【13万字完結】結婚相手は魔王の尖兵! 異世界の凶悪敵女魔操師、偵察という名目で旦那さんと日本国内旅行&食い道楽

異世界と日本を行ったり来たりしながら、調査旅行で伝説の魔物を発見せよ!
ジャワカレー澤田
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44 上野は天狗出没地

公開日時: 2022年7月8日(金) 19:00
文字数:1,847

『仙境異聞』に出てくる寛永寺と今現在の寛永寺とでは、だいぶ落差がある。


 というのも、江戸時代の寛永寺の敷地は現在の上野公園と不忍池をまるまる取り込んでいたのだ。動物園や上野精養軒のある土地も、かつては寺社の領域である。


「この上野精養軒ってのを結婚式場だと思ってる人間が多いんだが……いやまあ、確かに結婚式場でもあるんだがな」


「ここはホテルでしょ?」


「いや、洋食レストランだ。開業は明治5年、今から1世紀半も前さ」


「へぇ~、大した老舗ね」


「日本でのフランス料理店の先駆けだ」


 孝介と真夜は動物園通りを歩きながら、上野精養軒の建物を眺める。


 明治5年といえば、新橋~横浜間をつなぐ日本初の商業鉄道が開通した年である。木と瓦でできた江戸から、鉄と煉瓦を使った東京にいよいよ変貌する時期でもあった。その影響は食文化にも及んでいく。


 それまで肉食の文化が殆どなかった日本に、フランス料理店ができた。これはもちろん一般庶民向けの店舗ではない。政府重鎮や海外の要人の社交場である。が、だからこそ上野精養軒は明治ハイカラ文化の発信源になるべくしてなったのだ。


 夏目漱石や森鴎外の小説にも登場し、日本における西洋料理発展の基礎を築いた上野精養軒。


 ふと、孝介は「ここで真夜と式を挙げるのもいいかもしれない」と考えてしまった。そこへ、


「ねぇコウ、私たちの結婚式はここでどうかしら?」


 と、まるで孝介の心情を見抜いているかのように真夜が言った。


「え? ……いや、どうかな。そもそも、結婚式なんてやらなくったって死にゃしねぇじゃねぇか」


「ダメよ、そんなの!」


 真夜は噛みつくように、


「私の育った国でも、人生の節々でちゃんと儀式くらいはするのよ。私と結婚したのなら、式もしっかり挙げるものと考えておきなさい! いいわね?」


 そう言い渡した。これはもはや命令である。


 *****


 寅吉曰く、謎の老人と最初に会った時は東叡山の下で遊んでいたらしく、黒門前の五条天神を見ていたという。


 五条天神社は、上野精養軒とは目と鼻の先だ。


「ここが寅吉と天狗が出会った場所、ということね」


 真夜は境内社を見つめながら、


「日本の神社は、いろんな神を祀ってるんでしょ? そんな神聖な場所に、どうして子供が遊んでいたのかよく分からないけど」


 と、つぶやくように言った。それに対して孝介は「いや」と返し、


「神社ってなぁそんなもんだ。他の国の宗教施設と違うのは、日本の神社は神聖かもしれんが厳正じゃねぇってとこだな。子供を追い払ったりはしねぇさ」


「優しいのね、日本の神様は」


 真夜は「でも」とつなげ、


「そのせいで天狗に子供が誘拐されてしまう、ということが本当に起こっていたみたいよ。寅吉も謎の老人が持っていた壺に入れられて、ずっと遠くの山に連れられたとか」


「天狗に背負わせて茨城から東京へ帰ってきた、とも書いてあったよな?」


「天狗は“橋”の管理人かもしれないわね」


「“橋”?」


「この世界と異世界とをつなぐ“橋”を司る者、と言えばいいかしら」


 突然にそう言い出した真夜。もちろんこれは、彼女ならではの解釈があってこその物言いだ。


 自分自身が「橋」の管理人なのだから、寅吉をさらった老人が具体的にどのような能力を持っているかは見当がつく。つまり、彼も真夜と同質の魔操師なのだ。同時に真夜は、仙境とは異世界のことではないかと確信した。これはもちろん、自分の出身世界とはまた違った場所である。


「異世界」は複数存在する、ということだ。


 本には仙境なるものが茨城県の山々にある、或いはそのあたりの地域が仙境と呼ばれていたというニュアンスで書かれている。単純に茨城県の山=仙境だとすれば、それは異世界ではない。しかし寅吉が天狗修行をしたという岩間山に異世界へつながる入口があると考えれば、これはまさしく「橋」の魔術理論だ。


 いずれにせよ、岩間山へ行かなければならないだろう。結果はどうあれ、この案件は魔王デルガドに報告する義務がある。


「ねぇ、コウ」


 真夜は孝介の左腕に組みつき、


「次はどこへ行くか、分かってるでしょ?」


 と、質問した。


「……岩間山か?」


「明日にでも行くわよ」


「随分と急だな。もう少し落ち着いたスケジュール組めねぇのか」


「ロードスターで行けばあっという間でしょ?」


「まあな。茨城だったら常磐道に乗っちまえば割と苦じゃねぇが」


 孝介がそう返した時、夫妻の背後から一筋の影が近づいた。


「あ、あの――」


 その声に肩を叩かれた夫妻が後方を振り向く。そこにいたのは、背の高い青年である。


 見たことのない男の子だ。

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