地面に着地した紅蓮は転がることで落下の衝撃を和らげると、紅蓮のすぐ後ろに羽根が降り注ぎ。辺りに土煙を巻き上げ、一瞬にして視界が奪われる。
次に紅蓮の姿が現れた時には、肌襦袢の姿から青い帯に袖のない純白の着物。下半身はスパッツで太ももまで覆っている。動きを良くする為か腰の部分で着物は大きく左右に分かれていた。
紅蓮は刀を地面に突き立てると、口に咥えていた金色の紐で長い銀色の髪を結ぶ。ギュッと束ねた髪を揺らしながら、地面に突き刺してある刀を引き抜くと、その刀身をルシファーに向けて構える。
「――戦うからには負ける気はありません。さあ、私の全力でお相手しましょう!」
しかし、紅蓮の気持ちとは裏腹に、ルシファーは翼を広げて今にも飛び立ちそうだ。
まあ、このゲームでは珍しい飛行能力を持ち。戦闘力が高く、一体でも十分に街一つは壊滅に追い込むだけの火力もある。
操作する者も、強大な力を持つルシファーを、たかが1プレイヤーに過ぎない紅蓮にわざわざぶつける必要はないと思ったのだろう。
「――逃しませんよ。あなたが私に用はなくとも……私にはあるんです! 氷無永麗殺!!」
だが、紅蓮がそうやすやすと通すわけがない。握り締めた刀を振るうと、刀身から発生された冷気で空気中に氷の粒子がキラキラと輝き、それが一気に広がり吹雪となって翼をはためかせ、今にも浮き上がろうとするその巨体に襲い掛かる。
一瞬にして翼と足が氷で包まれ、ルシファーの動きを止めた。しかし、それも一時的なもので。ルシファーはすぐに氷で覆われた足を力任せに動かし、いともたやすく氷の拘束を破る。
ゆっくりと紅蓮へと視線を向けるルシファーに、紅蓮も真剣な面持ちで刀を構えた。
すると、ギシギシと音を立てて翼を覆っていた氷を徐々に振り落とし、大きく広げられた翼から鋭利な羽根を放つ。
紅蓮も高速で撃ち出される羽根を即座に見切って、向かって来る羽根を華麗にかわしている。が、次第に土煙が舞い上がり。再び視界を奪われてしまう……しかも、羽根に付いていた氷の粒子も相まって視界は絶望的だ――。
っと、紅蓮の持った小豆長光の刀身に冷気が集まり、刃の形を模って高濃度に固まる。
煙の中。紅蓮がその刀を右側に構えると。その直後、轟音とともに煙を斬り裂いて彼女の視界に大きな剣が姿を現す。
回避できるだけの時間の余裕はない……。
紅蓮はその巨大な刃を、冷気の帯びた刀身で受け止めようと試みたが、自分の数十倍もの巨大な剣を受け止められるはずもない。
物凄い剣圧に紅蓮は押し負け、剣に押されるかたちで吹き飛ばされてしまった。
地面に刀を突き立て足を踏ん張って止まろうとするが、まるで高速で向かってきた巨大な鉄球をぶつけられたようなもの――とてもじゃないが、そんな付け焼き刃の行動でなんとかできるものではない。
飛ばされた紅蓮は木々を薙ぎ倒しながら、先にあった大木に体を強く打ち付けてやっと止まる。
全身を強く打ちつけられ、木に凭れ掛かるようにして地面に座り込んだが、紅蓮は刀を地面に突いてゆっくりと立ち上がった。
「なるほど、攻撃力は以前ダンジョンで戦った時よりありそうですね。HPを半分持っていかれましたか……」
木を薙ぎ倒すほどのダメージを受ければ、現実世界なら骨折で動けないはずのだが、紅蓮はまるで何事もなかったかのように立っている。
「……それでは、今度はこちらから行きます!」
自分の体ほどもある長刀を上段に構えると、紅蓮は勢い良く走り出す。
感知したルシファーは翼を大きく広げると、向かってくる紅蓮に一斉に掃射する。広範囲に放たれた羽根が土煙を上げて彼女の姿を覆い隠した。
っと突然。立ち込める土煙の中から紅蓮が飛び出すと、構えていた純白の刀を素早く振り抜いてルシファーの足を斬り付ける。
股の下を駆け抜けると、素早く体を反転させて地面を蹴って飛び上がり、ルシファーの背中に刃を突き立てて背中に大きな切り傷を刻んだ。そのまま、刀を逆手に持ち替えると、紅蓮はその刃をルシファーの背中へと深々と突き刺す。
