オンライン・メモリーズ

~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~
北条氏成
北条氏成

運命とは・・・3

公開日時: 2021年10月17日(日) 00:02
文字数:2,887

 星が目覚めると、見たことのない白い天井が広がっていて、体を包み込むような柔らかいマットレスと大きなクッションのような枕が置かれていた。


「……ここは? 天国……?」


 起き上がった星は自分の寝ていたキングサイズのベッドの上から部屋中を見渡したが、どう考えてもこんな高級な家具が並ぶ絵で見たお城みたいな部屋は知らない。


 しかも、寝ていた時の格好は白の下着と真っ白なパンツだけの姿で、どう考えても昨日の黒に金の刺繍が入ったパーカーとぶかぶかの黒いズボンではなく、部屋を見渡しても昨日着ていた服はどこにもなかった。


「……夢の世界に閉じ込められたのかもしれない。こんな場所知らないもん」


 まだぼんやりとした目で自分の腕を見ると、星はその腕の皮を摘み上げてぎゅっと捻る。


「――いたッ!!」


 直後。痛みにビクッと体が跳ねて瞼を強く瞑った。


 そして再びゆっくりと瞼を開くが、風景は腕をつねる前と全く変わらなかった。

 諦めたように瞼を再び閉じた星はそのまま後ろに向かって倒れ、ベッドに横たわって大きなため息を漏らして瞼を開き天井を見上げる。


「――はぁー。夢なのに覚めない……どうなってるんだろう。あの後、なにが起きたの?」


 不安から眉をひそめた星は自分の眉間を指でそっとなぞって。


「間違いなく私は銃で撃たれた……ううん。撃たれないはずがないんだ……私は犯罪者で、昨日のローブの人はきっとゲーム内の誰か……それかその家族の人――私を殺す理由はあっても、私を生かす理由がない……」


 独り言の様にブツブツと呟いていた星の宝石の様な綺麗な紫色の瞳が涙で輝く。


 咄嗟に溢れそうになる涙を、腕を押し付けて止めると数回深く深呼吸をして口からゆっくりと息を吐いた。


「……泣いちゃだめ。泣いちゃだめだ……今の私はひとりなんだから、冷静にならなきゃ……冷静に、なって、頑張らなきゃ……」


 無意識に口から出た『頑張る』という言葉に目頭が再び熱くなる。


 浅く息を繰り返し、溢れ出しそうになる涙を必死に抑えようとするが、今度はもう止められない。


「……わたしは、わたしは頑張ったはずなのに……頑張ったのに……どうしてこうなっちゃったの? わたしはどうしたらよかったの? もう、わからないよ……」


 感情が高ぶって目頭が燃えるように熱い。しかし、いくら涙が流れてもその熱さが和らぐことはなく、逆に強くなるように感じる。いくら腕で目を押さえても意思とは関係なく溢れ出ててくる。


 それと同じく抑えられなくなった感情が津波の様に星の心の中を駆け巡っていた。


 星にとっては人生で初めて触ったゲーム。右も左も分からない暗闇の中を必死にもがいて考え、努力し続けた。痛い思いや苦しい思いもたくさんした。何も分からず剣を渡され、強い副作用のあるその剣を使ってやっとの想いでゲームをクリアーしたのだ。


 しかし、そんな星の気持ちなど考えもせずに周りの関係ない人達は星のことを悪だと容赦なく断罪する――まだ小学生の女の子にその責任はあまりに重く、彼女の責任を追及する世論の声は星の心を容赦なく切り裂く。


 一緒にいた唯一の支えだった九條もいなくなり、周りに自分を励ましてくれる存在はもう存在しない。学校に居場所を求めても、すぐに奪われてしまった。事件前に優しくしてくれた図書室の先生も自分を見放した……誰かに必死に手を伸ばしても、誰も星のその手を掴んではくれない。


 誰も自分という存在を必要としてくれない中で、本を読んで現実逃避しながら、なんとか保ってきた自我が昨日の出来事で完全に崩壊してしまった。

 

