一頻り泣いて気持ちを切り替えると、ライラに騙され。しかも、荒野へと置いてけぼりを食らったエミルは不機嫌さを隠しきれずむっとしながら、融合を解き元に戻ったリントヴルムで城まで戻る。
龍神である竜人の姿の方が移動速度は速いものの。あの笛には使用時間に制限がある為、それほど長い距離は使えない。はずだったのだが……どうやら、その心配は取り越し苦労だったようで、戦っていた場所は意外と始まりの街の場所から近い所にあった。
おそらく、ライラは戦闘をする前からこの展開になることを予想していたのだろう。それを思うと、なおさらカーっと頭に血が昇って来る。
だが、そんなことよりも、星をライラに奪われたことが、今は何よりも悔しい。今もあの研究室の様な場所で星が苦しんでいるかと思うと、居ても立ってもいられない。
しかし、今飛び出して行ったところで、その場所を特定するのは万に一つも不可能だということは興奮して熱くなっているエミルの頭でも分かっていた。
このフリーダムでは、個人情報や個々の位置情報を個人が調べることは、原則できないシステムになっている。同じパーティーに居たとしても、同じマップ内ならプレイヤーの詳細な場所の特定が可能だが。
遠く離れている状態では、HPバーの減りは見えてもマップ上にフィールド名は表示されるが、プレイヤーの位置情報は表示されない。
それは、もし何者かがいかがわしい考えを持って女性プレイヤーを襲った場合に、被害者が少しでも容易に逃げられるようにという考えからだ。パーティーへの加入脱退も個々でできるようになっているのもこの為なのだ。
2時間ほど掛けて城に戻ったエミルは、部屋の扉に手を掛けた。中にはすでに皆が集まっているはずだ――そこに自分1人だけ帰ってきたと知ったら、皆はどう思うだろうか……。
そんな考えが、ドアノブに手を掛けたエミルに扉を開けるのを躊躇させていた。その時、突如として部屋の扉が開く。
中から現れたのは浮かない顔をしたエリエだった。
エリエは言い難そうに徐ろに口を開いた。
「……ごめんね。星の記憶がなくなったって黙ってて……でも、エミル姉――」
「――いいえ、謝るのは私の方よ。星ちゃんをライラに奪われてしまったわ……」
エリエの言葉を遮ると、エミルは力無く床に座り込んで両手で顔を覆う。
その場ですすり泣いているエミルを見て、なんて声を掛けたらいいのか分からなくて戸惑っていた。
っと、エリエの後ろからイシェルが飛び出して来る。
イシェルは泣いているエミルの肩を優しく抱き締めた。
「……どうしたん? エミル」
「……イシェ。ごめんなさい」
「――ええんよそないなこと、でも大丈夫。うちが必ずあの子を取り戻してあげるからエミルはゆっくり休んでたらええ。……ふっふっふっ、やっとうちのターンやね……」
泣いているエミルを抱き締めながら、イシェルは聞こえない様にそう言って小さくガッツポーズする。
部屋に戻ったエミル達はリビングで、エリエの作ったスコーンを食べながら、星を救出する作戦を考えていた。
テーブルの上の皿に山盛りになったスコーンに誰も手を付けないまま、時間だけが過ぎていく。
部屋に流れる気まずい雰囲気に、お菓子好きのエリエもスコーンに全く手を付けられないでいた。
そんな時、ケーキを食べた後に床に敷かれたカーペットの上で、まるで猫のように丸まってぐっすり眠っていたミレイニが起きてきた。
「……な~に? 甘い匂いが……ってお菓子だし!? スコーンだし! みんなだけずるいし!!」
急に飛び起きて、テーブルの上のスコーンを見て抗議するミレイニ。
興奮した様子で今にもテーブルの上のスコーンに飛び付きそうな、勢いのミレイニを見て、エリエが渋い顔をする。
「うわっ、また面倒なタイミングで面倒なのが……」
エリエは膨れっ面をしているミレイニの側に行くと、腕を引いて強引に隣の部屋に連れて行った。
隣の寝室へと連れ込むと、ミレイニを壁に追いやると。
「全く、あんたは……空気を読むって意味分かる?」
「それくらい分かるし。バカにしないでもらいたいし!」
腰に手を当てて胸を張っているミレイニに、エリエは呆れ顔で大きなため息をついて額を押さえる。
その後エリエは、膨れっ面のミレイニの頬をつねりながら目を細めて聞き返す。
「言葉を知ってるかじゃないのよ? 意味を分かってるかって聞いたの……」
「いはい、いはいひ~」
「全く。あんたは……状況が状況なんだから、本当に空気を読んでよね……」
呆れながらエリエはもう一度深いため息を漏らして、ミレイニの頬から手を放す。
