紅蓮と別行動になってしまった小虎と少女は、あてもなく人が多く行き交う繁華街の中を歩き回っていた――。
「お姉さん。ちょっと休憩しよう。僕もう足が棒になりそうだ~」
だらしなくふらふらと体を揺らしながら少女の後を歩いていた小虎が、そう弱音を吐いて立ち止まる。
重い足取りでよろけながら歩いている小虎に、心配した少女が優しく声を掛けた。
「そうね。紅蓮ちゃんもどこかに行っちゃったし……どこかのお店で休憩しよっか!」
「うん!」
小虎は『休憩』という言葉を聞いた途端に元気を取り戻し、少女を追い越して駆け出した。
少女をその場に残し、あっという間に先に行った小虎が振り返り。
「おーい。お姉さん早く休憩しに行こうよー!」
「もう。足が棒になるんじゃなかったの~?」
元気に手を振っている小虎を見て、少し呆れた様な笑みを浮かべると、小虎の後を追いかける。
2人は近くの大きなビルの様な建物内のファミレスに入る。
どうして、オンラインゲームに現実世界のファミレスが存在しているのかというと、それはこのフリーダムがRMTを推奨しているゲームだからに他ならない。
一般的なモニター越しにするオンラインゲームでは、RMTは推奨しているものは少ない。
それはそうだろう。IDをいくらでも作れるMMO内でRMTを推奨すれば、アカウントハックや複数アカウントでのBOT――つまりプログラムによって無人のキャラクターを操作し、昼夜問わずモンスターを狩り続け、利益を上げる違法プレイヤーが数多く発生するだろう。
しかもそれだけではなく、VR以外のゲームでレストランを経営してもあまり意味がない。
もしRMTを推奨しているゲームがあったとしても、モニター越しでは実際に食事をしている感覚には程遠いだろう。
しかし、その点に置いてフリーダムはリアルに近い感覚でゲームを楽しめる。
そこでは特殊な技術で五感を再現し、現実世界と同じように空腹感があり。食事をすると、それと比例して満腹感が得られるようになっている。
そしてなにより。RMTによって、ゲーム内通貨が現実の通貨へと換金可能なのだ。
それは、企業側として1つの産業にできるということでもあり。そして、ここには客となるプレイヤーに事欠くこともなく。実際に現実世界で存在している店の宣伝にもなる。
更に経営する上での大きな負担となりうる人件費は、既存のNPCによって賄うことができる上に本来掛かるはずの店舗を建設、更には光熱費、店舗維持などに掛かるはずの膨大な賃貸費用も掛からず、売上から少量の店舗区画使用料を差し引いても損はしない。
そして何よりその店舗の売上の規模によって、選択できる建物の規模も変化するということも嬉しいところだろう。
どうして売上によってという制限が付いているかというと、いくらゲームとはいえ、使える土地には限りがあるからだ。
そのせいで店舗を大きくする際は、横にではなく縦に大きくなってしまうのは致し方ないと言えるだろう――。
今、2人が入った建物も大きなビルの様な造りをした建物で、しかもその1階から全てがそのレストランの持ち物だ。
これだけの店舗を構えるのに現実では多額の資金が必要だが、この世界では決まっているのは土地の使用面積だけなので、上に伸ばすことには申請さえすれば許可が下りる。
通貨を変換するというデメリットを除けば、企業側としては外部通貨を利用して商売をしているだけなので、ゲームの中というよりは海外に店を構える感覚に近いのだろう。
2人は窓際の席に座ると、意気揚々とメニュー表を広げた。
「私が払うから、何でも好きな物を頼んでいいからね?」
「――払うって……お姉さんお金あるの?」
「お姉さんに任せておきなさい!」
小虎もそれに倣ってメニュー表を広げ心配そうに尋ねると、少女は自慢気に胸を叩く。
それを不安そうに見つめる小虎を尻目に、少女は店の制服を着たNPCを呼んで料理を注文し始めた。
決められた制服なのか、店長の趣味なのかは分からないがNPCはピンクを貴重とした服にフリルのあしらわれた可愛らしい白いエプロン姿、頭にはメイドの様なカチューシャを付けている。
かしこまりながらも、NPCが「ご注文をどうぞ」とだけ発言した。
「えっと……ジューシーハンバーグセットと苺たっぷりミルフィーユとマロンクリームケーキとメロンクリームソーダと――」
どんどん注文していく少女を、小虎は呆然と見つめている。
フリーダムの中では空腹時には視野の歪みと動きが鈍くなる。それは少しでもリアル感を追求しているゲームシステム上仕方がないのだが、その反面満腹の上限がなくほぼ無限に食べられる。
お金さえあれば食べきれないというリスクを心配することなく、誰しも夢見た『ここからここまで全部下さい』が言えるのである。
長々と注文していた少女がやっと小虎の方を向く。
小虎は冷や汗を掻きながらも、もう一度少女に尋ねた。
「お姉さん。凄い勢いで注文してたけど、お金は足りるの? 僕、今そんなに手持ちがないんだけど……」
「ああ、大丈夫! お金はお姉さんに任せなさ~い。それよりほら、小虎くんも何か頼みなよ!」
心配そうにコマンドで残金を確認している小虎に、彼の心情など知る由もない少女はにっこりと微笑む。
