紅蓮の部屋をノックするとゆっくりとドアが開き、中から紺色の着物を着た白雪が彼女達を出迎えた。
奥のテーブルでは紅蓮やメルディウス。剛が席に着いて落ち着いた様子でお茶をすすっているのが見えた。
白雪がドアの横に避けてエミル達を部屋の中へと招き入れようとしたのだが、エミルは首を横に振ってそれを拒むと部屋の中にいる紅蓮を呼んだ。
持っていた湯呑を置いて椅子から立ち上がった彼女は、エミルの方へと向かって歩いてくる。
「何かありましたか?」
目の前まで来て顔を見上げる紅蓮に、エミルが申し訳なさそうに告げた。
「実は、うちの仲間が覆面の男を探しに出てしまって、それを止めようと小虎くんも追いかけて行ってしまったんです……」
「そうですか、なるほど……」
その話を聞いた紅蓮は考えるように顎の下に指を当てると、振り返ってお茶を飲んでいるメルディウスを呼び付ける。
「――ギルドマスター様の出番ですよ!」
それを聞きビクッと体を震わせた彼は、嫌そうな顔をしながら紅蓮の方へと向かってくる。
「なんだよ。その呼び方する時はろくな案件じゃないんだよなぁー」
頭を掻いてそう言った彼に、エミルがもう一度事の次第を詳しく話す。
すると、彼は面倒くさそうな顔をしながら鼻の頭を掻いて口を開く。
「ってか、それは今朝やってダメだっただろ? 探すって言ってもあてはあるのかよ……」
「いや、それは……」
口を詰まらせたエミルを見かねた紅蓮が二人の間に口を挟んできた。
「あてとかではなく、彼女は仲間達が心配だから私達に声を掛けたのですよ……いいでしょう、私も行きましょう。悪いですが白雪も協力して下さい」
「たく、面倒だなぁ~。ついさっき帰ってきたばっかりなのによ」
紅蓮が白雪の顔を見て言うと、彼女もすぐに頷き返す。それを見て嫌々ながらも、メルディウスもそれに賛同する。
紅蓮は剛にこの場に残ってくれるように言って、部屋を出ていこうとしている時に、エミル達がカレンの所にいくという話をしているのを聞いて、エミルに「彼女ならここに来てから、ずっと毎日道場に通ってますよ」と教えてくれた。
彼女に言われた通り、カレンのいるというギルドホールから少し離れた場所にある道場にエミル達は訪れた。しかし、道場のドアを叩いても返事はなく、中に入ったのだが中には誰もいなかった。
道場の中に用意されている更衣室なども探したのだが、彼女の姿はどこにもない。
星とレイニールが顔を合わせて首を傾げている中、エミルは訝しげな顔で辺りをくまなく見渡している。
だが、カレンが隠れている様子もなく。彼女の性格を考えれば、隠れて人を驚かすようなことはしない。
彼女が居ないということは、間違いなく出掛けているということだ。まあ、どこにいるかは分からないが……。
エミルは一通り周囲を確認すると、がっかりしたように大きなため息を漏らした。そして星の方を向くと。
「星ちゃん。他の人は来ないけど、私だけでもいい?」
そう。エミルは星の言った『みんなで』と言ったことを覚えていたのだ。彼女がカレンの姿を必死に探していたのは、そういう理由があったのだ。
落ち込んだ様子のエミルに向かって、星がにっこりと微笑んで。
「――いいんです。エミルさんと二人きりの方が私も気が楽ですし……」
「あはは、そうね……」
そう言われ苦笑いを浮かべて相槌を打つ。そこに、レイニールが怒った様子で星の前に飛んできた。
「我輩もいるから二人きりではないぞ! ちゃんと我輩も数に入れるのじゃ!」
怒っているレイニールに「ごめんね」と告げると、レイニールは満足したように頷いて、星の頭の上に乗った。
道場を離れ街に出ると、心なしか通り過ぎるプレイヤー達が星とエミルのことを見ている気がする。
それが気になっているのか、落ち着かない様子そわそわしながら、隣を歩くエミルの顔を見上げると、彼女はその視線に慣れているかのように全く気にもとめていない。
すると、星の視線に気が付いたエミルが話しかけてくる。
「どうしたの?」
首を傾げながらそう尋ねたエミルに、星は周囲のプレイヤーの視線を気にしながら言った。
「……なんか、みんなに見られている気がします」
「それは当然よ! なんて言ったって、あの『剣聖』だもんね。街のみんなも貴女には感謝してるのよ。それに、私もそうだったけどすぐに慣れるわ……」
