【13万字完結】結婚相手は魔王の尖兵! 異世界の凶悪敵女魔操師、偵察という名目で旦那さんと日本国内旅行&食い道楽

異世界と日本を行ったり来たりしながら、調査旅行で伝説の魔物を発見せよ!
ジャワカレー澤田
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36 関取、私はあんたが嫌いだ

公開日時: 2022年7月5日(火) 18:00
文字数:1,609

「関取、あの嫁は一生涯大事にしたほうがいいぞ」


 2人でフィットネススタジオの中央に陣取りスクワットをする最中、流子がそのようなことを言い出した。


「私は真夜を見て1分で分かったぞ。あのテの女は、極度の寂しがり屋だ」


「……そうかねぇ」


「そんな簡単なことに気づいてないのか?」


 流子は汗を散らしながら呆れがちな口調で、


「あれは執念深いタイプの女だぞ。ひとつのことにどこまでも執着する」


「……そういやそうかもな」


「“そうかもな”じゃねぇぞ。実際にそうなんだよ。……関取、こんなとこで私と遊んでる場合じゃねぇだろうよ?」


 そう言われた孝介は脚の屈伸運動を続けつつ、


「てやんでぇ! 今日ここに俺を誘ったのはマックスだろうが」


 と、返した。しかし流子はすぐさま、


「なら、謝る。あんたを誘うべきじゃなかった」


 まったく悪びれる様子なく、そのように告げた。


「関取の嫁、今頃家で寂しがってるんじゃねぇか? 執念深いってのは、同時に寂しがり屋ってことでもあるから」


「あの女がか?」


「その部分に気づいてねぇってのは、やっぱあんた鈍感だよな関取」


 流子は大きく溜め息をつき、スクワットをやめた。


「ん? どうしたんだマックス」と孝介が声をかけた瞬間、流子の右足が彼の左頬めがけて飛来した。総合格闘技の試合にも参戦したことのある、女子プロレスラーのハイキック。スクワットのために膝を曲げていた孝介の顔面を、ピタリと捉えるものだった。


 が、元関取をこんなところでKOする気はない。足の甲が孝介の頬に接触するかそうでないかのところで、流子はキックを止めた。手慣れた寸止めである。


「……このくらいやらなきゃ頭が冴えねぇか?」


 そう言われた孝介は、


「ああ、そうかもな」


 と、微笑んだ。そして流子の右足を手で払い、素早い摺り足で急接近した。


 孝介は自身の右腕を流子の左脇に潜り込ませる。一方で左腕は流子の右腕に上から巻きつけるように絡めた。流子に左脇をくれてやった、とも表現できる。これは一見すれば相四つだが、実は孝介が圧倒的有利な姿勢である。


 というのも、普段は右利きの孝介は相撲を取る時だけは左手を多用する。現役の頃に得意だったのは、左上手投げと左小手投げ。そして今は、流子の右肘を左腕で絡めながら極めている。


「つぅ……!」


 痛みで声を漏らしてしまう流子。孝介は不敵な笑みを見せながら、


「プロレスラーの中じゃなかなかいい相撲をするぞ、マックス。三段目でなら十分やっていけるくらいだ」


 と、告げた。流子は「ほざけっ!」と言い捨て、左腕を極められた状態のままスタジオの床に背中をつける。


「私は相撲取りじゃねぇ!」


 流子は左腕を抜くと、孝介の胴体を両足で挟んだ。総合格闘技のガードポジションという技術である。そこから脚力で孝介を引き込みつつ、彼の左腕を取ってチキンウイング・アームロックに移行した。流子が得意とする技だ。


 見事に極まった……かに見えたが、孝介もバカではない。両手のクラッチを組んで、流子のアームロックに対する強固な錠をかけた。


「悪いな、マックス。俺もMMAの団体でぼちぼち練習してるのさ。今度、試合に出てみようかと思ってるんだが」


「なら、ここで私が教育してやる!」


「おいおい、もういいじゃねぇか。ここはエアロビだのズンバだのやるところで、グラップリングのスパーやるところじゃねぇんだ」


 そう返されてしまった流子はしばらくアームロックの姿勢を続けていたが、やがて気が抜けたかのようにガードポジションを解いた。その場に大の字になりながら、


「……あんたに喝を入れてやらねぇと気が済まねぇ」


 と、捨て台詞のようにつぶやく。さらに、


「私は関取のような鈍感野郎が嫌いだ。真夜が可哀想過ぎる。あいつは1分1秒でも長くあんたと一緒にいたいんだ。口では何と言おうとな……」


「そうか、マックスは俺が嫌いか」


 孝介は立ち上がり、


「なら、鈍感野郎ともう少しばかりダンベル遊びするか」


 と、流子に右手を差し出した。

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