マスターは険しい表情を崩さずに、至って真面目な声音で皆に告げる。
「これの先に赤く印が付いた物が3本ある。儂を含めた他3名が街に買い出しにいく事になる」
「ちょっと待って下さい!」
彼のその提案に異を唱えたのはカレンだった。
カレンは自分が無条件で、マスターと一緒に行けるものだと思っていたのだろう。
大きな声を出したカレンに、皆の視線が集中した。しかし、カレンはそれに物怖じする様子もなく言葉を続ける。
「どうして俺が一緒に行けないんですか!? 街も安全じゃありませんし。こういう時は連携を取りなれている人と組む方がいいと思います!」
立ち上がり、身を乗り出し気味で切実に訴えるカレン。
だが、マスターは至って冷静だった。
「まあ、カレンの言う事も一理あるが、この時間を利用してメルディウスやバロン達とも交流できればと思ってな。クジに当たればあやつもやらざるを得ないだろう」
マスターは横目でちらりとバロンを見ると、彼は不機嫌そうに目を逸らすが、そんな兄に変わって妹のフィリスが何度も頷く。
次にメルディウスと小虎の方に視線を向けると、彼等も異論はないのか深く頷いた。
彼等の反応を見たマスターは満足した様に頷き返すと、突き出していた腕を更に伸ばし。
「さあ、引け!」
声を大にしてマスターが叫ぶ。
先にメルディウス、小虎が拳から出ている紐の先を掴んで同時に引っ張る。が、残念ながら2人の取った紐の先には何も付いていない。
「うむ……2人ははずれのようだな。ならば次だ!」
次にエリエが引く。だが、それもはずれだった――。
っと、ふとエリエの後ろからミレイニが現れてクジに手を伸ばす。しかし、それを既の所でエリエが伸びてきた腕を掴んで止める。
ミレイニは不服そうにエリエを睨みつけると大きな声で叫んだ。
「なんで止めるし! あたしもクジ引きたいし!」
「クジ引きたいって……あんた。話聞いてなかったの? これは街に行く人を決めるクジなのよ!?」
頬を膨らませながら不服そうに腕を上下にブンブンと振っているミレイニにエリエが言うと、ミレイニはエリエの腕を振り払って腰に手を当て堂々と胸を張った。
「そんなの分かってるし! でも結局。街に遊びに行くわけだから、同じだし!」
その言葉を聞いてエリエも額を押さえ大きなため息を吐き出す。同じようにその場に居た者達も呆れ顔で小さくため息を漏らしていた。
まあ、彼女からしてみれば、昨晩の出来事を見ていないのだから無理はないのだが、大体の雰囲気で状況を察することができないのはミレイニらしいと言えばらしいのだろう……。
だがその直後、マスターが微笑みを浮かべ、ミレイニの前にクジを突き出した。
「まあ、1人だけ引けないのも不公平だろう。当たれば特別枠という事でいいだろう」
「さすがおじいちゃんは優しいし! なら…………これだし!」
真剣な眼差しでマスターの持つ紐のクジを見つめ、ミレイニは力強く紐を引っ張りその先を見た瞬間、不機嫌そうに頬を膨らませた。
その反応とは対称的に、エリエはほっとした様子で息を漏らす。
納得いかないと言った顔をしているミレイニの背中を押して、ソファーの方へと追いやる。
「ほらほら、外れた人は退けて退けて」
「むぅ~。納得いかないし! 不正だし、断固抗議するし!」
未だにブツブツと不満を漏らすミレイニを引き連れ、エリエはソファーの陰へと消えていく。
その姿を見送って、今度はイシェルとエミルがクジを引いた。すると、両方共引いた紐の先に赤い印が付いている。
それを見たイシェルが「さすがうちらは切っても切れないんやね!」と興奮気味に言っている中、エミルは複雑そうな顔をしていた。
それは寝室に残してきた星が、全く目を覚ます様子がないことが原因だった。
もう昼過ぎだが、昨晩の事件で眠ったままの星は一向に目を覚ます気配がない。
このゲーム内では疲労は寝ることで回復できる。それはつまり、疲労が大きければそれに従って睡眠時間も長くなるということになる。
エミルは昨晩の出来事が星がやったことなのか知らない。
何故か、その時の記憶だけがぽっかりと抜け落ちているのだが、心のどこかで『きっとあの子が……』と思う気持ちもあった。
