翌日。星が目を覚ますと、見知らぬ天井が広がっていた。今までのことが夢であったのかと、ため息を漏らした星がゆっくりと体を起こして、不安そうな表情で周囲を見渡した時、隣に寝ていたエミルを見つけてほっと胸を撫で下ろした。
昨日までの出来事が全て夢だったと思って起きた星にとって、隣にエミルが寝ていたことが本当に安心できた。
まだ眠っているエミルを起こさないようにそっとベッドから抜け出すと、広い部屋の中を歩いてテーブルのあるリビングへと着くと、そこには執事の小林がスーツ姿で立っていた。
「おはようございます。お嬢様」
「あっ……お、おはようございます」
深く頭を下げて挨拶をする彼にまだ慣れないのか、たどたどしく挨拶を返す星。
頭を上げてにっこりと優しい微笑みを浮かべる彼に、星は少し言い難そうに言った。
「――あの、私はお嬢様じゃ……できればもっと自然に呼んでもらえると……」
「いえ、私は執事ですので、これが自然体でございます。今はまだ違和感があるでしょうが、そのうちに慣れていただけるかと……」
「……は、はい」
上手く丸め込まれる感じで頷くしかなかった。
「お嬢様。ホットミルクなどはいかがでしょうか?」
「あっ、お願いします」
執事の小林は笑顔で「はい」と頷くと、部屋に置かれた冷蔵庫の中に入っている牛乳を出してコップに入れてレンジで温める。
星はそれを待ちながら部屋の中をうろうろと動き回っていた。部屋のあちらこちらに昨日見たキャラクターの型やマークの家具や飾りがあることから、まだ遊園地の近くにいるのは間違いないだろう。
部屋の中を散策していた星を呼ぶ声がして小走りでテーブルの方へ戻る。椅子に腰掛けて入れてもらったホットミルクをゆっくりと飲み始めた。
微かに甘いホットミルクを口に含んでゴクンと飲み込んだ星が隣に立っていた執事の小林に尋ねた。
「あの、ここはどこなんですか?」
不思議そうな顔で聞いた星を見て彼は優しい口調で答えた。
「昨日。眠ってしまったお嬢様を、愛海お嬢様が遊園地に隣接しているこのホテルに連れてこられたのです。こちらの遊園地は半日で回れる位の規模ではないので、精一杯楽しんでほしいと……」
「そうですか。エミルさんがそんなことを……」
それを聞いた星は頬を赤らめて嬉しそうにしながら照れ隠しかカップに口を付けてホットミルクを飲んだ。
カップから口を離すのを待って、今度は執事の小林が星に尋ねてきた。
「星お嬢様の言うエミルとは愛海お嬢様の事なのですか?」
「……はい。ゲームの中での名前だったので……」
「そうなのですね。ですが、愛海お嬢様はきっと姉と呼ばれる方が喜ぶと思いますよ? 岬お嬢様を亡くして、まだその心の傷も癒えておりませんので。お姉様と呼んで頂ければ、きっとお喜びになると思います」
そう言われた星は「そのうち」と言葉を濁してホットミルクに再び手を伸ばすと、そこに起きたエミルがやってきた。
ピンク色のパジャマに身を包んだエミルは目を擦りながら星の座っている椅子の隣にやってきて。
「……おはよう。星ちゃんも小林も早いわねぇ……」
「おはようございます」
「おはようございます。愛海お嬢様」
挨拶をしたエミルに星と執事の小林が挨拶を返す。
「愛海お嬢様にもホットミルクを用意致します。少しの間お待ち下さい。
執事の小林が冷蔵庫のある方へと向かって歩いていく、隣に座ったエミルは星の顔を見て微笑むと。
「どう? 小林とは仲良くなれた?」
っと尋ねてきた。だが、星は難しい顔を見せると、エミルも察したように星の頭を優しく撫でながら。
「大丈夫。そのうちに仲良くなれるわ」
「……はい」
そう言って硬い表情をしている星を励ました。
