「やっぱり考え直してくれ、ヒュー」
玲人はヒューにそう呼びかけた。そして、
「やっぱり俺たちにはヒューが必要だ。君が抜けたら、多分このパーティーは活動できないと思う。だって、ヒューの代わりになりそうな魔操師なんて絶対にいないから」
と、ヒューにすがるような口調で言った。
「そもそも、日本に戻って何をする気なんだ? もしかして、ダイショウジュとやらの真似をして相撲部屋に入るとか?」
「まさか。俺には大松樹さんみたいなことは逆立ちしたってできない。……でも、相撲部屋のちゃんこ鍋はすごく興味ある」
「ちゃんこ鍋?」
「俺、もしも日本で働くとしたら料理作る仕事をしようって思ってたんだ。雇ってくれるところがあるかどうかは分からないけど、板前が経営してる小料理屋とか元力士がやってるちゃんこ鍋の店とか、そういうところで働きたい」
「それって、ヒューが料理人になるってこと?」
「いずれそうなりたい、と今は本気で思ってる。10年くらいは下積みだろうけど、もちろんそのつもりで働く」
ヒューは力強い視線を玲人に向けながら、
「レイトもどう?」
「え?」
「レイトも日本に戻って、また高校に通い直せばいいじゃないか。そこから大学へ行くなり、就職するなり。……考えてみたら、日本での生活も結構自由度高いと思う」
すると玲人は、
「いや……俺はいい。日本にはあまり戻りたくない」
「どうして?」
「だって、日本に戻ったら俺はチート勇者でも何でもなくなるから」
と、返した。
その瞬間、ヒューの玲人に対する親しみは音を立てて崩壊し、代わりに不信感という名の塔が瞬時に建った。
こいつ、自分で「チート勇者」って言うのか……。確かにレイトの能力は他のどの勇者よりも突出していて、周囲からチート扱いされているのは事実だ。しかしそれを自称するのはまた別の話だし、よく考えたらチート勇者のはずのレイトだって何度か窮地に陥っている。それを俺がフォローしたこともあったじゃないか!
まあ、勝手にするといい。
ヒルダの魔力を奪ったら、俺はこいつらと別れて中野区に定住するんだ。
*****
「コウ、優勝祝賀会の話が品山さんから来てるでしょ?」
右手にスマホを持った真夜が、ソファーでくつろぐ孝介にそう話しかけた。
「ん? 祝賀会?」
「もう! 今場所は品山さんの部屋の人が優勝したんでしょ? 私のスマホに女将さんが連絡よこしてくれたのよ。ホテルの宴会場はもう予約したから、ぜひ参加してって」
「へぇ、そうか」
孝介は仰向けになった状態で腕を組み、
「そういや、親方の弟子が幕内優勝するのはこれが初めてか」
と、つぶやいた。
「コウはもちろん行くでしょ?」
「……いや、俺はいい」
「え?」
「俺はあの世界に顔出せるような男じゃないからな。行ったって顰蹙買うだけだ。そうなるくらいなら、久しぶりに雀荘行ってポンだのカンだの叫んでたほうがまだ建設的ってもんさね」
そう笑った孝介に、
「……ねえ、コウ。私、今まであまり気にしなかったんだけど」
真夜はやや怪訝な顔で、
「コウが相撲を引退した理由、もしかしたらかなり深刻な話なの?」
と、質問した。さらに、
「この前大虎行った時、品山さんの女将さん……明るくて優しい人だったけど、別れる時に私にこう言ったの。“松っつぁんは昔いろいろあったけど、嫌いになっちゃダメだよ”って」
「へぇ……それで?」
「それ以外にも最近……何と言うか、コウに不審な点がいろいろある感じ」
「何だそりゃ?」
「コウが飲みに行って夜遅く帰ってきた時とか」
そう言われた孝介は「はっ!」と笑い飛ばし、
「ありゃあキャバクラ行ってたんだって、あの時も白状したろうが。結構良かったぜ。何せお前より15も若い娘が俺の腕に抱き着いてくるんだからよ」
「……それは本当なの?」
「本当じゃなきゃどうだってんだ?」
「会ったのは水商売の人じゃなくて、私以外の女じゃないの?」
真夜のその問いに孝介は、
「そんな女がいりゃあ、俺も不自由はしねぇさ。……今からでも作るかねぇ、お前以外の女。もっと若ぇ奴を抱きてぇな、たまには」
と、話をはぐらかした。
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