ゆっくりと崩れ落ちていく木を蹴って、エミルはすぐに星の側に飛んでくると、星をかばうように目の前に立ってクレイモアをライラに向けて構える。
「エミルさん!? でも、どうして?」
突然のエミルの登場に、星は驚いたように口を開けたまま立ち尽くしていると、エミルが振り向いて微笑みを浮かべて告げた。
「当然でしょ。上からちゃんと見てたんだから……それに、星ちゃんが危なくなったら、いつでもどこにでも駆け付けるわよ」
「……エミルさん」
その言葉に感激した星の瞳からは、涙が無意識のうちに溢れ、その様子を見たエミルがあたふたしながら慌てふためいている。
「――ど、どうして泣くの!? 怖かった? それとも、嫌だったかしら」
今まで凛とした姿で剣を構えていた人物と同一人物とは思えないほどに、血相を変えて星の機嫌を直そうと必死になるエミル。
そんな慌てるエミルに、星は涙を拭って答える。
「……い、いえ。ただ、うれしくて……」
「そう。なら良かった」
瞳を潤ませながらも微笑みを見せる星に、エミルもほっとした様子で微笑み返す。
そのエミルの言葉は、普段から孤独を感じることの多い星には、純粋に嬉しかったのだろう。
「ふふっ、もう仕事も終わったし。その子に用はないわ」
ほくそ笑み、そう言って木の陰から出てきたのはライラだった。
本気で振り抜いたエミルのクレイモアだったが、残念ながら彼女の体には傷一つ付いていない。
剣を握り締め、鋭く睨みつけるエミルを眺め、ライラは余裕の微笑みを浮かべている。やはり、固有スキルの『テレポート』をなんとかしなければ、彼女に傷一つ――いや、触れることすらできないのだろう。
「ライラ……」
天敵を見る猛獣の様に睨みつけるエミルを尻目に、ライラの視線は星に移った。
「星ちゃん。次に会う時は、もっとその力を使えるようにしておきなさいね~」
にこやかに笑みを浮かべてそう告げたライラは、軽く手を振って2人の前から姿を消した。その去り際の良さに、2人は呆気に取られながらも互いに顔を見合って安堵のため息を漏らす。
星は直ぐ様。木に縛り付けられていたレイニールの元へと駆け寄って、体に巻かれているその縄を解く。本来ならば、レイニールの力で容易に破壊できるのだろうが、おそらくライラの道具による効果で一時的に弱体化されたのだろう。
拘束を解かれたレイニールは、すぐに星の方へと飛んで来るとかんかんになって怒りながら大声を上げた。
「あのライラと奴。信じられないのじゃ! 主も、もう二度とあの者に近付いてはダメなのじゃ! 分かったか!」
「……う、うん」
星は空中で拳を振り回し怒り狂うレイニールに頷いたものの、内心では『テレポートして来る人間に近付くなと言われても……』と思っていた。
* * *
静まり返った室内に機械の起動している音だけが淡々と響く研究室。
薄暗いその研究室の中。大きなモニターの前で、向かい合うように立つライラ。
その表情はいつになく硬く険しい……。
「……ミスターの予見通り。動き出しました」
「そうか……やはり、あの子が鍵で間違いなかったようだね……私もあの子をこの世界に呼んだ甲斐があったよ」
彼のほっとしたような声音に、ライラの表情も微かに和らぐ。そこで、ライラはエミルに言われた一言を、彼に投げかけてみることにした。
ライラは生唾を呑み込むと、緊張気味に震える声でモニター越しの男に尋ねた。
「……あの。こんな事を聞くのは失礼かもしれませんが……先程、私の昔馴染みから言われましたわ――ミスターは実の姪を危険に晒すのに躊躇はないのか――っと……」
「…………そうか」
モニターの男は身を翻すと、後ろ手を組んで数秒間隔を開けてライラの言葉に答えた。
「――そうだね。私は酷い男だ……そう自分でも強く感じるよ。だが、姪可愛さにリスクを冒す愚かな男でもなく、いい加減な人間でもない。君も知っているように、外部からもなんとかアクションを掛けようと、スタッフに休みなく必死で動いてもらっている。不眠不休でね……だから星が――あの子が、その対応の時間を少しでも稼げるなら使わない手はないんだ。たとえあの子に恨まれようとも、あの子を失う状況になってもだ……でも、星は姉さんの子だ。きっと大丈夫だ……」
だが、そう告げた男の声は微かに震えていた。そのことから、彼の複雑な心境はおおよそ察することができた。
誰だって自分の肉親を死地に送り出すのを喜ぶ者はいない。それは彼も同じだ――だが、それでもその苦肉の策を使わざるを得ないほど、今の情勢は緊迫しているということなのだろう。
「まあ、計画通り。星が彼女との接触に成功したなら、さしあたっての問題はないだろう。彼女は最も信頼できる人物だよ……あの子にとってはね」
「ですが……何なんですか彼女は、私が回避できない相手がいるなんて……」
体を真っ二つにされたことが、ライラにとって相当衝撃的だったのだろう。驚きと困惑の入り混じった表情で彼に尋ねた。
モニターの前の男は振り返り微笑むと、嬉しそうにその質問に答える。
「そうだろう? 彼女はまだ未知の存在だ。きっと、我々の解釈の外の領域にいる圧倒的な存在なのだろう」
何故、彼が興奮気味なのかは分からないものの。その強さだけは認めているのか、ライラは静かに頷いた。
「それが幸か不幸か……先程入った情報によると、何やらメインシステムに細工した形跡が発見された。こんな事をできるのはお義兄さんか彼しかいない……彼も動き出していると見て間違いないだろう」
「なにやら波乱の予感がしますね。ミスター」
「……ああ。君は今後は慎重に動いてくれ、奥の手も使ってしまったしね」
ライラは無言のまま険しい表情で頷くと、彼は微笑んで通信を切った。
不安そうに遠い目をしながら研究室の天井を、いつまでも見上げていた。
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