「……慣れるかな?」
星は苦笑いを浮かべそういうと「きっとね!」とエミルがにっこりと笑う。
特にあてもなく昔の江戸の様な町並み続く千代の街の繁華街を歩いていると、エミルがある建物の近くで止まる。
そこには長屋の様に細長い日本伝統の瓦屋根の店があり、その軒先の木の看板には大きな文字で『呉服』と書かれていた。
その店先で止まったエミルが突然星の方を振り向くと、その両肩を掴んで興奮気味に星に尋ねる。
「せっかくだし。今日は着物で動き回りましょうよ!」
「……えっ? 別に私は――」
「――それじゃ! さっそく中に入りましょうか!」
エミルは星の意見など聞く気もなく彼女の言葉を遮って、その手を引いてお店の中へと強引に入っていく。中に入ると様々な着物が並んでいて、女性客も多くとても煌びやかな空間になっていた。
エミルと星が店に入ると、店主だろう――中肉中背の和服姿の男性が手を擦り合わせながら低姿勢で近付いてくる。
「お嬢様方、何かお着物をお探しですか?」
咄嗟に星がエミルの背中に隠れると、エミルはそんな星の後ろに回るとその背中を押して前に出した。
驚きながら後ろにいるエミルの顔を見た星に、彼女はウィンクして微笑んでいる。
店主の男は星の長い黒髪を見て、難しそうな顔をしながら考え込んだ。
「元々いい素材ですから、逆に悩みますね……純粋に黒で合わせてもいいですし。非対称の白もいいですね。いや、鮮やかな黄色やピンクなどの蛍光色系も黒髪が引き立っていいですねぇ…………実に悩ましい!」
「分かる! 分かるわその気持ち!」
何故かエミルが店主の言葉に共鳴したように突然声を上げた。彼女は店主の手を取ると、同士を見つけたようなキラキラとした瞳で店主に迫る。
共感し合うニ人に嫌な予感がしながら、後ろを向いてこっそりとその場を離れようとした直後、エミルの手がガシッと星の肩を掴む。
「どこに行くのかなぁ~? それじゃー、私はこの子の着替えを手伝うんで店主さんのおすすめをじゃんじゃん持ってきて下さい!」
恐る恐る振り向いた星ににっこりと微笑むと、その背中を押して試着室へと入っていった。
更衣室に入ると、店主が仕切りの隙間から着物を次々に入れてくる。エミルはそれを確認して星の方を向いて星の着ている服を脱がせると、手際良く着物を着せていく。
だが、どうしてエミルが難しいと言われている着物の着付けられるのか、星は不思議に思ったのか上機嫌のエミルにその理由を聞いてみる。
「前にテレビで着物を着るのは難しいって聞きました……どうしてエミルさんは着物の着かたを知ってるんですか?」
「そうねぇ……まあ、現実世界で着物を着る機会が多かったからね。それより、できたわよ!」
それを聞いて現実世界で着物を着る機会がどれほどあるのかと首を傾げている星の腰に巻いた帯を、立ち上がったエミルがポンと叩く。
星の着ている黒い着物を見て黄色い悲鳴を上げているエミルを他所に、鏡に映し出された自分の姿を見て驚く。
黒い生地にピンク色の蓮の花の刺繍が施され、帯も淡いピンク色に桃の花が散りばめられている。長く黒い髪が光に照らされキラキラと光を反射し、驚いた様子で大きく開いた紫色の瞳がキラキラと輝いている。鏡に映るその少女を自分だと認識するまでに、少し時間が掛かった。
星が鏡に映った自分の姿に見入っていると、後ろから肩に手を置いて耳元でエミルがささやく。
「――どう? 綺麗でしょ。これが貴女なのよ? 星ちゃんは可愛いんだから、可愛い格好しないともったいないわ」
「……でも。この着物がいいだけで、私がいいわけじゃ……多分私よりエミルさんの方が似合うと思いますよ?」
後ろに立っているエミルの顔を見て星がそういうと、彼女は困り顔でいると、更衣室の棚の上でその光景を見ていたレイニールが飛んできて星の頭に乗った。
「主は普通に顔がいいぞ。もっと自分に自信を持った方が良いのじゃ!」
「そう……なのかな?」
レイニールの言葉を聞いても信じられないのか、星は鏡に映る自分の姿をじっと見つめていた。
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