遊園時間一杯までアトラクションを乗っても、園内にある全てのアトラクションを制覇することはできなかった。さすがは日本を代表するテーマパークであるということなのだろう……。
入場ゲートの外でアレックスと別れたエミルと星は、車で待っていた小林と合流してエミルの家へと帰った。
家に帰って大きい門を潜って黒塗りの高級車から降りて家のドアを開けると、何やら家で働くメイド達の様子が普段と違うことに星が気付く。
なんというか、いつもは笑顔で出迎えてくれるメイド達の表情はどことなく緊張しているようで、笑顔も作り笑いとまでは言わないまでも引き攣っているように見えた。
普段から人間観察をしている星でなければ分からないほどの違いしかないだろうが、それでも確実に以前とは違う……。
ただならぬ雰囲気を感じ取った星は隣に居たエミルの顔を見るが、その表情は普段通りで異変に気が付いてはいなさそうだ。それどころか、遊園地が楽しかったのか自分を見ている星に「楽しかったわね。また行きましょうね~」とふんわりした満足そうな顔で言った。
どことなくゲーム内でお菓子を食べている時のエリエに似ていた気がする――。
(……エミルさんは気付いていない感じ……でも、やっぱり何かが変だ……)
エミルに笑顔で返した星はそう思いながら自分の部屋へと戻った。
部屋に戻ると、大きなキングサイズのベッドに倒れ込む。広いベッドの上を転がって天井を見上げても、見慣れた天井とは違うはずなのだが、不思議と落ち着く気がする。だが、おそらく心のどこかにはここが自分の居場所だと思っているからかもしれない。
明るい部屋の天井を見上げていると、帰ってきた時に思っていたメイド達の反応など気にならなくなるから不思議だ。
「――遊園地。楽しかったなぁ……」
そう呟いた星の口元が自然と緩んでしまう。
まあ、それも無理もない。星はまさか自分が遊園地に行くなんて思ってもいなかった。テレビなどで見たくらいで、実際にある場所なのかさえも怪しい。もしあっても自分が行くことはありえないと思っていた。
星にとって遊園地に行った思い出は間違えなくかけがえのないものになっただろう……。
瞼を閉じて記憶の中にある遊園地を思い起こしている間に、星は夢の中に落ちてしまった。
次に星が目を覚ましたのはそれから1時間くらい経ってからだった。ドアをノックする音に起こされた星は眠い目を擦りながらゆっくり体を起こしてドアに向かって「どうぞ」と言った。
部屋に入ってきたのはエミルでその表情は少し緊張している様にも見える。
「星ちゃんちょっといい?」
「はい?」
エミルに呼ばれた星はベッドから降りると、小走りでドアの方へと向かう。
自分の前まで来た星にエミルが徐に告げる。
「――星ちゃんに会わせたい人が居るの」
「……会わせたい人?」
静かに頷いたエミルは身を翻して廊下を歩いて行く。そんな彼女の後ろを星がゆっくりと歩いて付いていくと、食堂のドアの前でエミルが足を止めた。
すると、星の方を振り向いて星の両肩に手を置くとゆっくり一言一言を噛み締めるように告げた。
「いい? この先に居るのは星ちゃんも会った事がある人だけど全く別の人なの。丁寧な対応をしないといけない」
「丁寧な対応……普段通りで大丈夫だと思います」
星が微笑みを浮かべながらそう返すと、エミルは瞳に涙を浮かべ首を横に振って突然星の体を抱きしめた。
「だめ――それじゃだめなのよ……もしかすると、星ちゃんと離れ離れになるかもしれない……」
「……エミルさん」
急に抱きついてきたエミルを見て不安そうに眉をひそめている。
それもそうだ。星には何のことか全く理解できていない。何故なら、今日の昼までは普通に楽しく遊園地で遊んでいて、突然なんの脈絡もなくそんなことを言われても理解できる者はいないだろう。
星は抱き付いているエミルにゆっくりと徐に告げる。
「分かりました。私もいつも以上に気を付けるようにしますから、心配しないで下さい」
抱き付いているエミルに優しくそういうと、星はエミルの体を自分からそっと離した。
離れたエミルは潤んだ瞳で星の瞳を見つめ、星は深く頷いて笑顔を作って見せた。だが、もちろん星が緊張していないと言えば嘘になる。
扉一つへだてたその先に、自分の今後の運命を左右するであろう人物が待っているのだ。さすがに泣き出しそうなエミルを前に強がってはいたが、内心では心臓が飛び出すほど緊張していた。
しかし、それを悟られない様に星が重い扉をゆっくり開く。すると、その扉の先に居た人物に星は驚き目を見開き思わず口を開いたままその場に立ち尽くしている。
「どうしたんだい? 早く入ってきなさい」
