エミルは2人から事の事情を聞いて、どうしてこうなったのか理解すると、ゆっくりと頷いた。
その間、星とレイニールは隣り合わせに座り。2人とも反省した様子で、向かい側で腕を組んだまま険しい表情を浮かべているエミルの様子を窺っていた。
「――なるほどね。星ちゃんはレイニールちゃんが卵を食べたら共食いになると思ってて……。レイニールちゃんは星ちゃんが卵焼きを独り占めしようと思った……っと」
「「……はい」」
何故かレイニールは人間状態になっていて、俯きながら自分の手を見つめている。
星も同様に俯きながら膝の上に置いた自分の手に視線を向けていた。
その時、イシェルがカップを持って歩いてきた。
「まあまあ、ええやん。2人共ココアでも飲んで仲ようしいや~。エミルは紅茶でええか?」
「ええ、ありがとう頂くわ。事情は把握したけど、それにしても……どうして、星ちゃんは卵焼きを作ろうと思ったの? 共食いになると分かっていたなら。この問題が起こる以前に、ここに卵焼きがあるのはおかしいと思うのだけど……」
「「それは……」」
エミルにそう尋ねられ、2人は同時にイシェルを見た。
上機嫌で紅茶を入れているイシェルを見つめ、大きく息を吐いた。
「――ああ、なるほどね。イシェが作ってそれが原因で2人が……って。元凶はお前かッ!!」
エミルがそう叫ぶと、首謀者であるイシェル本人は「えっ? なんのこと?」と素知らぬ顔で微笑んだ。
頭を押さえてエミルは大きなため息をつくと、星とレイニールの方を向いて頭を下げた。
「ごめんね。この子ちょっと抜けてて、でも悪気があった訳じゃないと思うから、2人とも許してあげて」
けろっとしているイシェルの代わりに謝罪するエミルに、2人はバツが悪そうにお互いに顔を見合わせると謝った。
その後、互いに微笑み合う2人を見てから、エミルは徐ろに席に立つと「エリー達を起こしてくるわ」と言い残して部屋を出て行った。
「それじゃ~。皆が来ないうちに卵焼きとやらを頂くのじゃ!!」
レイニールがテーブルに置かれた卵焼きに手を伸ばすと、今度はイシェルが「こらっ!」と伸ばしていたレイニールの手を叩いた。
眉を吊り上げたイシェルが指を立てて。
「お手てでなんてはしたないわよ? めっ!」
「ならスプーンで!」
レイニールは嬉しそうにスプーンを手に握り締めると、卵焼きへと一目散に飛びついた。
その直後、イシェルが卵焼きを取り返す。
「エミルも来たことやし、皆が来るまでおあずけや。後で皆が来てから食べようなぁ~」
「あっ……あう~」
瞳を潤ませながら悔しそうに唇を噛んでいるレイニールをよそに、イシェルは卵焼きを持っていってしまった。
レイニールは悲しそうに潤んだ瞳で手を伸ばすと、徐々に遠ざかっていくその後姿を見つめている。
そんなレイニールに星が心配して声を掛けた。
「ごめんね。私のせいで食べれなくなって……後で私の分も食べていいから……」
「うぅ……うわ~ん。あるじ~」
レイニールは泣きながら星に抱きついてくる。そんなレイニールの頭を星は優しく撫でていると、カレンが大あくびをして部屋の中に入ってきた。
カレンは笑みを浮かべながら星に近付いてくる。
「あっ、カレンさん。おはようございます」
「おぉ~、星ちゃん。朝からお姉さんぶりを発揮してるね!」
「えっ!? いや、そんなんじゃないです」
その言葉を聞いて、星は顔を真っ赤にして両手をブンブンと振って否定しながら答えた。
カレンはにやにやしながら「またまたー」と言って茶化すと、その時、レイニールがニヤリと不敵な笑みを浮かべると、カレンの方を向いて叫んだ。
「ふふふっ……おぬしの卵焼きも我輩の物じゃ!」
カレンはその言葉に驚き「なんで!?」と仰け反っている。
そんなカレンに向かって、レイニールがビシッと人差し指を差しながら「主の事をばかにしたバツなのじゃ!」と偉そうに言い放つ。
「だいたい、君は昨日お風呂に居た子だろ。どうして親しくもない子にそんな事を――」
見慣れないツインテール姿のレイニールの言葉に反論しようとしたカレンの元に、星が慌てて駆けていくと耳元でささやいた。