ルシファーも斬られたことに気付いたのか、防衛本能で体を大きく揺らす。紅蓮は背中に突き刺さしていた刀を引き抜くと、自分に向かってきた腕の方に飛び移って、間髪入れずにルシファーの胸元に斬り掛かる。
胸に素早くニ太刀を浴びせると、直後に体を蹴飛ばし離脱した。
もう少しダメージを与えていてもいい気もするが、どちらにしろ長期戦は免れない。
圧倒的な体格差がある上に、敵は絶対に攻略不可能と言われたていた堕天使ルシファーだ――情報が少ない以上。迂闊に突っ込んで体力を消費するのだけは避けなければいけない為、慎重すぎるくらいが丁度いい。
地面に着地した紅蓮は、ルシファーの頭上に見える膨大なHPゲージを見て。
「減っているかさえ確認できませんね。これは長くなる……」
小さくボソッと呟いた紅蓮は、再び冷気を帯びた青白い刀身を素早く体の前に構える。すると、直後に天を覆い尽くすほどの羽根が紅蓮を襲う。
その場から動かず最小限の動きで、体に当たる軌道にある羽根を弾く。
能力を使って刀身を冷気で固めるのは、武器の耐久度を少しでも長持ちさせる為だ。
攻撃で巻き上げられた土煙の中から、紅蓮が飛び出す。しかし、それはルシファーとは真逆の方向だった。彼女としては一旦、距離を置きたいというところだろう。
正直。近付けば両手に持った剣で攻撃され、離れれば背中の翼から撃ち出される羽根で攻撃きされる上に、防御力、攻撃力ともに高く。
紅蓮でなければ、一撃受けただけでHPの殆どを失い。その場でなにを置いても回復アイテムを使用するしかないが、紅蓮は固有スキル『イモータル』の効果でHPを回復する必要がなく。HPが『0』になったら、自動的にフルの状態まで回復する。
しかし、苦痛をカットできないスキルな為、精神力と体力は著しく消耗してしまい。結果として、疲労の限界を迎えてしまうことになる。
疲労の限界を超えると、システムが異常を感知して脳への影響を考慮し、自動的にスリープモードに入る。
つまり意識を失ってしまうわけだ――これは防衛行動であり。本来なら、真っ黒になった視界に強制ログアウトか蘇生の選択機能が作動する。
今はその機能が改悪を受けている状況で、記憶のデータ処理を寝ている状況と殆ど同じに固定されてしまう。もちろん。このタイミングでモンスターなどに撃破されれば【Delete】つまり、今の仕様ならば確実にこの世界から削除されてしまうのだ。
紅蓮は不死であるが故に突っ込みすぎると、過度にダメージを受けすぎて、痛覚によっての保護システムに引っ掛かってしまうことが多々あった。
そうなると、撃破されるという選択ができない分。一気に気絶状態に入ってしまうのだ――もちろん。いつも強制ログアウトや街の教会に戻されることになるわけだが、逆にその苦い経験が今のこの状況下でも生きているのだろう。
いつの間にか戦闘で無理をしなくなり、痛覚もある程度は意識的に遮断できるようになってきた。何よりもこの経験で大きかったのは、敵との間合いの取り方だ――複数の敵と戦闘をする上で必要なのは、一体一体との距離感だが、巨大なボスとの戦闘ではいかに早くその死角に滑り込めるか。
ルシファーのように巨大な敵は動きが遅く、視野が広い。
それはそうだろう。上から見下ろす視点にいる方が有利なのは、FPSなどのプレイヤー視点のゲームでは基本中の基本だ。
本来ならばメルディウスが敵の注意を惹き付け、その隙に死角から紅蓮が攻撃を仕掛けるのが基本戦術なのだが、今はそうも言ってはいられない。
幸いここはまだ木々が生い茂っている。このステージならば、小柄な紅蓮が身を隠すにはうってつけだ。
木々の間を高速で移動して背後に回り込むと、即座に攻撃を加えて離脱する。
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