甘味処でたらふく宇治抹茶金時あんみつスペシャルを食べた3人は、紅蓮達のギルドホールへと向かって歩いていた。
本当はフィリスはバロンと別の宿に泊まっていたのだが、こんな状況下では街の宿は危険と判断したのだろう。今日は紅蓮達のギルドホールにお世話になることになっている。
楽しそうに鼻歌交じりで歩くフィリスが星に声を掛けてきた。
「星ちゃんは一人部屋なの? 良かったら私のお部屋に来ない? たくさんお話しよ!」
「――え、えっと。でも……」
不安そうにエミルの顔を見た星に、エミルは満面の笑顔で返した。星はそれを見ると、不安そうな表情は崩さず仕方なく頷く。
まあ、星としてはまだ親しくないフィリスと過ごすのが不安だったのだろう。本当ならエミルが止めてくれると思っていたのだろうが、これは完全に見当違いだった。
エミルの思惑は分かる。おそらく、彼女は四天王と呼ばれるテスターの中で最強と言われるバロンと一緒に星を居させた方が安全と判断したのだろう。何故なら、今のエミルは自身のドラゴンの中でも最強である虎の子のリントヴルムZWEIを撃破されてしまっている。
リントヴルムと他のドラゴン達は再使用可能だが、リントヴルムの火力を持ってしても再びルシファーの攻撃は耐えきれない。
だが、四天王と呼ばれるバロンならば星を無事に逃がすくらいの時間は稼いでくれると確信して、彼等に星を預ける選択を取ったのだ。
嬉しそうにはしゃいでいるフィリスと不安そうな表情をしながらも苦笑いを浮かべる星を横目で見て、眉をひそめたエミルは少し悲しいような寂しいような複雑な感情に苛まれていた……。
ギルドホールに着いた星はエミルに別れを告げると、フィリスに手を握られながら彼女達が泊まる部屋へと向かって行く。だが、星は何か嫌な胸騒ぎを感じていた。
部屋に着くと、遠くからレイニールがやって来るのが見えた。きっとエミルが星はフィリスの部屋に泊まると、部屋番号を教えたのだろう。
「あるじー!!」
一直線に星の胸目掛けて飛び込んできたレイニールを星は受け止める。
その手に抱きかかえられたレイニールが頻りに星の服の匂いを嗅ぎ始めると、疑惑の瞳で星の顔を見上げた。
自分を見上げるレイニールの訝しげな瞳に、星の額からは冷や汗が流れる。
「何か甘い匂いがするのじゃ……我輩をホテルに残して、主は何をしてきたのじゃ!」
憤りを表して両手を突き上げているレイニールに、星は困り顔で返した。
まあ、レイニールがステーキを食べ過ぎて眠ってしまったのが原因であり。しかも、星達がモンスター達と戦闘を行った上で甘味処にいって打ち上げをしたのだが。そんなことを言えば、今のレイニールを更に興奮させかねない。
そんな時、困っている星の横にいたフィリスがレイニールの顔を覗き込んで。
「後でルームサービスでなんでも好きなの頼んでいいから、それで許してよ。ねっ?」
「な、ならば仕方ない。本当になんでもいいんだな!?」
頷く彼女に、レイニールは体で喜びを表現するように星の腕の中から飛び出した。
星はそんなレイニールの姿を見てほっと胸を撫で下ろすと、フィリスの機転に感謝していた。まだ親しくない人物だが、少しだけなら心を許してもいい気がする。
現実世界では他人を信用するという考え星の中にはなかった。他人は自分のことばかりで、人の気持ちは顧みない。非は認めないし、自分のやりたくないことは平気で人に押し付けてくる。
常に一定のグループで行動し、新しい人間を入れたがらない。その癖、嫌なことはグループ外の者に数に物を言わせて押し付け自分達は楽しいことだけをする。
大人達は分からないが、子供はそれが普通のことでどこのグループにも属さない星はいつも嫌なことを押し付けられ。だが協力者がいない為、一人で淡々と確実に熟すしかない。しかも、できなければ彼等はまた大人数で叩きにくるのだ。それが自分の役割でない失敗でも都合のいい言い分を付けて、全てを星の責任にしてくるのだ……。
信用や信頼などと言う言葉とは縁遠い世界で生活してきた星にとって、人を信用するということは騙されることと同じであり。裏切られた時の悲しさを人一倍知っている星には、一人でいるという選択肢しかなかった。
しかし、この世界では皆が星に優しく。困っていれば必ず助けてくれる。
人を頼ってもいい。そんな生活が少し当たり前になってきていたからの心境の変化かもしれない。だが、同時にその心境の変化を拒絶し、恐怖している自分もいる。
過去のトラウマが蘇り、辛い感情が星の心を支配していく。
(……だめ、信用したら。またいつ裏切られるか分からない。……ううん。この人はいい人だから、私を裏切らなくてもトールさんみたいになるかもしれない。そんなのやだ! 私がもっと強くなってみんなを守らないと! ……でも、私にはエミルさんみたいな力は……いつでも倒れちゃって、結局は何の役にも立たないのに……。やっぱり嫌われる方が――それなら簡単で誰も傷つかなくてすむし、私は傷つくのに慣れてるから何も問題は……)
その場に立ち止まってそんなことを考えていると、何も知らないフィリスが不思議そうに首を傾げているが飛び込んできた。
「どうしたの難しい顔して……もしかして緊張してるのかな?」
「……いえ、そんなことは――ッ!? な、ない」
いつも通りに言葉を返しそうになるのを我慢して、できる限り感じ悪く言葉を返した。
フィリスは笑顔を浮かべ「まあまだ慣れないよねー。ゆっくり仲良くなればいいよ」と星の目線に合わせるように膝を折って言った。しかし、星はそんな彼女から無言で視線を逸らす。
それからしばらく経って…………。
最初はツンツンしていた星だったが、結局普段の彼女にすっかりと戻っていた。いや、戻るしかなかったと言う方が正しいかもしれない。
今まで嫌われたいと思って行動したことなどないと言ってもいい。当然だろう……星は少しでも有効的にすることに今まで全力を掛けてきた。
それは嫌われるのが怖かったからだ――誰しもひとりぼっちになるのは耐えられない。まだ小学生の女の子ならば尚の事だろう。
フィリスは相槌を打つ星に向かって、楽しげに言葉を交わす。
「私は目玉焼きにソースをかけて食べるんだけど、星ちゃんは目玉焼きに何をかけて食べるの?」
「目玉焼きはしょうゆです」
「ならオムライスは?」
間も空けずにすぐに聞いてくるフィリスに少し戸惑いながらも、星は少し考え込んでいる素振りを見せる。
当然だ。星はオムライスにはトマトケチャップしかかけないと思っていた。しかし、彼女の口ぶりだとまるでオムライスにトマトケチャップ以外のなにかをかけている。
だが、それが何なのか星には分からない。まさかオムライスに醤油をかけて食べるとでも言うのか?いや、仮にもしも星がいつもかけているトマトケチャップが邪道だとしたら、彼女がどんな顔をする心配だった。
少し考えた末に星は大きな息を吐いて小声で呟く。
「――トマトケチャップ……ですか?」
不安げに告げると、フィリスは大きく頷いて。
「普通ならそうだよね~」
にっこりと微笑んでそう答えるフィリスに、星は少しホッとした様子で肩を脱力させた。
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