「――ごめんなさい。今日は私のせいでレイ機嫌悪いんです今度必ずお返ししますから、今日はあの子に譲ってあげて下さい」
「まあ……星ちゃんがそういうなら仕方ない。俺も女だ我慢するさ」
星はカレンに本当に申し訳なさそうに頭を下げると、それを見たカレンは渋々レイニールの方に向かって頷く。
「分かった。俺の卵焼きは君の物だ、好きにすればいい」
「やった~!」
「良かったね。レイ」
嬉しそうに飛び跳ねているレイニールに、星は優しい声でそう言って微笑んだ。すると、キッチンからイシェルが大皿いっぱいに卵焼きを作って持ってきた。
それはイシェルの細い腕では到底持てそうもない大きさなのだが、ゲーム内の筋力をサポートする機能が働いているのか、本人は涼しい顔をして持っている。
「お話は済んだようやね。卵焼きたくさん焼いたから好きなだけ食べてええからな~」
イシェルは3人に向かってにっこりと微笑むと、あんぐりと開けたカレンが声を掛けた。
「イシェルさん……話聞いてましたよね?」
「うん。しっかり聞こえとったよ」
まったく動揺することなく、平然と言葉を返したイシェルにカレンが追求する。
「もっと早くに出てこれました……よね?」
イシェルは視線を上に向け、少し考える素振りをした。
「まあ、そうやねぇ~。でも……」
「……でも?」
イシェルは急に恥ずかしそうにもじもじと体を動かし。
「うちに、人の話の腰を折るようなことなんかできひんよ」
っと、少し頬を赤らめながら、持っていた大皿をテーブルの上に置いた。
そしてその様子を見ていたカレンの頭に『この人、天然とかそういうんじゃなく。わざとやってるんじゃないだろうか……』という疑問が浮かび、カレンはイシェルを目を細めて訝しげに見つめた。
その後、エミル達が部屋に入って来て、テーブルを囲んで朝食を取り始める。
朝食のメニューは日本食っという感じで、ブリの照り焼き的な物とお味噌汁、卵焼き後サラダのような物が並べられている。
まあ、ブリがこの世界で取れるなんて話は聞いたことがないので、代わりの何かの魚なのだろうが……いや、魚かどうかも怪しい。
だがいつの間にかレイニールが小さなドラゴンの姿に戻っているのは、少しでも多く食べる為なのだろう。
レイニールはやっと食べられた卵焼きを口いっぱいに頬張って歓喜の声を上げる。
「これが卵焼きというのか、これは柔らかくて甘くて美味しいのじゃ! なあ、主!」
「……えっ? うん。そうだね!」
そう返事をすると、レイニールの隣で星は何やら浮かない顔をしていた。その理由が、今朝見た夢のせいだということは言うまでもない。
浮かない表情の星に気付いたエミルが声を掛けてきた。
「どうした? 元気ないみたいだけど」
「いえ、食欲があまりなくて……」
「食欲がないの?」
星はその質問にこくりと小さく頷くと、箸をテーブルに置いた。
その「食欲がない」という星の言葉に、エミルは訝しげに首を傾げる。
システム上、食事や睡眠などを取らなければプレイヤーのステータスに影響を及ぼすのは、もはや言うまでもないが、空腹の数値の最大回復量は大人でも子供でも一定なのだ。また、もちろん『食欲』などで、その数値が変動することなど有り得ない。
エミルはそんな星が心配になって、横に座っていたエリエの耳元で小さくささやいた。
「エリー。食欲が無いっておかしくない?」
「そう? たまにはそういう時もあるんじゃないの?」
エリエはコマンドを指で操作しつつ答える。
「もう! そんな時が無いからおかしいって言ってるんでしょ?」
「エミル姉は心配し過ぎだよ。過保護過ぎると子供は育たないよ? たまには放置プレイも大事なんだよ」
エリエはそう呟き、アイテムから出したチョコレートを片手でかじりながらもう片方で持った味噌汁をすすっている。
ため息交じりにその衝撃的な光景を見なかったことにする。
「もう。適当なこと言って……」
(星ちゃんはあれこれ考えすぎるから心配だわ……これはお姉さんとして、なにか策を打たないとダメね!)
