【13万字完結】結婚相手は魔王の尖兵! 異世界の凶悪敵女魔操師、偵察という名目で旦那さんと日本国内旅行&食い道楽

異世界と日本を行ったり来たりしながら、調査旅行で伝説の魔物を発見せよ!
ジャワカレー澤田
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60 今夜は私と過ごさない?

公開日時: 2022年7月11日(月) 21:00
文字数:1,495

 孝介は例の居酒屋チェーン店夢国で熱燗を飲んでいる。


 案の定、左肩に弘子を添えながら。


 この体勢のまま、特に何かしようとするわけでもなくただただ酒を飲む。孝介の左腕に抱き着く弘子は、徳利を傾けて中身を注ぐ。


 ふと弘子は、


「孝介さん、子供欲しい?」


 と、質問した。


「……子供?」


「もう40過ぎなんだから、そろそろ子供くらい持たないとって焦ったりしない?」


「さぁ、どうだかな」


「私、まだ子供産めるかも」


 直後、孝介は明らかに驚いたような目で弘子を見た。だが、


「ふふふ、冗談よ」


 と、弘子は孝介をからかう。


 が、孝介は気が気ではない。この女のからかい癖は昔からのもので、しかもからかいながらもその内容に対して本気だったりする。逆に言えば、本気だからこそからかうのだ。弘子は己の心情を言葉で表現することができない、不器用な女である。


 それに、孝介の左肩に頭を添える仕草も同棲時代から何も変わらない。


 そう、何も変わっていないのだ。弘子は俺に対して、あの頃と同じように接している――。


「孝介さん、今夜まだ時間ある?」


 そう問われた孝介は、


「すまんな、家で嫁が待ってるんだ」


 と、返す。


「あと10分ほどでここを出ねぇと」


「今夜は帰らなきゃダメなの?」


「この前は早く帰らなんだせいで、嫁が機嫌を損ねちまったのさ。次は顔を引っ掻き回されるかもしれねぇ。ここがアメリカだったら、俺のみぞおちに12ゲージを食らわせるんじゃねぇかってほどの怒りっぷりだ」


「日本に銃刀法があってよかったわね」


 弘子は孝介の左腕を強く抱きしめ、


「なら、私と一晩過ごしても命は取られないということでしょ? だったら……今日は私と過ごさない?」


 と、問いかけた。


 *****


 結局、孝介は弘子と一夜を過ごすことはしなかった。


 が、その代わりに帰宅時間がずれ込んでしまった。玄関のドアを開けたのは、午後11時54分。そして案の定、怒りに満ちた顔の真夜が仁王立ちで待っていた。


「……約束破ったわね?」


「ああ、すまなんだ」


「“すまなんだ”じゃないわよ!」


 真夜は大きな足音を立てて孝介に歩み寄り、


「今夜は11時までに帰ってくるって、私と約束したでしょう? なのに1時間も遅くなったって、一体どういうことなの? ねぇ!」


 と、両手で孝介の胸倉を掴んだ。


 その時、彼のワイシャツから嗅ぎ慣れない香りが発生した。


 孝介もたまにオードトワレを使用するが、今日は何もつけていなかったはず。それにこの香りは、紛れもなくレディース用のパルファムだ。


「……コウ」


「何だ?」


「他の女と会ってきたの?」


 そう言われた孝介は、ほんの一瞬だがはっきりと目を大きく見開いた。秘密がバレた、というような表情である。そして、


「……まあな。物書き仲間と一緒に、ちょっくらキャバクラへな。まあ、これも仕事の肥やしだ。文句言うな」


 と、打ち明けた。


「キャバクラ……?」


「カネ払って姉ちゃんと飲むところだ。抱いてはいないから安心しろ」


 孝介は未だワイシャツを掴む真夜の手を優しく解き、


「それよりもシャワー浴びさせてくれ。いい加減汗だくでな」


 そう言いながら、ワイシャツのボタンに手をかけた。


 真夜は耳を疑った。


 この世界の「キャバクラ」というところがどういう店かは、彼女も知っている。が、そんなことはどうでもいい。問題は「他の女と会ってきたの?」と問い詰めた直後の孝介の表情だ。


 彼は図星を突かれたような顔を見せた。


 そしてその後に説明したキャバクラ云々は、明らかに嘘である。もう10年も付き合っているのだ。嘘をついた時の仕草くらい、ちゃんと把握している。


 つまり孝介が今夜会った女は、本当に「女」かもしれないということだ。


<ヒルダと大松樹・終>

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