 今の星を支配しているのは全てを失った悲しみと喪失感だけだ。涙となってそれが流れ落ちる度に、大事な何が零れ落ちていく気がする。だが、もういい……このまま、全身の水分が涙となって死んでも構わない。いや、その方が幸せなのだと自分に言い聞かせるように星は仰向けのまま泣き続けた。


 しばらくは泣いていたが泣き疲れ眠ってしまった星はガチャっと部屋に入ってくる何者かの気配に気が付いて慌てて飛び起きる。


 すると、ドアを開けて入ってきたのは長い青髪に青い瞳の学生服を着た少女だった。


 星と少女は目を合わせると、時間が止まったように互いの顔を見ながら固まったまま動かない。

 しばらくの静寂の後、星の泣いて腫れた瞼を見て、その沈黙を裂くように少女が瞳に涙を浮かべながら告げる。


「不安にさせてごめんなさいね。星ちゃん」

「……エミルさん?」


 手を広げてにっこりと微笑んでいる彼女に星が半信半疑に尋ねると、彼女はゆっくりと頷いた。


 それを見た星は慌ててベッドから降りて彼女の元に駆け寄る。


 走ってきて自分の胸に飛び込んでくる星をしっかりと抱きしめるエミル。


「エミルさん! 私、なにも出来なくて! もう。なにも……なにも分からなくて!」


 泣きながらそう言って泣き出す星の頭を撫でながら、エミルは「大丈夫。よく頑張ったわね」と何度も優しい声音でささやいた。


 声を出して泣いている星の体を優しく包み込むように抱きしめるエミルは星が落ち着くのを待ってから、ベッドに座るようにと促した。


 水色の水玉模様のパジャマに着替えた星がエミルに促されるままにベッドに腰を下ろし、星の顔を見てにっこりと微笑んで前を向くと徐に口を開いた。


「――じつはね。現実世界に戻ってからずっと、探してたのよ? でも、全然貴女の情報が出てこなくて……そんな中、テレビではあの報道でしょう? 私のお父さんとも話して何とか報道を止めさせようとしたんだけど駄目で。ネットでも色々やってみたんだけどそれも駄目――エリーとも通話で話して外交ルートからも色々してもらってる最中に、道路で倒れていた貴女を見つけたの」

「……道路。私はあの後――」


 星が口を開こうとした直後、その口に指を押し当てて止める。


「――大丈夫。言わなくても、星ちゃんが頑張り屋さんなのは知ってるから。色々あって大変だったでしょ? よく頑張ったわね――でも、もう大丈夫。これからは私が星ちゃんを守るから……」

「エミルさん……」


 それを聞いて再び瞳を涙で輝かせる星の頭を優しくエミルが撫でると、星のお腹が大きな音を立てて鳴った。


 慌ててお腹を押さえて見下ろすと、エミルは思い出した様に手を合わせ。


「ご飯をまだ食べてなかったし。さすがにお腹が空いたわよね! いらっしゃい星ちゃん。少し遅いけどお昼にしましょう!」

「はい!」


 嬉しそうに頷いた廊下に出ると、物語に出てくる様な洋館で床には赤いカーペットが敷かれ、メイド達が廊下を忙しく歩き廻っていた。


 その光景を見た星が驚いた顔でエミルを見上げると、彼女は苦笑いを浮かべながら告げた。


「驚くわよね。こんな大きな屋敷だと……あの後、実家に呼び戻されて、私は小さい部屋の方が落ち着くんだけどね」

「そうなんですか?」

「そんなものよ」

 

 そう言って首を傾げる星の手を握ったエミルは再び歩き出した。


 赤いカーペットが敷かれた長い廊下を歩いて屋敷の中央にある階段を降りると、一番端の部屋へ向かって歩き中に入るとそこには立派な木製のテーブルが置かれ10人以上が座れるように装飾の施された椅子が一定の間隔で置かれていた。

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