オンライン・メモリーズ

~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~
北条氏成
北条氏成

友達

公開日時: 2022年6月4日(土) 21:29
文字数:4,003

 翌日。星が起きると、時計はもう学校に行く時間になっていた。慌てて飛び起きた星がカバンの中を確認すると、時間割通りにしっかりと準備されていた。


 それを確認した星はほっと胸を撫で下ろした。


「ちゃんと用意されてる」


 安堵した星はパジャマから制服に着替えて食堂へ向かった。


 食堂に着くと、そこにはすでにエミルが椅子に座って待っていた。

 ティーカップを持ってゆっくり本を読んでいたエミルが、星を見つけて優しく微笑んだ。


「あら、やっと起きた。星は今日はずいぶんとお寝坊さんね」

「なら、起こしてくれたらいいじゃないですか」


 少し不機嫌そうな顔でそう言った星に「ごめんなさい。あまりに気持ちよさそうに眠ってたから」とエミルがくすっと笑う。


 星は納得いかないと言った感じの顔で椅子に座ると、メイド達が朝食を星の前に運んできた。

 こんがりと焼かれたトーストの上にとろとろに溶けたチーズが乗せられ、薄くスライスされた茹で卵の真ん中に生ハムときゅうり、キャベツに塩だれ風のドレッシングが掛かったサラダ。


 そしてポタージュスープが添えられている。


 エミルの前にも同じ朝食が置かれ、2人はいつものように「いただきます」を言って食べ始めた。


 朝食を食べ終えると、2人は時間を確認して用意されていた車に乗り込んで学校へと向かった。


 エミルと別れると学校の校門で星は車のドアを開けてくれている執事の小林と目を合わせる。


「いってらっしゃいませ。星お嬢様」

「はい。行ってきます」


 小林はそれ以上は何も言わずに、それだけを言って星を送り出した。


 星も微笑みを浮かべながら学校に入って行った。


 教室に入るとつかさはクラスの子と話をしていて、星のことなど気にも止めずに楽しそうに会話を続けている。

 その様子に星はほっとしながら自分の席に着いた。だが、昨日のこともあってか、星の胸の辺りが少しチクリとする感じがあった。


 しかし、それがわがままなのも理解していたし、星は学校で一人でいると決めた時に覚悟は決まっていた。


 1時間目が終わって星はいつものように図書室へと向かう。

 図書室に来ると本を探してそれをテーブルに着いて広げて読んでいると、隣に誰か座った。


 横目で見るとそこにはつかさが本を広げて難しい顔をして読んでいる。


 だが、話し掛けてくる気配のないつかさに、星は何も言わずに読んでいる本に視線を戻した。


 休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴って星が教室に戻ると、それの後ろを着いていくようにして後に続く。


 それが放課後まで続いた……。


 しかし、その全てにおいてつかさが星に話し掛けることはなく、いつも星の隣で難しい顔で本を読んでいるだけだった。


 つかさの意図は分からないがさすがにそれが3日も続くと、星も悪い気はしないが不信感が強くなってくる。何故つかさはこんな行動を取っているのか?その真相を知りたくなった。


 放課後で図書館にいた星は読んでいる本を閉じて、いつものように難しい顔で本を読んでいるつかさの手を掴んだ。


「つかさちゃん。ちょっといい?」

「えっ? いいけど……」


 その場に本を残して星とつかさは席を立った。

 星はつかさの手を掴んだまま、前につかさときた屋上に向かう階段の踊り場に行くと掴んでいたつかさの手を放して振り返って彼女の顔を見つめる。


 つかさは首を傾げながら星の方をじっと見つめている。


 そんなつかさの顔を見つめていた星が徐に口を開く。


「――どうして私の近くに居るの?」

「えっ? それは友達だからじゃん!」


 そうつかさが答えると、星は言いにくそうに言葉を返す。


「……前にも言ったでしょ? 私に友達はいらないって――」

「――それなら僕も言ったよ? 絶対に友達になるのを諦めないって」


 星の言葉を途中で遮り、つかさがそう言って微笑む。


 眉をひそめ、悲しそうな顔で星はつかさを見ると。


「……私の事は放っておいて、つかさちゃんは他の友達と仲良くした方がいい」

「またそんな事言ってさ! まあ、それが星のいいところなんだけどね。優しいところが……」

「私は……私は優しくない! 前に言ったでしょ? 私は犯罪者なの! 私と友達になってもいいことなんてないんだよ……」


 今にも泣き出しそうな星の顔を見てつかさは悲しそうな顔で言った。


「僕は星と友達になりたいんだ。この気持ちは本当だし、星が自分に自信がない事も、自分の事が嫌いな事も分かるよ。大事なのは星が僕を嫌いかどうかだと思うんだ」

「――私は……」


 星は言葉を詰まらせる。


 それも無理はない。星はつかさに好意を持たれていることは間違いなかったからだ――あまり好意を向けられることがないからこそ、星にはここでつかさのことを嫌いだということはできなかった。 


「……好きですよ」

「なら――」

「――でも! だからこそ、つかさちゃんとは友達になれないんです!」


 つかさの言葉を遮ってそう叫んだ星は俯きながら自分のスカートの裾をぎゅっと掴んだ。


「星は本当に頑固だよね……でも、僕は諦めない。だって前よりも星の事が好きになったから!」

「え?」

「だって! 星は毎日難しい本を読んでるでしょ! それって凄い事だと思う!」

 