エミルはそう心の中で決心すると、頭の中であれこれ考えを巡らせていた。
そうこうしているうちに、一番に食べ終わった星が徐ろに席を立つと「もう少し眠ってきます」と言い残して、寝室の方へと消えていった。
取り残されたレイニールは最後の卵焼きを美味しそうに口の中に頬張り、満足そうな笑みを浮かべると、星の後を追いかけようと羽をはためかせる。
エミルはそんなレイニールに声を掛ける。
「レイニールちゃん! ちょっと聞きたい事があるんだけどいいかしら?」
その声にレイニールはびくっと震えると「なんじゃ?」と怯えたような瞳を向けた。
エミルはビクついているレイニールに微笑みながら優しい声でもう一度尋ねた。
「あのね。ちょっと星ちゃんの事で聞きたい事があるんだけど……」
「は、はい! なんなりと!!」
レイニールはお風呂での出来事が余程怖かったのか、背筋を正して敬礼して次の言葉を待っている。
その姿は、鬼軍曹と新兵のそれと似ているかもしれない。
エミルはそのまま話を続ける。
「星ちゃんに何か変わった事はなかった?」
「変わったこと……?」
レイニールはそう言って首を傾げる。エミルは神妙な面持ちで頷く。
その真剣な表情を見て、レイニールはコホンと咳払いをすると徐ろに話し始めた。
「なるほどな……ならば教えてやろう!」
勝ち誇った様に、胸を張るレイニール。
エミルはレイニールから今朝星がうなされていたようだという話を聞いて、さっきの星の様子がおかしかった理由がようやく分かった。
「ありがとうね。レイニールちゃん」
「うむ。我輩で良ければいつでも力になるぞよ!」
口調が変だがレイニールは満足そうに頷いて、星の向かった寝室へと飛んでいった。
その話を聞いて、しばらく考え込むエミル。
(怖い夢を見たから落ち込んでたのね。だったら……)
エミルはなにか良い策を思いついたのか「ふっふっふっ」と不気味な笑みを浮かべている。
「エミルさん。なにか企んでますよね……あれ」
「なんや。エミル怖い……」
「エミル姉。なに笑ってるのかな?」
「なんというか、嫌な予感しかしないんだが……」
4人はそう言ってエミルを見つめている。
それから数時間後、その不安が現実のものとなる。
星を含めた5人とレイニールが、エミルに呼ばれてリビングのテーブルに着いていた。しかし、そこには皆を呼び出したはずのエミルの姿はない。
「どうしたんでしょうね。エミルさん」
「大丈夫よ、星。エミル姉の事だから、何か考えがあるはず……」
エリエが不安そうな表情で座っている星の顔を覗き込んでにっこりと微笑む。
その隣からデイビィッドが口を挟んできた。
「……いや、エミルの事だから不安なんだけどな」
デイビッドはそう言って眉をひそめると、そんな彼にエリエが声を荒げる。
「ちょ、バカ! どうしてデイビッドは余計なことしか言わないのよ! 空気読みなさいよね!!」
「事実なんだから仕方ないだろ?」
「だから空気を読めって言ったでしょ! 言っていい状況か察しろって言ってるんでしょ!?」
星の横で言い争うを始めた2人を見て、星の頭のレイニールが星の頭を叩いて小さな声で呟く。
「なあ、主。あの2人はどうしてあれほど仲が悪いのに近くに居るのだ?」
「うん、それはたぶん『喧嘩するほど仲がいい』て事だと思うよ?」
「ふ~む。喧嘩するのに仲がいいなど、我輩には到底理解できんがな……」
レイニールの真を付く意見に星は思わず苦笑いを浮かべている。すると、そこにエミルが入ってきた。
皆一斉に彼女の方を向き直すと、その手にはなにやら大きな丸められた紙が握られている。
エミルはゆっくりとその紙をテーブルいっぱいに広げた。
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