今はレイニールが近くに付いているが、できれば彼女が起きた時に一番に会いたいという願望と、もしもの為にしっかりと準備しなければならないという思いが葛藤していた。
それでも、クジに当たってしまった以上。他に変わるということもまた無理だろう。いや、正確には無理ではなく不可能なのだ――何故なら、一緒にクジに当たったイシェルがそれを良しとしないからだ。
おそらく。ここでエミルがいかないとなれば、彼女もまたいかないと言い出してクジをした意味がなくなってしまうからである。そして何よりも……。
エミルはメルディウスとバロンを、気づかれない様に見て眉をひそめた。
(この人達の行動が全く読めない。マスターの言ってた通りなら、四天王と呼ばれる彼等はそれぞれ性格に問題があるらしい。黒い鎧の彼はもちろんだけど……)
心の中で呟いたエミルが、もう一度メルディウスを見遣った。
(あの赤い鎧の彼が最も読めない。初めて会った時にフレンドリーに話し掛けてきたけど、友好的に見える人間が一番危ないのよね……)
疑うように目を細めながらメルディウスを見るエミルの腕に、イシェルが腕を絡めてきた。
まあ、そう心の中で呟いたエミルの頭の中には、犬猿の仲であるライラの顔が浮かんでいた。
驚いて腕を組んできたイシェルの方を向いたエミルに、彼女がにっこりと微笑みかけ。
「ほら、はよう行こ! はようせんと夜になってまうよ?」
「ええ、そうね。でも、まだ残りの1人が決まってないから……」
苦笑いを浮かべつつそう言って彼女を遠ざけると、イシェルは不満そうに眉をひそめた。
そして残った3本の紐を、両端からカレンとフィリスが同時に引く。
2人の引いた紐の先にはカレンの方には印はなく、フィリスの引いた紐の方に赤く印が付いていた。
その結果に不服そうなカレンがフィリスのことを鋭く睨みつける。
攻撃的なカレンのその態度に、フィリスは終始苦笑いを浮かべるしかなかった。
マスターがフィリスを威圧しているカレンの肩をポンっと叩くと、我に返ったカレンががっくりと肩を落とす。だが、エミルにはマスターの思惑が読めていた。
一見公平を装ってクジで決めてはいるものの、選ばれる直前にクジに細工をしていたのを見逃さなかった。
もちろん。それほど大きなものではなく、引かれるクジの奥の方に当たりがくるようにするものだ――人は無意識のうちに自分に最も近いクジを引いてしまう傾向がある。
しかも、それがどうでもいいクジなら尚の事――その心理を付いてマスターは意図してメルディウスとバロンにクジをはずさせたのだ。
これは付き合いの長いマスターだからできる手法と言ってもいい。
その理由は、もちろん必要以上に戦力を城に残しておく必要があるからだろう。
狙われる危険が最も高いのはこの中なら、今寝室で眠っている星だ――以前にもダークブレットに誘拐されたことのある彼女を守る必要があるとマスターは感じていた。
彼女の固有スキルとライラが執拗にちょっかいを出してくるのを見ていれば、彼女が如何に重要な役割を与えられているのはすぐに察することができる。
また、今回のことでメルディウスとバロンの仲を少しでも改善させたいという意図もあったのだろう。だから性格上、最後まで引かないことを予想した上でカレンをこの場に残し、彼の妹であるフィリスを街に連れ出したのも合点がいく。
作戦前にフィリスと一緒にバロンに逃げられては元も子もない。だが、妹のフィリスをこちらで匿っていればバロンは思い通りに動くことはできないだろう。
何食わぬ顔で微笑みを浮かべているが、マスターは相当な策士であるのは間違いない。その後、マスターが選ばれたエミル、イシェル、フィリスの3人を自分の前に呼び出した。
「相手が何を仕掛けてくるか分からん。できるだけ多くの物資が必要になる。装備品以外は外してもらうことになるが、昨晩の事件後で街も警戒が強い状態だからな、敵も迂闊に攻めては来ないだろう。とはいえ、夜になるのは避けたい。皆儂の言う通りに動いて迅速な行動を心掛けてくれ!」
真剣な表情のエミル、イシェル、フィリスはその言葉を聞いて静かに頷く。その後、装備以外のアイテムを全て部屋に置くと、マスターの後に続いてエミル達も部屋から出ていった。
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