ミレイニは抓られた頬を撫でると、エリエの行動に断固抗議する。
「ありえないし! そのほっぺたつねるの止めてほしいし! 口で言えばわか……」
「……口で言えば分かるの? なら私もつねらないんだけど?」
満面の笑みで手をわきわきさせるエリエに、ミレイニは怯えたように一目散に部屋の隅に逃げていく。
相当頬を引っ張られるのが嫌なのだろう。まるで、怯えた小動物の様に、隅っこで体を小さくして震えている。
エリエはゆっくりとベッドの端に腰を下ろすと、ミレイニに向かって微笑みながら手招きした。
「ほら、こっちに来なさい」
だが、怯えた様子でミレイニはその呼び掛けに答えようとしない。
当然だ。怒っているエリエの側に行くということは、頬をつねられに行くようなものだろう。
「あら? 言えば分かるんじゃないの? こっちに来なさい!」
「ひっ! ……つねらないって約束するし」
「……分かった。つねらないから」
そうエリエが言うと、ミレイニはビクビクしながらも、ゆっくりと隣に腰を下ろす。
それを確認して微笑むと、怯えるミレイニに優しい語り口で話を切り出した。
「ねぇー、ミレイニ……あなたの目から見て、あの子をどう思った?」
「……あの子ってなんだし? 誰のことだし?」
「星ちゃんよ……さっき私に襲い掛かってきた子。あの子をどう思う?」
エリエはそう尋ねると、ミレイニは「怒らないし?」と上目遣いに聞いてきた。
不安そうに尋ねるミレイニに、エリエは小さく頷くと、ほっとしたようにミレイニがその重い口を開く。
「――正直に言って、あの子は危ないと思うし。仲間に飛び掛って来るとかありえないし!」
「……そうよね。でもね……本当は、あの子はとてもいい子なのよ?」
「信じられないし!」
不信感いっぱいの顔でそっぽを向くミレイニの頭をエリエが優しく撫でる。
ミレイニがその顔を見ると、エリエの瞳には涙が輝いていた。
「私が……私が……」
「……エリエ。どうして泣いてるし?」
「もう……お姉さんって、呼びなさいって……言ったじゃない」
「年下の前で泣いてるお姉さんなんていないし」
涙を流しているエリエの頭を撫で返して、ミレイニが微笑んだ。
星が記憶を失い別人の様になったのも、エリエは自分のせいだと思ってしまっているのだろう。だが、それも無理もない話だ。星と最後に言葉を交わしたのはエリエだったのだから……。
しばらくして、涙を拭うと落ち着きを取り戻したエリエが再び星のことをミレイニに話し出す。
「前にも言ったかもだけど、あの子は自分を犠牲にして私を守ってくれたの。ミレイニが居たあの城で、誰かに何かされたらしいの。それで記憶がね……ないのよ。今のあの子には……」
「記憶がない? でも、人の記憶なんてどうこうできるものじゃないし。あたしの知ってる人でもそんなのいな――」
そこまで口に出して、ミレイニは言葉を飲み込んだ。
その表情は確実に何かを知っている。そう確信したエリエが、表情を曇らせているミレイニに聞き返す。
「なにか知ってるのね。誰にも言わないから教えて!」
「……まあ、今は安全だからいいし。特別に教えてあげる」
一瞬躊躇した様な表情をしたが、すぐにエリエの瞳をじっと見つめながら言葉を続ける。
「前にあたしにペットを貸してほしいって、ボスと一緒にきた人がいるし。その人が確か、パソコンがどうって言ってた」
「その人って誰?」
考える様に唸ると、首を傾げながら。
「それまでは分からないし。でも、白衣に狼の覆面を被った変な奴だし」
「……狼の覆面」
エリエはそれを聞いた瞬間に、星と最後に別れた場所で檻の中から見た覆面の男がパッと頭の中に浮かんだ。
何とも言えない悔しさと共に、同時にエリエの中に仮面の男への殺意が込み上げて来る。
(……星をあんな目に合わせて、あの覆面ただじゃ済まさない。確実にこの手で仕留めてやる!!)
エリエはそう心に決めると、ニヤリと不気味に笑う。
すると、怯えながらも心配そうな表情でミレイニがエリエを見た。
「なんか、顔が怖いし……大丈夫だし?」
「うん。大丈夫! あんたのおかげでなんか色々見えてきた。ありがとね!」
「えへへ~。そんなことあるし~」
頭を撫でられ、上機嫌でにやけているミレイニ。
そんな調子に乗った彼女を見て、エリエは『ニヤニヤしちゃって』と少し呆れながら微笑みを浮かべていた。
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