 戸惑った様子でつかさを見ている星の手を握ると、つかさは嬉しそうに笑った。


 星は顔を真っ赤に染めながら恥ずかしそうに俯く。

 今までの人生で本を読むことを同級生に褒められたことなどない星は嬉しくないはずはない。


 顔を赤らめている星の顔を見つめ、つかさがにっこりと微笑んで言った。


「今は友達になれないかもしれない。でも、星が自分自身を好きになれたら、僕とも友達になれると思う。だから、いつまでも待つよ」

 

 つかさはそういうと星の顔を真っ直ぐに見つめながら迫ってくる。


 星の紫色の瞳とつかさの青い瞳がお互いの顔を映し出していた。

 

 星の手を握って瞳を見つめたつかさは星の返事を待っているようだった。


 だが、星はつかさの言葉になんと返せばいいのか分からない。

 黙ったまま困って顔をしている星に、見兼ねたつかさが口を開いた。


「別に難しく考えないで。ただ星はいつも通りにしてくれたらいいから、僕が側にいるのを許してくれればいい」

「でも、それは……」

「今までだって星に迷惑かけてなかったろ?」


 星はつかさの言葉になにも言えずに頷いた。


 それを見たつかさは嬉しそうに微笑んだ。


 2人は本を置いてきた部屋に戻ると、星が座った隣につかさが椅子をくっ付けてにこにこしながら星の腕に抱きついてきた。


 星はため息を漏らしてつかさを気にすることなく本を読み始めた。

 

 星が解放されたのはエミルからのメールが送られてきた音が鳴ったことで、つかさも家に帰ると言って星から離れて笑顔で「また明日ね!」と手を振って走って行った。

 

 嵐のように去って行ったつかさに、星は疲れたようにため息を漏らした。つかさみたいなぐいぐいくるタイプの扱い方を星は知らない。

 だからだろうか。どうしても疲れてしまうのだが、それでも嫌な感じはない。ただ、今まで人付き合いをしてなかった星はどう接したらいいのか分からなくなってしまうのだ。


 エミルを待っている間、本を読んでいてもつかさにどう接したらいいか考えて集中できなかった。

 星が眉をひそめて少し困った顔をしながら本を読んでいると、その姿を見つけたエミルがそれを察してか、優しく声を掛けてくる。


「星? なにか悩みでもあるの? 何かあったらすぐ私に相談して。必ず力になるから」

 

 心配そうにそう話し掛けてきたエミルに星は微笑んで「悩みなんてないですよ」と言った。


 だが、エミルが納得するわけもなく。


「隠したってお姉ちゃんの目は騙せないわよ? 本を楽しそうに読んでない星なんて星じゃないわ。それとも、私じゃ役に立たない?」

「…………」


 凄く悲しそうにそう尋ねるエミルに、星は俯き加減に眉をひそめて黙り込む。


 そして少しの沈黙の後にゆっくりと口を開いた。


「……じつは、友達になりたいって子がいて。でも、私はその子とつり合わないので何度も何度も断ってるんですが、それでも諦めてくれなくて……」


 俯きながら深刻そうな顔で膝の上で手を握った。


 その姿にエミルも眉をひそめて息を吐いた。エミルにとっては些細なことでも、星にとっては重大な事態なのは、彼女の性格を知っているエミルも理解していた。


 だからこそ、周りに人が多いこの場所ではなにかと都合が悪い。何故なら星の性格上、どうしても周囲の人を意識してしまって自分の心を包み隠してしまう。


 そんな星から本心を引き出すにはこの場所では不向きなことをエミルは知っていた。


「星ちゃん。今日は私、学校で嫌な事があってね。少し気晴らしに付き合ってもらえない?」

「え? はい。いいですよ?」


 星が頷くと、エミルは嬉しそうに笑った。


 そして、本を本棚に返した後でカバンを背負った星がエミルの手を握ってお互いの顔を見合って微笑んで歩き出した。


 学園内カートに乗って学校の校門前で黒塗りの高級車で待っていた執事の小林が2人の姿を見つけ頭を下げる。


「お嬢様方お疲れ様です」

「遅くなってごめんなさいね。これから遊びに行くからここに行ってもらえる?」


 なにやら腕時計型の端末を操作して小林てこそこそやっているエミルに、星は少し不安そうな顔をしてそのやりとりを見つめていた。


 星もつかさのことで心に引っかかっていたから、気晴らしをしたいと言ったエミルに共感する気持ちがあった。

 だからだろうか、なにかを企んでいることは分かっていたが、それでも少しでも気が晴れるならいいと思っていた。


 すると、エミルが星の方に歩いてきて手を掴むと車の中に入って小林がドアを閉めた。


「さて行きましょうか!」


 星に微笑んだ直後、運転席に乗り込んだ小林に「出して頂戴」と言った。


 車が発車し、どこに行くのか分からないまま風景が流れていく窓の方を見ているとつかさの顔が浮かんできてすぐに振り払うように首を振った。


 星が着いたのは様々な店舗が隣接した大規模な複合施設を有するショッピングモールだった……。

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