「大成功だ! 自分でもここまで上手くいくとは思ってなかったけど……とにかくあれでいい!」
ヒューは3人の仲間の前で力説した。そして、
「今日やったことを、日本でヒルダ相手にやるんだ。そうすればヒルダは二度とこっちの世界へ帰ってくることはできない。相手の命を奪わずに依頼を達成する方法は、これしかない!」
と、拳を握り締めた。
しかしセシリアは、
「理解できん。魔王軍の幹部は生かしてはおけないだろう」
眉間に皺を寄せながらそう返す。
「それは俺が何度も言っただろう。……いくら闇の地の魔操師だからって、命まで奪うのは間違ってる」
「なら、私たちがリディアを討伐したことは間違っていたというのか?」
「ああ、間違ってる」
そこへグレゴリーが、
「リディアにトドメを刺したのはお前だろ、ヒュー?」
と、割り込んだ。途端、ヒューは下を向いて落ち込む。
「……確かにそうだ。リディアを消滅させたのは俺だ。もしも時間を巻き戻せるなら、今回のミアのようにリディアを生かしたままにしてる。俺は……俺は後悔してるんだ、リディアのこと」
そう言い放ったヒューに、
「それってつまり、俺たちが間違ったことをしたということか?」
グレゴリーは不満溢れる表情でそう問いかけた。
「俺たちが今までしてきたことは間違いで、時間を巻き戻せるならやり直すべき。……ヒューはそう言いたいのか?」
それに対してヒューは、
「このパーティーでやり直すんじゃない。本当に過去に戻ることができたら、俺は親父の国の実家に戻って就職してる」
と、答えた。
「……は?」
「俺は気づいたんだ。何だかんだで、この世界より日本にいるほうが自分自身の人生の足しになるってことが。向こうで真面目に働いていれば、きっと大松樹さんみたいな大人にもたくさん出会えると思う。それが分かれば、もうここにはいられない」
「ちょっと待てよ。それってどういう……」
「俺はヒルダ討伐の依頼を済ませたら、このパーティーを抜けるつもりだ」
ヒューのその言葉に、一同は唖然とした。
*****
実は昨日の日没まで、ヒューは父親の実家で過ごしていた。まるまる2週間もパーティーを欠席し、中野区の家に籠った。大相撲の9月場所を初日から千秋楽まで視聴するためだ。
好角家だった祖父は、7年前に他界している。故にテレビで相撲を観ることなど久方ぶりだったが、ヒューは大いに興奮した。
巨漢の男がぶつかり合う音と衝撃、飛び散る汗、そして絶妙なタイミングで繰り出される投げ。力士の躍動に、光の魔操師はすっかり釘付けになってしまった。
今場所優勝したのは、平幕の金枝山。品山部屋所属の力士である。そしてこの部屋の師匠品山親方は、かつて横綱皐月富士として一大旋風を巻き起こした人物だ。ヒューの祖父が好きだった力士でもある。
天皇賜杯を抱える金枝山の雄姿を見届けたヒューは、スマホで品山親方について調べてみた。
検索結果に表示された画像に、現役時代の品山親方の写真があった。皐月富士の土俵入りの場面だ。
白い綱を巻いた横綱皐月富士、露払いは前頭泰聖、そして太刀持ちは前頭大松樹。ヒューの視線は、もちろん大松樹に向いた。
180cm120kg、腹は一切出ておらず均整の取れた筋肉美だ。いわゆる「ソップ型」の力士である。幕尻から準優勝した経験があり、角界では「火の玉松っつぁん」と呼ばれていた。闘志を剥き出しにする相撲で観客と視聴者を魅了していたからだ。
ヒューは大松樹の取り組みの動画も視聴した。体重120kgは幕内では最軽量クラスだが、そんなことをまるで苦にしない真っ向勝負の相撲が大松樹の持ち味。低重心で相手にガツンをぶつかり、可能であればそのまま電車道。相手が踏ん張れば右四つを取り、左上手投げか左小手投げを積極的に狙う。右手で相手の頭を押さえながら投げるやり方も多用した。
番付の巡り合わせに恵まれなかった面もあり、大松樹は三役に上がることはなかった。が、それは例の梅咲事件も大いに関係している。
ともかく、ヒューは太刀持ち大松樹の画像をスマホに保存した。そしてそれを待ち受け画像に設定した。
日本でも精一杯何かに打ち込めば、大松樹さんのような立派な男になれる。
この人は、異世界で「混血チート魔操師」だの何だのもてはやされつつ惰性のように生きてきた俺の人生に一筋の光を与えてくれた。そう、大松樹さんは俺にとっての道しるべなんだ!
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