突如、ヤマトノオロチの背後から何かが飛び出した。
「覚悟がないのなら敵の前に出るんじゃない! このバカ者があああああッ!!」
その声が星の耳元に飛び込んできた次の瞬間、星の居た場所は跡形もなく吹き飛んでいた。
「そ、そんな……星、エミル姉……」
エリエはその変わり果てた場所を見て、顔面蒼白のまま、その場に立ち尽くしている。
っと、そこにどこからともなく部屋の中に声が響く。
「白い閃光と呼ばれたエミルはこのザマで……スピードに定評のあるお前が、その程度とは……本当に嘆かわしいかぎりだ……」
「どこ!? 誰なの!?」
エリエがその声の主を探すように、辺りをキョロキョロと辺りを見ている。
すると、エリエの背後から声が聞こえてきた。
「――どこを見ておる! 儂はここだぞッ!!」
「……えっ!?」
エリエが慌てて後ろを振り返ると、そこにはエミルと星を担いている黒い道着を着た年配で白い髪を後ろで束ねている男性が立っていた。
その顔を見るなり、エリエは驚いた表情で大きく口を開けてる。
「そんな……あなたがどうしてここにッ!?」
「……それは俺から説明しましょう」
その声の方に目をやると、そこにはエリエと同い年くらいの少女が立っていた。
髪の色は黒くショートヘアーで、その格好は年頃の女の子というにはあまりに質素だった。
上着は外見より動きやすさを重視し紺色の袖の胸元の開いた短めの服に、下も茶色いズボンを履いている。
盛り上がった胸元からはさらしが見えていた。おそらく、戦闘で邪魔にならないように大きな胸を潰しているのだろう。だが、その喋り方と飾り気のない風貌から、男と間違われてもおかしくはない。
少女はその茶色い瞳でエリエの青い瞳をじっと見つめ、徐ろに口を開く。
「――師匠と俺はログアウトできないと知ってから、何とかこのゲームの世界から抜け出す方法を探って、あちこちを旅していまして……そこで、この富士の山に通常とは別のルートが存在しているという情報を聞きつけ。おそらく、そのどれかに【現世への扉】があると考え、来てみれば、敵が皆倒されていたので援護する為、急いでこのボス部屋まで来た――というわけです」
「なるほどな。なら、たまたま同じダンジョンに居たってことか」
少女の話を聞いて、納得したようにデイビッドが頷く。
「そうだ。だが、これほどまでに、お前達が腑抜けきっているとはな思ってなかったがな」
男性は少し呆れたようにそう呟き、担いていた星とエミルを地面に寝かせた。しかし、2人はまるで死んでいるかのように動かない。
そんな2人に向かって、エリエが駆け寄って行く。
「――良かったぁ……2人とも気を失っているだけみたい」
エリエは2人が息をしていることを確認すると、ほっと胸を撫で下ろす。
腕組をしてその様子を横目で見ていたマスターに、デイビッドが声を掛けた。
「マスター。今までどこで何をしていたんだ。俺達はあなたが忽然とギルドから抜けて消息を絶ってから、どれだけ俺達が大変だったか――」
「――ふんっ。積もる話があるのは儂もだが、ゆっくりと話をしている暇も無さそうだぞ? ……あれを見ろ!」
マスターが指を差した先を、その場に居た全員が一斉に見た。
視線の先には8つの頭を長く伸ばし、こちらの様子を窺っているヤマタノオロチの姿があった。
その超巨大な8つの頭の口からは、白く激しい息遣いとドロドロとした唾液が止めどなく溢れ出す。それはまるで、餌を目の前にお預けをくらっている獰猛な肉食獣のようだった。
「――蛇は獲物を締め上げ、弱ったところを捕食する。こちらがピンピンしておるうちには、それほど、激しく攻撃はしてこんだろう……しかし、だからと言って、こちらも無策で飛び込むわけにもいかん」
「作戦か……そういうのを考えるのは、俺はあまり得意じゃないんだよな……」
「私もあの大きさの敵を相手に、この人数じゃあまりに厳しいと思う……」
マスターの話を聞いて、弱気な発言をしているデイビッドとエリエを尻目に、サラザがヤマタノオロチの前に出て堪らず声を上げた。
「なによ! 皆、弱気じゃないの。所詮は8匹の蛇でしょ? 私が敵の注意を引くわ。その間に、皆でじゃんじゃん攻撃よ~」
サラザはそう言って敵を睨むと「ビルドアップ!」と大声で叫んだ。
その直後。サラザの体から金色のオーラが吹き出し、鍛え抜かれた全身の筋肉が更に盛り上がっていく。もはや、その姿は人というより獣に近いかもしれない。
マスターはその様子を食い入るように見ると。
「ほう。なかなかの技だな……その力、儂も使わせてもらおう。明鏡止水!」
っと叫ぶと、彼の体もまたサラザ同様に全身から金色のオーラが立ち昇る。
「――なんですって!! あなたもビルドアップを使えるの!?」
サラザは同じようなマスターの姿に、さすがに驚きを隠せない表情でマスターを見た。
マスターは「はははっ」と大きな笑い声を上げ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ。
「これは明鏡止水。儂の固有スキルの力だ……このスキルはな――」
マスターが自分の固有スキルについて説明しようと口を開いた直後、ヤマタノオロチの頭の一つが2人を目掛けて突っ込んできた。
