前を見るとエミルが食後のお茶をすすっている。さらに横を見ると、レイニールがまだ海鮮丼を食べていた。だが、食いしん坊のレイニールがゆっくり味わって食べるわけがない。星がテーブルを見渡すと空になった木の桶がすでに二つ重ねられている。
自分の空の木の桶とエミルが食べ終えた数を含めテーブルには五つの容器が置かれていた。
遠慮を知らないレイニールに呆れ、大きなため息をつくと、エミルが星の方を向いて微笑む。
「夢中で食べてたけど、美味しかった?」
「……はい」
恥ずかしくなって顔を赤らめて俯く星に、エミルは「それは良かった」とにっこりと笑う。
レイニールが食べ終えるのを待って、店を出た。満足そうに頭を下げる店主に「うむ。これからも励むと良い」と何故か上から目線で告げるレイニールに苦笑いを浮かべつつ店主にお礼を言って……。
外に出ると辺りは日が落ち始め、薄っすらとしたあかね色に色づいている。
エミルと星は手を繋いで夕焼けで赤く染まった繁華街を歩いていると、エミルがある店の前で止まって徐に店の中へと入った。
その店の中には様々なアクセサリーが並んでいて、その全てが江戸情緒あふれる和風な作りのものだ――ピアスや髪飾り、ネックレスや巾着袋なんかも置かれている。
中へ入ってしまったエミルの後を追いかけて入った星がエミルの隣にいくと、エミルは星の頭を撫で、その後髪に何かを付ける。
星が頭を触ると、何かチクチクしている物が付いていて不思議そうに首を傾げた。それを見てくすっと笑うと、エミルが手鏡を取り出して星の方へ向けた。
向けられた鏡を見ると、そこには髪に付けられた桜の花びらを模した髪飾りが付けられている。
星がエミルの顔を見上げると、エミルはにっこりと笑った。
「着物を着てると、どうしても頭の方が寂しいからね」
そう告げると、エミルは店主の方へと走っていった。
その後、星は店頭に並んでいる商品を見渡し、近くを飛んでいたレイニールを小さな声で呼んだ。
レイニールは星の顔を近くにパタパタと舞い降りると、こそこそと小さな声でレイニールに何かを頼む。
それを聞いたレイニールは自信満々に胸を叩くと「我輩に任せておくのじゃ!」と頷き、大声で笑い声を上げた。
星とエミルは先に店を出ると、エミルがレイニールがいないことに気が付き辺りを見渡す。
「あら? レイちゃんがいないわねぇ~。どこに行ったのかしら?」
「……さ、さあ、トイレじゃないですか?」
落ち着きなく明らかに挙動不審な星の姿に、訝しげに彼女を見たエミルはぐっと顔を近付いてきた。
「怪しいわねぇ……星ちゃん何か私に隠してるでしょ? 言ってごらんなさい。怒らないから……」
「フルフル」
「……ふーん」
必死に首を振って否定する星を見ている訝しげな顔をしているエミルの眉が更に大きく動く。
顔がくっつきそうなほど近くで、心の中を見透かす様な彼女のその青い瞳に、星の動揺で震える紫色の瞳がスッと視線を逸らした。
「どうして目を逸らすのかなー? ……それとも、やっぱり何かやましい事でもあるの?」
それを聞いて、慌てながらも素直に視線を戻した星の冷や汗を流して小刻みに震える姿に、エミルはクスッと笑みを浮かべて顔を離す。
不敵な笑みを浮かべた彼女は、警戒するように細かく視線を変えながら周囲を見て言った。
「――まあいいわ、どうせ隠れているレイちゃんが私を驚かす作戦なんでしょ? でも、そう簡単にはいかないわよ~」
その表情から、どうやら彼女はこれが星の仕掛けたいたずらか何かだと思っているようだ。
っとその時、レイニールの声が辺りに響いた。
「お~い! 主、買ってきたぞ~!」
空中をフワフワと上下に揺れながら紙袋を持って戻ってきたレイニールの姿を見て、エミルは拍子抜けした様子で見ていた。
星は目の前にきたレイニールから紙袋を受け取った。
