ランドセルを背負って校門を過ぎると、振り向いてまだ自分のことを見ている執事の小林に笑顔で控えめに手を振って校舎に向かって歩いて行く。
初めて見る校舎なのに何故か初めての感じがしない。おそらく、星の心の中ではもう覚悟が決まっているからかもしれない。
校舎の中に入ると自分の名前の書かれた下駄箱を見つけて中を開くと、新品の上履きが入っていた。
それを履き替えようとした時、校門の方から大声で叫ぶ子供の声が聞こえてくる。
「嫌だー!! 絶対にやだ!!」
「やだじゃないでしょ! 女の子なんだからスカートしかないの! 好き勝手したんだから、もうわがままは聞きません! それじゃお母さんは帰りますからね。しっかりとこの学校で女の子らしさを勉強なさい!」
母親の女性の長いスカートの裾を引っ張っている女の子のことを振り払うように足早に校舎を出て行った。
下駄箱の隅からその一部始終を見ていた星が泣いている女の子の方に歩いていく。すると、顔を上げた女の子と星の目が合った。
短い白い髪に涙で潤んでいる青い瞳の女の子は、言葉は悪いが星には美しく見えた。
しばらくお互いの瞳を見つめ合っていたが、女の子は星の履いていたズボンを見て。
「……いいなぁ」
真っ直ぐにズボンを見てそう呟く女の子の手を引いて立たせると、星は彼女の手を引いて近くの部屋に入った。
「交換する?」
「いいの!?」
驚いた様子で目を丸くする女の子に、星は頷いてズボンのベルトに手を掛けた。
ズボンを脱いでそれを女の子の前に突き出すと、さっきまで泣いていた女の子は嬉しそうに何度も頷いてスカートを脱いで星に渡した。
スカートを受け取った星はズボンを代わりに渡すと、貰ったスカートを履いた。
「このスカートは後で下駄箱に返すから、家に帰る前にまた履き替えてね」
「でも、そしたら君はどうするの?」
「心配しなくていいよ。私は運動着に着替えて帰るから、それじゃ!」
星はそう言って急いで部屋を飛び出した。
廊下を走って一番近い階段を駆け上がると、後ろを振り返って女の子が追いかけてこないのを確認して背負っていたランドセルを地面に置くと、壁に凭れて乱れた息を整える。
肩で息をしながらまだ大きく脈打つ胸に手を当てて瞼を閉じた。
どうしてあんなことをしたのか星にも分からない。だが、多分あの女の子が泣いていたのを見てて自分と重なって見えたのかもしれない。
星も自分がいじめに遭った原因のノーパン事件でスカートを履いていて、それ以来学校でスカートを履くのを拒んでいた。
だが、今はその時と違い。エミルが側にいてくれる。だからこそ、強くいられるのかもしれない。普段だったら、同い年の知らない子に話し掛けるなんてことはしなかっただろう……。
心臓の鼓動が次第に治まり、息を大きく吐くと職員室に向かって歩き出した。
職員室の前にきた星がドアをノックすると、中から若い男性教師が出てきた。
「今日転校してくる事になった。伊勢星です」
「ああ! 伊勢様のご令嬢でしたか! 本来はこちらからお迎えに行かなければならなかったのですが、わざわざ御足労願いましてありがとうございます!」
若い男性教師は凄くかしこまってぺこぺこと頭を下げる。そんな若い男性教師の様子に、星はあらためてエミルの家の凄さを再確認した。
若い男性教師に連れられて別室に移動すると、そこにはさっき下駄箱で会った白髪に青い瞳の女の子が座っていた。
2人は互いの顔を見るなり「あっ!」と声を上げると、若い男性教師はそんな2人を見て不思議そうに首を傾げた。
だが、上流階級の子供であれば、学校に入学する前に家同士での関わりがあるなんてのは珍しくもない。男性教師が首を傾げていたのは、そのこともあってなのだろう。
「知り合いですか?」
「……えぇ、まあ」
星がそういうと、白髪の女の子は嬉しそうな笑みを浮かべると自分の座っているソファーの隣をポンポンと叩いて座るようにと促す。
仕方なく彼女の隣に座ると、笑みを浮かべながら星の方を見たが、星は前を向いたまま反応しなかった。
女の子は少し不服そうな顔をしたが、若い男性教師が喋りだしたことで意識がそっちに向いた。
「今回は転校生が2人ということで、私のクラスで犬神さんと伊勢さんを受け入れることになりました。これから仲良くやっていきましょう!」
「はい!」
「……は、はい」
青い瞳をキラキラと輝かせながら力強く頷いたが、星は少し困った表情で歯切れ悪く頷く。
星としてはまさか同じクラスに振り分けられるとは思っても見なかったのだろう。学園の大きさを考えれば、少なくとも1学年で3から5クラスはあると考えていた。だからこそ、親切で自分の履いていたズボンを交換してあげたわけだが、これでは星の予定が大きく狂ってしまう。
困った表情で俯いていると、それを察した若い男性教師は……。
「それではホームルームの時間も迫ってきたので行きますか!」
「はい!」
「はい」
女の子と星が返事をすると、立ち上がった若い男性教師は部屋を出て教室に向かって長い廊下を歩く。職員室は2階にあり四年生の教室も2階にある。いや、正確には各階に職員室があるのだ。
私立の学校ということもあり。卒業生や生徒の親からの寄付などで莫大な資金力があるこの学園でもっとも避けねばならないのは、生徒同士のいざこざだ。もしもいじめや不純異性交遊などが行われれば権力を持つ親の多いこの学園の存続そのものが危うくなってしまうのは必定だ――つまり、職員室が複数に分かれているのはそういった生徒同士の不適切な行動を監視し制止する為に必要な処置なのだ。
学園には1000人以上の教職員が在籍しており、常に学園生活、学業や部活動に問題が起きないように常に動いている。
1階に一、二年生は一階に各5クラス。2階に三、四年生。3階は五、六年生。そして4階には視聴覚室、理科室、調理室などの特別教室が並んでいる。それはもしもの水害に備えての避難所も兼ねているからだ。しかも、この学園では夏に恒例の学校合宿というものがあり、希望する生徒は学校に泊まり込みで星を見る会や怖い話などの行事も行われる。
学園で行われるイベントも他の公立学校よりも多く、道徳の授業の代わりに月一単位で学生の保護者が経営しているアミューズメント施設や会社の慰安旅行で使う施設などに校外学習を行っている。
これだけ多くのイベントを行えるのも資金力のたまものであり、それだけ保護者も生徒同士での交流の時間を大事にしているということでもある。それも社会に出てからお互いに協力する必要があり、人生にとって有益な存在になれるようにという背景があるのだ――。
星達が着いた教室のドアの上にはせり出したプレートには2組と書いてある。
「お二人とも少しここで待ってて下さい。私が呼んだら入ってきて下さい」
二人がそれを聞いて頷くと教室の外で待っていた。
隣で星に話し掛けようとそわそわしている女の子を他所に、星は前を向いたまま窓から空を流れる雲を見ていた。
しばらく教室の外で待っていると、中から2人を呼ぶ声が聞こえてきて星と女の子は教室に入っていった。
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