それを跳んで素早くかわす。
固有スキルとは、プレイヤー作成時にランダムで選択されるスキルのことで、レア度によってそれぞれランク付けされている。
サラザの体から突如として金色のオーラが立ち上がったのも、エミルが使っていたドラゴンを召喚する能力もこの固有スキルによるものだ。
マスターの固有スキル『明鏡止水』は世界で何十万というプレイヤーが存在するフリーダムの中でも、5人しか持っていない。レア度はSランクと、とても珍しいスキルだ。
彼の固有スキル『明鏡止水』は肉体強化系のスキルを記憶し、自分の能力として何度でも再使用ができるというとんでもないチート的なスキルなのだ。
「ええい。人の話の邪魔をしおって……カレン! 何をぼさっとしておる。お前も戦わんか!」
「はい、師匠! それではエリエさんは、御二人を守って下がっててください!」
「うん。分かった!」
エリエにそう言い残し、カレンがマスターの元へと向かって勢い良く走り出した。
ボス部屋の入り口付近まで戻ったエリエは、扉のすぐ隣に寝かせ戦いの行方を見守っている。
「お待たせしました。師匠」
「来たか……行くぞっ! カレン。あやつの首を1つだけ残して、全て切り落してくれるわッ!!」
気合十分に地面を蹴って跳び上がったマスターに続くようにカレンもその細い足で地面を蹴って、ヤマタノオロチの首目掛けて跳び掛かった。
危険を察知したのか、8つの首のうち6つが2人目掛けて襲い掛かる。
2人はその攻撃を軽々とかわしてマスターが叫ぶと、地面を削るように蛇の頭がぶつかって怯んでいる複数の頭の上に飛び上がり。
「カレン! 儂を奴目掛けて投げろッ!!」
「はい。師匠!」
カレンは彼の伸ばしている腕をしっかりと掴むと、体を回転させてマスターを思い切りヤマタノオロチ目掛けて勢い良くぶん投げた。
「いっけえええええええええええッ!!」
マスターは空中で腕をクロスに交差させ、弾丸の如く一直線に飛んでいく。
それに気付いた敵も口を開いて真っ直ぐ飛んでくるマスターを待ち構えている。
「――ふんっ。その程度でこの儂をやれると思っておるのか!? さすがはコンピューター。武闘家を舐め腐っておるわ……ならばそのデータ。今すぐに書き換えてくれようぞッ!!」
叫びながら敵の口の中に迷うことなく飛び込んで行った。
――バクンッ!!
上下に開いた大きな口でマスターを飲み込むと、ヤマタノオロチはその口を固く閉じた。その刹那、その頭が外からも分かるほど金色に発光し始めた。
っと思った次の瞬間。蛇の頭が真っ二つに裂け、中からマスターが飛び出してきた。
――ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
断末魔の叫びを上げ、ヤマタノオロチの頭がそのまま真っ二つに裂けた頭が地面にだらりと落ちる。
ヤマタノオロチは頭を1つ潰されたことで警戒したのか、今まで伸ばしきっていた頭をまとめるように集めると、大きな黄色い瞳でこちらを見つめる。
「
ふん。今頃警戒を始めおったわ……カレン!」
「はい、師匠!」
カレンは拳を構え直し、真剣な面持ちでヤマタノオオロチを見据えた。
自分達よりも遥かに大きい敵に全く物怖じしない彼等に、デイビッド達も頼もしさすら覚える。
「次の攻撃は連携してゆくぞ! お前達もよいな!!」
マスターは凄まじい戦闘に呆気にとられているデイビッドとサラザに叫んだ。
2人はその申し出を受けるように、力強く頷いて見せると獲物を構えた。
「だが、マスター。どうやって攻めるつもりだ?」
デイビッドの疑問に答える様に拳を握り締め。
「ふん。知れたこと、敵の懐に飛び込んで吹き飛ばしてくれるわッ!!」
「いや、さっきまでと言ってたことが、ちが――」
デイビッドがそうツッコミを入れる前に、マスターが敵に向かって走り出す。
そのマスターの様子を見て、ヤマタノオロチが攻撃を仕掛けてくる。
「タフネス! うらッ!!」
大声で叫ぶと、マスターは向かってきた巨大な頭を軽々と弾き飛ばす。
呆然と口を開けてその様子を見ていたサラザとデイビッドに、マスターの激が飛ぶ。
「――何をぼさっとしておる。早く援護せいッ!!」
その言葉を聞いて、2人は慌ててヤマタノオロチに攻撃を仕掛ける。
「はああああああああああああああッ!!」
「うおりゃあああああああああああッ!!」
同時に敵に向かって走り出すと、それに反応して一本の頭が攻撃を仕掛けてきた。
2人はそれを横に飛んで回避すると、今度はデイビッドとサラザが連携して向かってきた頭を1つ落とした。
カレンの方はというと、1つの頭を攻め過ぎず守り過ぎずの距離で上手く戦っている。
彼女としては無理をしてダメージを受けるよりも、マスターが他を倒すまで頭1つを惹き付けるておく方が重要と判断したようだ。
そうこうしているうちに、マスターはヤマタノオロチの懐に飛び込み、拳を握り締めニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
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