「なんだ。買いたい物があるなら、言ってくれれば買ってあげたのに」
「――これは自分のお金で買わないと意味がないから……」
レイニールから受け取った紙袋を抱きながら、エミルの前までいくと緊張した様子で胸に抱いていた紙袋を差し出す。
不思議そう。というよりも、驚いた様子で紙袋を差し出した星のことを見ていたエミルは時間が止まった様に微動だにせずに固まってしまっている。
「エミルさん。これを受け取ってもらえますか? あの……嫌なら、別に…………」
「……いいえ、頂くわ」
悲しそうな顔で突き出している手をゆっくりと下げようとする星の手をエミルは慌てて止めると、彼女の顔を真っ直ぐに見つめて紙袋を受け取った。
その受け取った紙袋を抱き締め、エミルは「開けていい?」と聞くと、星は嬉しそうに頷いた。
紙袋を開けたエミルは中に入っていた物を見て驚き、その大きく開いた瞳から無意識に涙が流れる。
だがそれも仕方がない。紙袋の中に入っていたのは、紫陽花の髪飾りだった……それはエミルが亡くなった妹に最後に病室に飾った花が紫陽花だったからだ――。
急に泣き出したエミルに、星が不安そうな顔をしながら声を掛ける。
「……嫌でしたか? 違うのがいいなら、今から交換しに――」
「――いいのよ。これは嬉し涙だから……」
動揺していた星にエミルが首を横に振ると、紙袋から髪飾りを取り出して星と同じ場所に付けて尋ねる。
「どうかしら、似合ってる?」
「はい! とっても!」
紫陽花の髪飾りを付けた彼女の姿を見て大きく頷く星に、エミルは満足そうに笑って「ありがとう」とお礼を言うと、照れくさそうに頬を赤らめた星も自分の髪飾りを撫でてにっこりと微笑んで「ありがとうございます」とエミルにお礼を言った。
お互いに同じ場所に髪飾りをして笑い合っているのを見ると、知らない者が見れば仲の良い姉妹のように見えるだろう。
二人はお互いに手を繋ぐともうしばらくの間、その余韻に浸るようにゆっくりと街の中を歩いていった。それを上空で見ていたレイニールは、満足そうにそんな二人の後ろ姿を見守っていた。
夕方から日が落ちるまで街の中を散策していた星達は、街を大きく囲むように造られた城壁から景色を眺めていた。
平野からは山々や地平線までくっきり見え、空の星や月が優しい光で星達を照らしている。
城壁にある物見台にある椅子に腰を下ろし、夜空を見上げる星とエミル、そしてレイニールは無言でいると、星が徐に立ち上がりエミルとレイニールの方を振り返る。
「――エミルさん。今日は楽しかったですか?」
「ええ、楽しかったわ。星ちゃんがプレゼントもくれたしね!」
その言葉を聞いてにっこりと微笑んだ星の視線はレイニールに向いて……。
「――レイは楽しかった?」
「うむ! 珍しい食べ物もたくさん食べれたしな。大満足じゃ!!」
満面の笑みで言ったレイニールに、星も笑顔で答える。
すると、今度はエミルの方が星に尋ねてきた。
「星ちゃんはどうだった? 楽しかった?」
その問いに、レイニールも興味深々な様子で星の返答を待っていた。
星は少し間を空け、ゆっくりと噛み締めるように口を開く。
「――――楽しかったです。すごく……すごく……」
そう言った星は彼女達に背を向け、感慨深げに夜空を見上げた。そんな星の瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。
その言葉は今までのエミル達との日々を思い起こし出た言葉だ。もうすぐ狼の覆面の男との約束の時間が迫ってきている。だが、今はこの時間が永遠に続けばいい……そう願って仕方なかった。
(……神様。できることなら、今はただ……この時間を永遠に……)
不安と感傷に震え高鳴る胸に手を当て、そう月と星々に願った。
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