスを横目に調子が悪そうに俯く。しかし、星はアレックスのことを怪しいと思っていた。
エミルの知り合いである為悪い人ではないと思うのだが、アレックスがなにか普通の人ではないオーラ的なのを感じる。まあ、エミルがお嬢様なのだから当然その知り合いである彼が普通であるはずがないのだが、そうでなくとも普通とはちょっと違う特別な感覚……それは星が今まで人間観察してきたから分かることだった。
少ししてエミルが人数分の飲み物を抱えて歩いてきた。それを見たアレックスがベンチから立ってエミルの元に駆け寄ると、彼女の持っていた飲み物を持ってあげる。
戻ってきたエミルがアレックスから水の入ったペットボトルを受け取り、それを俯き加減にベンチに腰掛けている星に渡した。
「大丈夫? 今日はもう返って休んだ方がいいんじゃない?」
「いえ、せっかく入ったので……もう少しここで休めば良くなります」
「……そう? 無理そうなら早めに言うのよ?」
そんな2人のやり取りを見ていたアレックスは優しい微笑みを浮かべていた。
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