赤を基調にしたアロハシャツを着た孝介と、タイトミニスカートのスーツ姿の真夜が手をつないだ状態で塗装エリアにやって来た。
「よぉ、反マスキー法主義者共! 今日もサカッてるか?」
孝介はアメ車兄弟にそう呼びかけた。
「おおっ、マツじゃねぇか! がっはっはっはっ! 今日は何しにここへ来たんだ、兄弟?」
「そりゃお前ぇ、オイル交換に決まってるじゃねぇか。それとも何か、ここに女でもいるってぇのか?」
「がっはっはっはっはっはっ! そんなこたぁあり得ねぇぜ!」
ジョーは豪快な笑い声を工場内の隅々まで響かせ、
「こんなところに来る女なんてなぁ、今週はお前さんの嫁が初めてだ」
「ああ、そうかい。相変わらずイカ臭ぇところだぜ」
「がっはっはっはっはっはっはっ!」
大笑いする男共に割り込むように、
「コウ、そんな下品な話をしにここへ来たの?」
と、真夜がやや怪訝な表情で口を開いた。
「今日はあのロードスターの修理に来たんでしょう?」
「修理なんてもんじゃねぇよ。オイル交換だ、オイル交換。クルマってなぁある程度走ったらオイルを新しいのにしてやらねぇとガタがくるんだよ」
「なら、早いところそのオイル交換とやらと済ませて――」
そう言いかけた真夜は、突如言葉を止めた。
彼女がたまたま目をやった先に、異形の怪物が躍動していたからだ。
日本の伝統衣装を着た人間型の鳥、と表現するべきか。背中に大きな翼を生やし、刀を手に今しも空へ舞い上がろうとしている。顔面そのものは人間のものなのに、口の部分は大きなくちばしになっているのも不気味な特徴だ。
この魔物は一体何だ!? 真夜はバイパーに恐る恐る歩み寄り、怪物の観察を開始した。
「おおっ! マツの嫁さん、そのアートに興味津々かい?」
ケンが真夜の背後からそう話しかけた。
「こいつはな、昔の浮世絵をそのまま模写したんだ。歌川国貞の『木の葉天狗』さ」
「こ、このは……てんぐ?」
真夜はボンネットを凝視したまま、
「それ、どういう魔物なの?」
と、ケンに質問した。
*****
「がっはっはっはっはっ! そうかいそうかい、マツの嫁さんは妖怪に興味があるってのか」
「へっへっへっへっへっ! なかなかロックな趣味してるぜ、お前さんの嫁さん」
デリンジャー・カスタムズの応接室。ソファーに腰掛けたアメ車兄弟は、手を叩きながら派手に笑う。
その一方で、真夜は未だ恐怖と驚愕と緊張に満ちた表情のまま。自分はまた新たな魔物の存在を知ってしまった。しかも今度は鳥型で、どうやら戦闘も得意らしい。これも前回の河童のように、どこかを探せば見つかるのだろうか?
「俺のスケのオカルト好きは筋金入りでな。日本の妖怪の話をしたら、目をキラキラ輝かせやがるんだ」
孝介がそう言うと、
「いや、それはお世辞抜きでいい趣味だぜ。迷信や妖怪ってのは、その国の文化やアイデンティティーを凝縮しているからな。それに、アートの分野にも多大な影響を与えた」
と、ジョーがコーヒーを飲みながら返した。それに対してケンも深く頷きながら、
「その通りだぜ。現にウチのトミーも、江戸時代の妖怪の絵を模写し始めてから急にヘアブラシの腕前が良くなってきたんだ。浮世絵が奴のセンスに相当なインパクトを与えた、とでも言うのかな。今回のバイパーも、トミーがどれだけレベルを上げたのかを確認するつもりで仕事を任せたんだ」
孝介にそう告げた。
「確かに、あれは俺も驚いたぜ。あの世代のバイパーは、日本人のデザインだったよな? それに天狗を選んだってのは、なかなかイカしたセンスだ。……あのバイパーは客から預かってるものか?」
「ああ、3日後に家へ帰る予定だ。だが、あんたがあのベビーをお求めってんなら俺が交渉してやるぜ。へっへっへっへっへっ!」
「よしてくれ。俺も真夜も今のロードスターが気に入ってるんだ。なあ真夜?」
孝介にそう話を振られた真夜は、
「え? え、ええ……そうね」
と、我に返った。
もはや彼女の脳内は、天狗とやらのことで一杯だ。木の葉天狗は天狗の一種で、言い換えれば他にも「○○天狗」がいるということらしい。これは一刻も早く調査しなければならないだろう。
真夜は数秒間の沈黙ののち、
「……コウ、その天狗っていう魔物のこと、もっと詳しく教えて」
つぶやくように問いかけた。
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