デイビッドは大群の中、無差別に敵を斬り伏しながら進んで行く。辺りには戦闘で剣のぶつかり合う金属音と悲鳴だけが響いていた……。
手に握り締めた刀で、まるで鬼神の如く敵を次々に薙ぎ倒していくデイビッド。
「うおおおおおおッ!!」
刀を振り下ろすと同時に、防具や武器に刃が当たり火花を散らす。
彼の固有スキル『背水の陣』の攻撃力に物を言わせたその情け容赦のない攻撃に、みるみるうちに敵の数が減っていく。
当然だ。今のデイビッドは固有スキルで攻撃力がMAXまで高められ、本当に撫でるだけで一撃でドラゴンすら撃破できるほどの攻撃力を持っている。
目の前から弓を撃とうものなら直ぐ様、トレジャーアイテム『炎霊刀 正宗』の武器スキル『アマテラス』が敵を呑み込む。
まさに無双という動きを見せるデイビッドだったが、感情的に暴れ回るデイビッドの勢いがいつまでも続くはずもなく、次第にその破竹の勢いも弱まっていった――。
「はぁ……はぁ……だいぶ、数を減らせたか……ぐッ!」
デイビッドが目の前の敵に鋭い視線を向けていると、背後から数本の矢が右腕を捉え、堪らず持っていた刀を落とした。
「仲間の仇だ!」「消え失せろ!」「今まで良くもやってくれたな!」「終わったな。侍野郎!」
辺りの兵士達が叫び声を上げた直後、デイビッドの左右と背後から鎧の隙間から剣が突き刺さる。
「……な……に……」
デイビッドはそのまま、前方に崩れるように倒れた。
(……エリエ。すまん……)
体を貫かれる痛みと今まで蓄積した疲労で意識が遠退いていく中、悲しむエリエの顔が浮かぶ。
そんなデイビッドの瞳に、勝ち誇った表情の女の姿が飛び込んできた。
女は地面に落ちている刀を拾い上げると、ニンマリと笑みを浮かべている。
「やはりトレジャーアイテム。いい刀だ……これを持っていけば烈也も喜ぶ。……そしたら、うふふふ」
そう小さく呟くと、だらしない顔で笑みをこぼしている。
そして、すぐに険しい表情に戻すと女は大声で辺りの者に叫ぶ。
「絶対にこの男を殺すな! 何としてもこの武器をあたし等の物にするんだ!!」
その声にデイビッドを捕らえるように周りの者達に指示を出すと、安全の為なのか、重鎧の男達が両側から挟むようにして両腕を持ってデイビッドを立たせ、その首筋に短刀を突き付ける。
「この装備を渡せ……」
「……へっ、嫌だね。それにその刀は預かり物なんだ。たとえ殺されても渡すもんか……」
(――そうさ。それは星ちゃんから預かった大切な物なんだ。俺は……こんなところで負けるわけにはいかない!!)
デイビッドは決意を新たにすると、一度は力が抜けた拳に再び力を込める――。
急に暴れ出すデイビッドに、その腕を掴んでいた兵士達が怯んだ咄嗟に左右の兵士の手がデイビッドから離れた。
「うおおおおおおおおおおおッ!!」
体中に電気が流れているかのような激痛に耐え、雄叫びを上げたデイビッドが両腕を掴んでいる男達を振り払って女から刀を奪い取る。
その刹那、女が持っていた短刀を素早く振った。
「――くッ!!」
デイビッドは素早く距離を取ると、右腕で刀を構える。
なんとか刀を奪い取ることには成功したものの、その代償はあまりに大きかった。
何故なら……。
「はぁ……はぁ……はぁ……くそっ、左腕を持っていかれた……」
そう。あの一瞬に振り抜かれた女の短刀に、デイビッドの左腕の肘より下を斬り落とされてしまっていたのだ。
その激痛により、デイビッドは顔から滝の様な汗を流し、険しい表情で目の前の女を見据える。
現実世界で腕を斬られれば、間違いなく出血多量で死に至る。だが、フリーダムには負傷はあっても出血はありえない。
つまり、腕を斬り落とされればHPの減少が継続し。苦痛を伴うだけでモンスター戦ならともかく、プレイヤー同士の戦闘ではさほど大したことはないのだ。
っとは言え、苦痛が伴う手前。俊敏性は著しく低下する。すると、口元にニヤリと笑みを浮かべた女の声が辺りに響く。
「周りから囲み込んで一網打尽にしな! 刀を持ったとしても奴はもうダメだ。恐れることなんてないよ!」
「了解です。姉御!」
「わるあがきを……観念しろ!」
デイビッドを取り囲むようにしていた敵が、武器の先を向け、じわりじわりと距離を詰めより迫ってくる。
それを見ながら、デイビッドは考えを巡らせる。
(あくまでも俺を捕まえるつもりか……このままアマテラスで蹴散らすか? それとも、ちまちま戦ってここに敵を釘付けにして少しでも時間を稼ぐか?)