小虎は一抹の不安が残りながらも、その笑顔を信じることにした。
「それじゃー。グリルチキンのセットで」
NPCはそれを「ご注文は以上ですか?」と聞き返すと、足早に厨房の方へと向かって戻っていった。
それから数分後。2人のテーブルの上には注文した品が、所狭しとテーブル一杯に並べられた。
並べられた料理を見て、小虎は思わず顔を引き攣らせている。
改めて見ると注文した料理の数に驚いたのもあるが、それ以上にこれだけの料理を注文して代金を支払えるのかということだろう。
だが、少女はそんなことなど気にする素振りも見せずに両手を合わせると「いただきます!」と嬉しそうに料理を食べ始めた。それを見て小虎も遅れて、注文したグリルチキンをナイフで切りながら、ふと少女の方を向いた。
「お姉さん。ゲーム始めてそんなに経ってないんだよね?」
「もぐもぐ……ええ、そうだよ。この事件が発生したのはプレイして3日目かな? ほんと迷惑な話よね~」
不機嫌そうにそう呟き、ナイフで切ったハンバーグを口に運ぶ。
彼女の話を聞いて、小虎は何かに気付いたのか、更に難しい顔をする。
「それだと、そんなにお金ないと思うんだけど……」
小虎の言う通り、ゲームを始めて日の浅い少女が資金を調達できる術があるとは思えない。
現実的に見れば、死んだら終わりのデスゲームと化したこの世界で、お金を稼ぐよりレベルを少しでも上げる方が断然優先度が高く、雑魚モンスターを狩って余裕が出たらもっと強いモンスターへとステップアップするのが今のセオリーだ。
しかし、雑魚モンスターの落とすお金は微々たる物。フィールドボスクラスを倒せばそれなりにお金が入るが、それ以外の方法では地道に稼ぐ以外に手はない。
今の少女にはとてもじゃないが、この数の料理の代金を支払う能力はないと思うのだが……。
っと少女がため息を吐き出すと、不安げな表情をしている小虎に向かって徐に告げた。
「――まだ気にしてたんだ……実はね、お兄ちゃんがこっちにお金を送ってきたの。だからお金の心配はいらないよ」
「お金を送ってもらったっていくらくらい?」
「う~ん。100万くらい?」
少女は涼しい顔で今度はスプーンに持ち替え、マロンクリームケーキを乗せるとぱくっと口に頬張る。
「100万ユールも!? それってどれだけ稼ぐの難しいか分かってる!?」
「――ふぇ?」
小虎が驚きのあまり叫ぶと、少女はスプーンを咥えなが小首を傾げた。
まあ、彼女の様子からして、自分がどれだけのことを言っているのか全く理解できていないようだが……。
少女はスプーンを口から放すと、そのスプーンを皿の上に置いて、ゆっくりと口を開く。
「う~ん。でも、また追加で送るって、お金を受け取る時にメッセージ付いてたし。それに……」
少女はクリームソーダに手を伸ばすと、ストローですーっと吸い上げ、一息ついた。
「でも、お金って貯めてても仕方ないでしょ? 使う時には使わないと……だから、今はこうして楽しい時間を過ごしてるんだし。それでいいんじゃないかな? 小虎くん」
そう言って微笑みかける少女に。
「まあ、奢ってるし。お姉さんがいいなら……」
っと呟くと、小虎は再び料理を食べ始めた。
その何か吹っ切れた様子の小虎に、少女はもう一度微笑むと、今度はハンバーグを頬張り、頬に手を当て幸せそうに呟く。
「私。昔からこうやってカロリーとか気にしないで、ご飯を限界まで食べてみたかったの~」
そう微笑みながら言って、上機嫌で次々に料理を口に運ぶ少女に圧倒されながらも、小虎は言い難そうに口を開いた。
「――お姉さんは知らないかもしれないけど……この世界では満腹でも普通に食べられるんだけど、それを癖つけちゃうとさ……現実に戻った時に太るらしいよ?」
それを聞いた直後、少女は顔を青ざめると、料理を口に運ぶ手が止まった。
「――嘘…………ゲームなのに?」
「ゲームでも、感覚は実際の体と共有してるからじゃないかな?」
「そっか……私は何て事を……」
少女は意気消沈しながら、その場に俯いてしまう。
まるで世界が終わりが来るような虚ろな瞳でテーブルの上の料理を見下ろしながら、急に静まり返った少女。
その落ち込みようを見て、慌てて小虎が声を掛けた。
「だ、大丈夫だって! これから気をつければいいんだし!」
その言葉を聞いた直後。少女はむくっと顔を上げ、猛烈な勢いで食べ始める。
その豹変ぶりに小虎が驚き目を丸くさせた。
「ど、どうしたの!?」
「もったいないし。これ食べてから後悔するの!」
「……や、やけ食い。女性って怖い」
泣きながら食べ進めていく少女を見て、小虎は聞こえないくらいの声で呟いた。しかし、頼んだ物が多すぎて、結局店を出る時にはもう外はすっかり暗くなっていた。
だが、無限に食べられると言っても甘い物ばかりを食べれば、脳に記憶されている感覚が蘇るのは必然と言えた――。
「うぅ~。小虎く~ん。気持ち悪いよ~」
「あんなに食べればしかたないよ。ほら、ホテルに戻るよ」
顔を真っ青にしながらふらふらしている少女の手を引いて、ホテルへと向かって歩き始めた。
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