オンライン・メモリーズ

~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~
北条氏成
北条氏成

友達4

公開日時: 2022年9月17日(土) 21:12
文字数:2,586

 エントランスに行くとスーツに身を包んだ年配の従業員が駆け寄ってくる。


「伊勢様。ようこそお越し下さいました。当方は支配人の遠藤と申します。さっさっ、お部屋までご案内致しますのでどうぞ!」


 かしこまった男性に連れられエレベーターに乗ると、彼は最上階のボタンを押す。


 最上階に着くと長い廊下を歩きながら支配人が2人にホテルの説明を始めた。


「当ホテルの自慢は温泉でして、毎日産地直送で運んでもらっています。室内だけではなく浴室でも街を一望できますし。また、ジャグジーやサウナも備えております。ルームサービスも既に料金に含まれている為、好きなだけ頼んで頂いて大丈夫です」


 説明しながら赤い絨毯の廊下を歩いて行くと、部屋の扉の前で止まった。


「こちらが当ホテルのスイートルームになります。それでは御用の際はなんなりとお呼び下さい」


 ドアを開いてすぐに離れた支配人の男性が深々と一礼して来た廊下を戻って行った。


「はぁ……」

 

 星は男性の姿が見えなくなると同時に小さくため息を吐いた。


 庶民でしかなかった星には、どうしても高級ホテルの接客は息が詰まる。

 っと言うより、自分の身の丈に合っていない環境に未だに適応できずにいた。


 部屋に入ると、地上を一望できる窓が広がっている。落ち着いた雰囲気の内装に高級そうなソファーにテーブルが置かれている。奥の部屋にはキングサイズのベッドに白い天蓋がかかっているのがちらっと見えた。


 星の様な庶民が高級なホテルに来ると、どうしても値段が気になってしまって落ち着かない。

 椅子に座ってそわそわしている星とは違いエミルは普通に備え付けの冷蔵庫の中からジュースやプリンなんかを取って星の元に持ってきた。


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。このくらいのホテルなら、前にも泊まったことあるでしょ?」

「いえ、でも……あ、ありがとうございます」


 エミルからジュースの入った瓶を受け取ると、それを口に運んだ。


 ジュースを少し飲んで大きな息を吐き出した星は、何気なくエミルに質問する。


「どうしてホテルに泊まろうと思ったんですか?」

「ん? どうしてだと思う?」


 質問を質問で返され困った顔で考えているのを見てエミルは笑うと、星の質問に答えた。


「気分を変えたいのもあるけど、家だとメイド達がいるから星とゆっくり話が出来ないでしょ? ここなら誰にも聞かれることもなく話せるからね!」

「どんな話をしますか?」


 星が小首を傾げながら尋ねると、エミルは服を脱ぎ出して下着姿になった。


「せっかくだし、お風呂で話しましょう?」

「……お風呂ですか?」


 少し嫌そうな顔をしている星。


 だが、それはエミルとお風呂に入りたくなかったわけではなく。彼女とお風呂に入ると必ず頭を洗われるからだった。


 幼い頃から母親が仕事で忙しく、父親もいなかった星は水に触れる機会がなく、かなずちな為に頭から大量の水を被るシャンプーが苦手なのだ――。


 星が「どうしてお風呂でなんですか?」と聞き返すのを軽く流すと、星の手を引いてお風呂に向かう。


 脱衣室で服を脱いだ星とエミルが浴室に入ると、エミルが置いてある椅子をポンポンと叩いた。星はそれを見て大きなため息を吐いて諦めたように椅子に座った。


 いつものように星が目を強く詰むっている髪を洗うと、エミルは星の髪を束ねてゴムで結んだ。その後、エミルも自分の体と髪を洗って青い長い髪を縛ると、外の夜空に輝く星を見ている星を呼んだ。


「いらっしゃい。体を洗ってあげる」

「はい」


 星はエミルの方に歩いて行くと、再び椅子に座って前を向いた。


 星の体を洗いながらエミルが耳元でささやく。


「――私はいつも星が学校で楽しくやってるかなって心配なの。だから、今日は星の学校での話をいっぱい聞きたいな~」


 だが、星はエミルの話に何も言わずに前を向いたままでいる。


 エミルは何も言わない星の背中の泡を洗い流すと、星の両肩に手を置いて言った。


「さあ、お風呂に入りましょうか!」

「……はい」


 星は小さく返事をして頷くと彼女に導かれるままに湯船に浸かる。

 

  お湯に浮かべられたバラの花びらを手に取って見つめる星の紫色の瞳は少し悲しそうに見えた。それはエミルも分かっているのか、お湯の中で星の体を持ち上げて自分の膝の上に抱き寄せた。


「わっ!」


エミルは驚いて声を上げた星の耳元で言った。

  

「星は軽いわね。ちゃんとご飯を食べてる? 食べないと大きくならないわよ?」

「ちゃんと食べてます。それにご飯はいつもお姉様と一緒に食べてますよね?」

「あはは、確かにそうね! 星があまりにも軽いからびっくりしちゃって忘れてたわー」

 そう言って笑うエミルに、星は少し困った表情で眉をひそめた。


 星が水面に浮かぶバラの花びらを指で突いていると、エミルが背中から覆い被さるようにしてささやくように言った。


「……星はどうして友達いらないの?」

「それは……」


 沈黙する星に向かってそっとエミルが告げる。


「今日やった事がだいたい友達と出掛けてやる事だから心配しなくてもいいのよ?」

「……違うんです。私には友達を作る資格がないんです……」

「友達を作る資格って……そんなの必要ないじゃない。星が作りたいと思った時に作ればいいんだから――」


 笑みを浮かべながら優しくそう言ったエミルの方向を向いた星が珍しく声を荒げた。


「――だめなんです! 私は友達を作ったら! だめなんです……」


 大きな声を上げる星に驚き目を丸くさせているエミル。


 その様子を見た星は我に返って悲しそうな顔で前を向き直した。


「私はお姉様に黙っていた事があります……」


 エミルは星の震えた肩にそっと手を置いて言った。


「別に無理して言う必要はないのよ? 誰だって言いたくない事のひとつやふたつはあるものなんだから……」

「それじゃ、ダメなんです!」


 俯く星はエミルの膝の上から立ち上がると、エミルの方を向いた。


 そしてしばらく無言の時が浴室の中に流れた後、生唾を呑み込んだ音の直後に星が話し始める。


「――私はお姉様に……いえ、エミルさんの思っている子じゃないんです。本当の私はあなたに守ってもらえるような人間じゃない……」


 今にも泣き出しそうな顔で言った星をエミルも真剣な顔で見つめていた。


 おどけて見せることもできたが、それだと星の心にしこりを残すことになってしまう。だからこそ、エミルは星の想いを受け止める覚悟をしていた。例えそれがどんな内容だったとしても…………。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート