モンスターに囲まれた遥か先に、馬に乗って武装したプレイヤーの波が押し寄せてくるのが見えた。
砂煙を上げて滑走してくる馬の大群が徐々に消え、プレイヤー達がモンスターの大群に得物を振りかざしてぶつかっていく。
辺りにプレイヤーの怒号とモンスター達の断末魔が響き渡り。今までは強気に飛び掛かってきたモンスター達も援軍の数に恐れをなしたのか、大した抵抗も見せずに意外なほど呆気なく背を向けて後方へと撤退を開始した。
突如、戦意を失い撤退を開始した敵にメルディウスが歓喜する横で、マスターだけはその行動に不審そうに眉をひそめていた。
そのモンスターの行動は他のメンバー達の所でも同じだった。
デイビッドとカレンの所では――。
「デイビッドさん。見てください! 敵が逃げていきますよ!」
「ああ、やっと終わったのか…………はぁ~」
情けないほどのため息をついて、倒れるように地面に寝転がる。しかし、それはカレンも同じようで、大きなため息を漏らしてその場に座り込んだ。
2人共多くのモンスターを相手にして、相当気を張っていたのだろう。そんな時、後方に退いていく敵を見つめ、カレンが不思議そうに首を傾げた。
「でも、どうして逃げるんでしょうね」
「ん? そんなのこっちの味方が来たからじゃない? ほら、エミルがルシファーを倒したからね!」
「……そうですね。師匠が何かしたのかもしれないですし!」
カレンは満面の笑みで頷くと、デイビッドも力強く頷き返した。
そこにネオと小虎が叫び声を上げながら、逃げる敵を斬り付け進んでいくのが見えた。その後ろを他のプレイヤーも血眼になって敵を追い回し撃破している。
逃げる数万の敵二千足らずのプレイヤーが追い掛け回す構図は、何とも夢があっていいものだ。
そして、エリエとミレイニのチームの所でも――。
「ちょっとミレイニなにしてんの! 早くそいつから離れなさい!!」
「嫌だし! こいつは……絶対ゲットするし!」
暴れる大きな漆黒の狼の背中にがっしりとしがみついているミレイニ。
エリエは跳び回り走り回ったりして暴れる漆黒の毛並みの狼に、威嚇する様にレイピアを向けている。もしもミレイニが背中から振り落とされれば、エリエはなんの躊躇もなく攻撃するだろう。
だが、ミレイニは離れるどころか、まるでロデオの様に巧みに乗りこなしていた。
前にサンショウウオに乗っていたこともあるが、ビーストテイマーだけあって、こういうのには慣れているのかもしれない。
すると、ミレイニの体が黄色い柔らかな光を放ち波紋のように広がり、徐々に暴れていた狼が大人しくなっていく。そして完全に暴れるのを止めた頃には、攻撃的だった赤いその瞳が優しいものへと変わる。
ミレイニはすっかり大人しくなったその漆黒の毛を撫でると、ゆっくりとその背中から地面に降りた。そこに、レイピアを柄に収めたエリエが恐る恐る近付いてくる。
「……ミレイニ。これってフェンリルでしょ? 大丈夫なの?」
「うん。フェンリルだし! そんなに警戒しなくても、もうだいじょぶだし! この子はペリーにするし! ねぇ~、ペリー」
前足に抱き付いたミレイニの頬を、ペリーが優しく舐める。どうやら、その名前が満更でもないらしい……。
呆れ顔のまま、左手で額を押さえた。もちろん、その理由は彼女のペットに付けるネーミングの問題である。
「あんたのそのネーミングセンスはどうにかならないの? あんたが乗ったらペリーが黒船でしょうが……」
「黒船? 黒飴と間違ってるし? あはははっ、エリエ。黒飴を黒船と間違えるとか――色しか合ってないし、ほんとバカだし!」
ミレイニが自分を指差して大声で笑い声を上げるのを見て、エリエは拳を握り締めて。
「……ミレイニ。後で見てなさいよ~」
っと呟く。まあ、こんなところでミレイニを攻撃すればフェンリルや、ミレイニの他のモンスターに攻撃されかねない。特に今もエリエに向かって鋭い視線を向けて、殺気を放っているサーベルタイガーのシャルルにだが……。
その頃、エミルとイシェル達はと言うと――。
援軍の到着にほっと胸を撫で下ろしたエミルが、大きく息を吐いてイシェルの方を振り向く。
イシェルは優しく微笑みを浮かべ、手を後ろに組んでゆっくりとエミルの隣に歩いてくる。
「なんや。もう、うちらの圧勝って感じやねぇ~」
「ええ、どうして撤退した理由はなんなのかは分からないけどね。何か裏がないといいけど……」
難しい顔で考え込むエミルの肩をイシェルが軽く叩くと、微笑みながら言った。
「エミルは考え過ぎやよ。単に急な強襲とボスの撃破やろ? 最も分厚い場所を抜いとるんよ。そら敵も焦って当たり前やし。状況を少しでも立て直すための撤退と見て間違いないんとちゃうん?」
「……そうね。私もそう思うわ」
笑顔で微笑み返すエミル。そんな彼女の頭を強引に引き寄せると、自分の胸元にぎゅと押し付け優しく抱きしめる。
突然の行動に驚いたエミルは、がらにもなく慌ててじたばたと手を振り回す。
「――頑張るんは、エミルのええとこやけど……無理だけはしたらあかんよ? うちはなにがあってもエミルの……エミルだけの味方やからね……」
「……ありがとう。イシェ……」
エミルがイシェルの背中に腕を回すと、イシェルも同じようにエミルの腰に手を回してぎゅっと体を抱き合う。
静かに瞳を閉じて抱き合うと、2人は互いの存在を確かめ合うように更にきつく抱き合っている。その直後、エミルの視界とイシェルの視界にマスターからのピピッとボイスチャットのメッセージが表示された。
不機嫌そうに眉をひそめるイシェルと、驚いたように目を見開いたエミルがボイスチャット開始のボタンを押す。
『皆、敵にしてやられたぞ! 街を囲むように配置されていた敵が全て消えた! 目の前にいる敵はフェイクだ!』
鬼気迫る彼の声音に、2人は驚きを隠せない表情をして互いに顔を見合わせる。
「……マスター。なにを言っているのか……フェイク?」
『そうだ! バロンが交戦していた敵部隊が突如、無数の魔法陣で消えたらしい! 詳細は不明だが、これ以上前方に出ないように周りの者達に通達してくれ!』
「ええ、分かりました。なんとかやってみます!」
普段のマスターの姿からは想像も付かないほどの彼の慌てた様子に、エミルは隣にいたイシェルと顔を合わせて深く頷き合う。だが、その時にはすでに全てが遅いと彼女達はすぐに知ることになる……。
マスターとの交信を切った直後、エミルとイシェルの耳にモンスター達の咆哮が聞こえ彼女達がその方角を見ると、今まで味方が走っていた後方の森の中から次々と青白い光が立ち上がり、突如として現れた魔法陣の中からモンスター達が続々と姿を現わした。
そう、敵は撤退していたのではなく。その目的は攻撃専門の部隊をなるべく始まりの街から離す為のものだったのである。
しかも、無数に召喚できる魔法陣により。街を囲む部隊の全てをエミル達の後方に召喚させることで、後衛部隊との断絶を可能にした。また、前後をエミル達を敵に挟まれた状況に陥らせ包囲殲滅戦を仕掛けることもできる。
それだけではなく、敵はこちらが即席で集めた連合軍であることも想定に入れて囮の雑魚モンスターだけを残して、連合軍を街から遠ざけて主戦となる中ボスクラスのモンスターで街を囲んでいる。
まさに変幻自在の戦法だ――だが、モンスターを召喚できるのであれば、マスターもその可能性を視野に入れていたはず。
しかし、今回はまんまと敵の術中にハマってしまったのは、元々フリーダムにプレイヤーを特定の場所に転移するシステムはあっても、モンスターを意図した場所に召喚できるシステムがなかったからだ。
そう。ゲーム内のモンスターはそれぞれに出現場所を指定されている。それはモンスター同士での戦闘を行いドロップアイテムがフィールドに散らばるのを防ぐ必要があるからであり、システムの悪用を防ぐ為、それはシステムで完全に制御されている。
固有スキルで自分の所有物としたモンスターは別だが、それ以外は全て不干渉とされている類のもの……それを自由自在に動かせるということは想定を遥かに超えた事態だった。
進路も退路も防がれたマスター率いる攻撃部隊は一網打尽にされるか、敵の数が少なく薄い前方を抜き、戦線を離脱する以外にすでに活路はない。
後方に救援を要請しようにも、後方にいる部隊の殆どが防衛を進言した者達で、血の気の多い者等は全てマスターの策に乗り前線に出ている。
従って後方に残された者の殆どが非戦闘員か、防衛を志願した腰抜けプレイヤーという最悪の構図になっていた。
それはつまり。街に残してきた者達を見捨て、二陣に飛び出してきた部隊と共に他の街へと撤退するということだ――。
そして何より……後で街の者達と合流することになっていた星が、後方の街の城門前に取り残されていた。魔法陣から次々と召喚され、徐々に数を増やす敵にエミルの表情は絶望と焦りで真っ青に染まる。
慌てて手に持っていた剣を鞘に収めると。
「イシェ後はお願い! マスターと合流して今後の対策を思案して! 私は最悪の場合は星ちゃんだけでも連れてくる!」
「ちょ! なに言ってるん!? エミル!!」
エミルは召喚用の巻物を取り出し。空中で雑に広げると、笛を吹いてドラゴンを呼び出す。
青く白銀の鎧に包まれた小柄なドラゴンが呼び出され、エミルが直ぐ様そのドラゴンの背に跳び乗る。
「行くわよ! ライトアーマードラゴン!」
甲高く鳴き声を上げると、エミルの言葉に応えるようにライトアーマードラゴンが翼を広げ、素早く上空へと飛び立つ。
止める隙もなかったほどのエミルの素早い行動に、イシェルは口をあんぐり開けたままその場に立ち尽くしていた。
徐々に小さくなるエミルの背中を見送りながら、イシェルが渋い顔をすると彼女に言われた通りマスターの元に慌てて走り出す。
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