優しい声で笑顔を浮かべている男性は、水色の髪に帽子を被ったスーツ姿の英国紳士――それは、今日別れたはずのアレックスだった。
「はい。失礼します……」
星は緊張しながら食堂に入ると、星は座っている彼の横に行って丁寧に頭を下げた。
「――星です。よろしくお願いします」
深々と頭を下げる星の頭に手を乗せ、優しい声音で「うん。よろしく」と言った彼に、星は少しほっとした様子で息を吐く。
星の頭から手をどけた彼はゆっくりと椅子から立ち上がった。
「君の様な子が私の娘になってくれて嬉しいよ! 難しいだろうが、ここを自分の家の様に、私を自分の本当の親の様に思ってほしい」
そう言って頭を下げた彼に星はきょとんとしながら呟く。
「は、はい……えっと、アレックスさん? 私はこの家に居てもいいんですか……?」
戸惑った様子の声に顔を上げた彼は何かを思い出したように首を傾げている星に向かって言った。
「ああ、私の本当の名前は伊勢智弘。でもまあ、君が良ければ『お父様』と呼んでくれると嬉しいな!」
「はい。お父様!」
智弘のことを『お父様』と呼んだことで、星は本当の意味でこの家に迎えられた気がしてぱぁーっと表情を明るくさせた。
しかし、その2人のやり取りを見ていたエミルが驚いた様に声を上げる。
「私に言ってたのと違うじゃないの! どう言う事よお父様!」
「ん? 私は言ったと思うよ。ただ、愛海や星ちゃん。娘2人と遊びたかっただけだってね」
「………………」
無言のまま呆れ顔をしているエミルを見た智弘は、急に真剣な顔に変わり。
「親を見くびってもらっては困るよ。自分の娘が実際に接して連れてきた子を受け入れない理由がない……親が娘の目利きを疑ったら終わりだ」
「……お父様」
智弘のその真剣な眼差しを受け、エミルは驚いた表情を見せた。それもそうだろう。普段から海外で仕事をしていて面と向かって話す機会はテレビ通話くらいなものだ――にも拘わらず。父親がそれだけ自分のことを信頼しているとは思ってもいなかった。
エミルは満更でもないような笑みを浮かべると、智弘は手を叩いてメイドを呼び付けた。
「料理を運んでもらえるかな? もう待ちすぎてお腹がぺこぺこなんだ」
「はい。旦那様」
そう言って笑顔で自分のお腹を擦った智弘にメイドも丁寧に頭を下げると食堂からキッチンのある部屋へと戻って行った。
そして立っている2人に智弘が言い放つ。
「ほら2人ともいつまでも突っ立ってないで席に付きなさい。すぐに料理が運ばれてくるのに立っていたら邪魔になるよ」
「「はい」」
2人が返事をすると智弘と向かい合うように隣り合わせで椅子に座った。
少しして、メイド達が次々と銀色のトレーに料理を持って食堂に入って来る。テーブルの上に置かれた数多くの料理は遊園地内のホテルの料理に引けを取らないほどの種類があって、選ぶだけでも大変なくらいだ。
大きな細長いテーブルに置かれている料理は肉料理だけではなく、魚や野菜などがバランス良く並んでいる。
多くの料理を前にして智弘が口を開く。
「さあ、食べよう。頂きます!」
「「いただきます」」
智弘の声に合わせるように星とエミルも手を合わせて言った。
食事を終えると、智弘の部屋で床に恐竜図鑑とアルバムを広げて化石発掘の話を聞いた。そして夜の11時を時計の針が回ると、智弘は次の仕事に向かう為に家を出る。
玄関で仕事に行く智弘を2人が見送る。
「それじゃ、行ってくる」
「お父様、なにもこんな遅くに行かなくても……明日の朝に出てもいいんじゃないの?」
心配そうにそう言ったエミルの頭を優しく撫でる智弘。
「いや、遅くなるより早いに越した事はないよ。心配してくれるのはありがたいが仕事は仕事だ、あまりのんびりもしていられないからね」
「……お父様は仕事をし過ぎなんですよ」
膨れっ面をするエミルに苦笑いを浮かべた智弘の視線が星へと向いた。
「――星ちゃん。いや、星」
「は、はい」
まだ緊張しながら名前を呼ばれた星が返事をする。
「今度帰ってきた時にはもっと色々な話をしようね!」
「はい!」
優しい笑みを浮かべてそう言った智弘に星も笑顔で頷いた。
「それじゃ行ってくるよ。また帰ってくる時は連絡するから、2人とも仲良くね!」
「はい。行ってらっしゃいませ、お父様」
「行ってらっしゃいませ」
エミルに続くように星が言うと智弘は黒塗りの高級車に乗り込んだ。
父親に付いている30代の若い執事が、エミル達にお辞儀をして運転席に乗り込むと車を発進させる。
その車が見えなくなるまで星とエミルが見送ると、家の中に入った。
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