「ここはどこ……?」
ふと気がつくと、私は見知らぬ場所に立っていた。
草原だ。
さわやかな風が吹いている。
誘拐?
記憶喪失?
夢?
わからない。
「まずは落ち着こう。私の名前はチセ。15歳。日本で生まれ育って……」
自分の情報を整理していく。
その際に、嫌なことまで思い出してしまった。
私の家族のことだ。
私の家族は、お父さん、お母さん、それにお兄ちゃんの4人家族だ。
いや、正確に言えば、4人家族”だった”。
数年前のあの事故で、みんないなくなってしまった。
「ここがどこだかわからないけど、なるようになるしかないか」
お父さん、お母さん、お兄ちゃん。
家族がいなくなってから、私の世界は灰色になっていた。
もうあの世界には、何の未練もない。
……。
いや、1つだけ未練があった。
家族がいなくなった私を、支えてくれた存在。
家族に続いて、彼らとも引き離されるなんて。
「そんなの嫌っ!」
なんとか帰る方法を探さないと。
まずは状況を把握しよう。
辺りを歩き回り、周囲の様子をうかがう。
見渡す限りの草原だ。
遠くに人里らしき場所がある。
まずはあそこに行ってみるしかないか。
私は歩き始める。
後になって思い返すと、このときの私には警戒心が足りなかったかもしれない。
「ぐるるぅ……!」
1匹のオオカミが現れた。
うなり声をあげている。
「ひっ!」
怖い。
うかつだった。
こんなところに獰猛な野生動物がいるなんて。
丸腰の私が、オオカミに勝てるわけがない。
私の脚力では、逃げ切ることも難しいだろう。
「ぐるるぅ……!」
オオカミがうなり声をあげて、ジリジリと距離を詰めてきている。
だれか助けて。
だれか。
「お父さん、お母さん、お兄ちゃん!」
私はそう叫ぶが、助けは来ない。
当たり前だ。
もうみんなはどこにもいない。
この地球のどこにもいない。
「助けて! まるたん!」
ポンッ。
まるいぬいぐるみが私の前に現れた。
大きさは30センチくらい。
見覚えのあるぬいぐるみだ。
彼は、まるたんだ。
私の大切な家族。
私が幼いころに、両親に買ってもらった。
ずっと大切にしてきた。
お父さん、お母さん、お兄ちゃんが事故で亡くなってからは、常にいっしょにいた。
いっしょに寝たり、いっしょにテレビを見たり、いっしょにご飯を食べたり。
ときにはお風呂に入ったりもした。
「チセちゃん。げんきだったのだ?」
まるたんが、しゃべった。
シャベッタアアアアアア!
「え? え、ええ?」
私は驚きのあまり、まともな反応を返せない。
「おっと。まずはこのオオカミさんをおとなしくさせるのだ」
まるたんがそう言って、まるで生きているかのように動き出した。
そのままウルフへ突っ込んでいく。
「まるっ! まるるーっ!」
まるたんがパンチでオオカミを攻撃する。
オオカミは怯み、逃げ去っていった。
「つ、強い……」
私は目の前の信じがたい光景を受け入れることにする。
まるたんに生命が宿り、私をオオカミから守ってくれたのだ。
私のかわいい家族。
お父さん、お母さん、お兄ちゃんが亡くなってから私の心を慰めてくれた癒しの存在。
「これで一安心なのだ。チセちゃん、ケガはないのだ?」
「ないよ。だいじょうぶ。ありがとう、まるたん」
私はまるたんにそう答える。
「……って、普通に会話しちゃってるよ。そりゃ、小さい頃はままごと遊びしたこともあるけどさ」
「僕も詳しいことはわからないけど、ここは前の世界とは違う世界みたいなのだ。魔法が実在するのだ」
「そうなんだ。魔法かー。魔法で、まるたんは動いているんだ?」
いわゆる異世界か。
にわかには信じがたいが、まるたんが言うのであればそうなのだろう。
こうしてまるたんが動いている以上、説得力もある。
「たぶんそうなのだ。でも、前の世界の記憶もちゃんとあるのだ。チセちゃんと遊んだ思い出も残っているのだ」
「そっか。覚えてくれていてうれしいな」
私たちの大切な思い出も、失われずに残っているようだ。
私とまるたんの思い出。
それに、お父さん、お母さん、お兄ちゃんとの思い出。
これだけは、色あせない私の宝物だ。
「まずは、この世界でも生きていく方法を考えないといけないのだ」
「そうだね。まずは人里を探そうかな。ほら、あそこに人里みたいなところがあるよ」
「それでいいと思うのだ。それに、この世界にはなんだか懐かしい気配が漂っているのだ。もしかしたら、彼らもこの世界に来ているのかもしれないのだ」
「彼ら?」
「……いや、なんでもないのだ。ぬか喜びさせたら悪いのだ。気にしないでなのだ」
「……? うん、わかったよ」
よくわからないが、まるたんが気にしないでと言うのであれば、そうしよう。
「さあ、行くのだ。チセちゃんは僕が守るから、安心していいのだ」
「頼りにしてるよ。まるたん」
私はまるたんとともに、道を歩き出す。
はたして私たちは、この世界を生き抜くことができるのか。
私たちの異世界ライフはまだまだ始まったばかりだ!
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まるたん
たいりょくS
こうげきB
ぼうぎょB
まほうこうげきC
まほうぼうぎょC
すばやさA
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