少しの沈黙の後、エミルは話を切り替えようと徐に星に尋ねる。
「そういえば。このホテルには部屋で注文する事もできるけど、ビュッフェスタイルの朝食を取る事もできるのよ。後で行ってみましょうか!」
「ビュッフェスタイル?」
聞きなれない言葉に星が首を傾げると、エミルも気付いたのか慌てて説明を始めた。
「ビュッフェって言うのはね。たくさんの料理が盛られたお皿から好きな物を自分の取り皿に取って食べれるシステムの事よ。野菜が嫌いならお肉とかばっかり取ってもいいの」
「好きな物だけを食べていいんですか!?」
「ええ、本当は栄養のバランスを考えて食べた方がいいんだけど、今日は特別に星ちゃんの好きな物を好きなだけ食べていいわよ」
星が嬉しそうに「いいんですか!?」と聞き返すと、エミルはそんな彼女に笑顔で返した。
笑みを浮かべるエミルの顔を見た星は椅子から立ち上がってエミルの手を引っ張って言った。
「早く、早く行きましょう!」
「そうね。それじゃ~、着替えて行きましょうか!」
エミルも椅子から立ち上がると、出来立てのホットミルクを持って歩いてきた執事の小林に告げる。
「小林。悪いんだけど、着替えを持ってきてもらえる?」
「はい。承知致しました」
持っていたホットミルクをテーブルに置いて、執事の小林は胸の前に手を当て丁寧に頭を下げると部屋を出て行った。
エミルはテーブルに置かれたホットミルクを息で冷まして一口飲むと、隣に座っている星の顔を見た。
「昨日は少ししか遊べなかったから、今日はいっぱい遊びましょう。今日はいっぱい遊べるわね」
「本当ですかッ!?」
ホテルに泊まって帰ると思っていた星は嬉しさのあまり椅子から立ち上がって、テーブルに手を突いて前のめりにエミルの顔を見つめる。
エミルは「ええ」と深く頷いてにっこりと笑った。星は嬉しさを抑えられず、テーブルから離れて遊園地の見える窓へと走っていくと、瞳をキラキラと輝かせながら園内を見下ろしていた。
そんな星を遠くから優しい眼差しで見つめていたエミルは、嬉しそうに微笑みを浮かべている。
それは普段のかしこまった感じのない本当に嬉しそうにしている星が新鮮で、ずっとエミルが見たいと思っていた彼女の本当の姿なのだ。ゲーム世界にいた時はデスゲームという緊張感のある環境でどうしても星の本当の姿を見ることはできなかった。
しかし、今は違う。確かに星はまだ油断はできない状況なのだが、今の彼女はエミルの保護下に入っていてすぐにはなにかが起こる状況ではない。だからこそ、今の星はこの時間を楽しめるのだろう……。
窓の外を眺めていた星の耳に部屋をノックする音が聞こえ振り向くと、開いたドアから執事の小林が腕に少し大きめのスーツケースを持ってきたのが見えた。
執事の小林は持っていたスーツケースを地面に下ろして上下に開いた。
スーツケースの中にはさまざまな服が入っていて、エミルが中身を物色し始めるのを見て星もゆっくりとスーツケースの方へ歩いていく。
中を覗き込むと、星が思った通りズボンはなく、スカートタイプの服しか入っていなかった。
そんな中からエミルが選んだのは、水色に白いバラの花の刺繍の入ったワンピースに同じくバラの模様に切り抜かれた白いレースのブラウスを着せられた。
エミルもワンピースを選んだのだが、上が紺色でスカート部分が薄いレースの二重構造になっていて腰の部分が細く、体のラインが見えるようになっていた。
着替え終わったエミルはテーブルの上に置かれていたホットミルクを一気に飲み干して、星と約束していた朝食を取りに部屋を出た。
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