デイビッドはそんなことを考えながら、自分のなくなった左腕に目を落とす。
その肘から下のない斬り落とされた左腕を見て、デイビッドは微笑を浮かべる。
「……そうだな。もう俺に戦うだけの力はない……なら、取るべき道は一つ! 薙ぎ払え。アマテラス!!」
刀を振ると、赤黒い炎が前方の敵を呑み込む。
彼は捕まるよりも、一人でも多くの敵を道連れにすることを選んだのだ――。
女は咄嗟に横に居た男を盾にして防ぐと、固有スキル『神速』のスピードを活かして、一気にデイビッドに迫った。
「この! その首、叩き落としてやる!!」
瞬時に左側に跳んで攻撃してきた女に、左腕のないデイビッドの反応が一瞬だけ遅れる。
「もらったー!!」
「くそっ! 間に合わな――」
「――いえ、良いタイミングです」
その声の直後、デイビッドの目の前で火花が散った。
すると、デイビッドの隣に鎖刀を持った着物姿の黒髪を後ろで束ねた少女が現れる。
その鎖刀の刃が短刀を受け止め、女の腕には鎖が巻き付いている。
女は後ちょっとというところを邪魔され、頭の血管が浮き出すほどに怒り心頭している様子だが、鎖の掛かった右腕を引き抜くことができず、鎖刀を握っている少女は口元に微かな笑みを浮かべていた。
デイビッドは驚きながらも、その少女に声を掛ける。
「……き、君は?」
「――私は敵ではありません……が、お喋りは後にして下さい……紅蓮様!!」
少女が突如、夜空に向かって大声で叫ぶ。
それとほぼ同時に、上空から無数のナイフが敵の大群目掛け降り注ぐ。
その予期せぬ攻撃によって為す術もなく、敵が次々と悲鳴を上げて倒れていく。
デイビッドの目の前に着物を羽織った。銀髪に真紅の瞳の小学生くらいの女の子が降りてきた。
ふわりと地面に着地した女の子の肌は雪の様に白く、そのか細い腕でしっかりとはだけそうになっている着物を押さえていた。
月夜に煌めく銀色の髪に、白くきめ細かい肌がまるで雪女の化身ではないかとまで錯覚させるほどだ。
目の前に倒れるナイフが刺さった無数の敵を見つめ、デイビッドが目を丸くさせている。
「なっ、何が起こったんだ?」
「はぁ~。どうして男の人は、こうも無謀なのでしょう……」
驚くデイビッドを一瞬だけ横目に俯き加減でためため息を漏らすと、銀髪の女の子が振り返った。
「あなたがマスターの友人ですか?」
「えっ? マスター?」
「…………いえ、もういいです。黙ってください」
小首を傾げ自分から尋ねておきながら、そう吐き捨てて前を向き直る女の子に。
「えっ!? もういいの!?」
っとデイビッドが声を上げる。
女の子は羽織った着物を着直して、コマンドから白い長刀を取り出すと、鞘の紐を肩に掛け背負った。
その直後、刀から伸びる鎖で右腕を拘束されている女が笑い声を上げる。
「はははっ! たった2人の援軍くらいで図に乗るんじゃないよ! あたしの欲しいのはその刀だ……男ならともかく。女なんかに興味はないんだよ! 呑み込んじまいな。イザナミ!!」
「なっ!? 地面から水が!?」
少女は咄嗟に後ろに跳んだが、それを追うようにして波が少女に迫る――。
「そうはさせません!」
女の子は自分の身長ほどもある金の装飾が施された真っ白な長刀を引き抜く抜くと、その波に向かって振り下ろす。
「……凍て付かせなさい小豆長光! 氷無永麗殺!!」
女の子そう叫ぶと、刀身から氷の結晶が吹雪のように吹き荒れて、凄まじい勢いで辺りに広がっていく。
直後。向かってきていた水の波が凍り始め、次第に地面へとその余波が侵食していくと、周りにいた敵の殆どが氷の中に閉じ込められた。それはまるで、氷上の平原に氷でできたオブジェの様だ――。
「そんな……バカな……こんなはず――」
そう言い残し、女も氷漬けになった。
着物に短刀を手にしたその姿はまるで、氷のショーケースの中に入った日本人形の様だ。
一瞬にして大将と多くの味方を失った敵の軍団は、仲間を置き去りにそそくさと撤退を始める。
その様子を見ていた女の子と少女が持っていた刀を鞘に収め、静かに口を開く。
「そろそろバロン様が来る頃ですか? 紅蓮様」
「ええ、そのはずですが……まあ、何と言ってもバロンですから……」
「ああ……」
眉をひそめながらため息混じりに納得したように頷いている2人を見て、状況を全く飲み込めていないデイビッドが彼女達に声を掛けた。
「そのバロンって誰ですか?」
「……すぐに分かると思いますよ」
遠くを見つめ指差す女の子に、デイビッドは首を傾げながら同じ方向を見つめる。
そこには何やら黒く蠢く何かが見えた。目を細め、それを凝視したデイビッドが驚いて声を上げた。
「おい。あれって敵の増援じゃないのか!?」
まるで黒い津波の様に、黒馬に跨り黒い西洋風の甲冑を来た兵士達がひしめき合い、土煙を上げながら物凄い勢いで向かってくる。
驚き目を見開いているデイビッドを余所に、2人は小さく息を吐いた。
その後、少女が静かに口を開く。
「安心してください。あれはこちらの援軍です。マスター様の作戦で、敵軍の後方に味方を配置していたのです」
「だが、あんな大群をいつ……? 君達は何者なんだ!?」
口元に微かに笑みを浮かべ、女の子がその質問に答える。
「私達はテスターですよ。私も、あそこの彼もオリジナルスキル持ちです」
「なっ、なんだって!? じゃ、じゃー君達がマスターが以前作ったっていうギルドの!?」
「はい。私達はそのメンバーです」
それを聞いたデイビッドの表情は一変した。
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